「魔物の飼育と言ったのか?」
「うん、そう言った。まだ先の話になるけど、いずれ大量に新素材を確保しなくちゃいけなくなる。いちいち洞窟に潜って、目的の魔物を探して採取してくるのは効率が悪すぎる」
「それならば、いっそ魔物を飼育してしまえばいい、と?」
「そういうこと。必要な新素材を絞って、それを生み出す魔物を飼育するのがいい」
「畜産のようなものか」
「けど、ただの畜産なら、貴族のご令嬢に頼んだりはしない。魔物を従わせるには、相当な腕っぷしが必要だ。任せられるのは君しかいないと思ってる」
アリシアは苦笑を浮かべる。
「なんでも言ってくれとは言ったが、これは予想外だ」
「君の強さもそうだけど、懐の深さも、この仕事には向いていると思うんだ。おれたちよそ者をすぐ受け入れてくれたのと同じように、魔物たちも受け入れてくれると信じてる」
アリシアはウルフベアに視線を落とす。つぶらな瞳を向け、「くぅ〜ん」と鳴き声を返してくる。
「それに……知らない仕事でも一から覚えると言ってくれたとき、おれは感動したんだ。おれなんか、
「や、やめろっ。わかったから、もうやめろぉ!」
なぜかアリシアは顔を真っ赤にして大声を上げた。
ウルフベアがびっくりして体を起こした。「喧嘩? ご主人たち喧嘩なの?」と困ったようにおれたちを見上げる。
「ソ、ソフィアというものがありながら、なんなのだ、貴方は!」
「なんでここでソフィアが出てくるんだ?」
「貴方の想い人だろう! なのに、どうして私なんかをこんなに褒める!?」
「好きな人がいたら、他の誰かを褒めちゃいけないのか?」
「ダメに決まってる! 特に相手が女性の場合は! 勘違いさせてしまうだろう!」
「勘違い? おれは、アリシアになにか勘違いさせるようなことを言ってしまったのか?」
「いや……わ、私は、平気だ。勘違いなどしない。しないが……情緒が不安定になって、その……困る!」
確かに、アリシアがこれほど落ち着きをなくしているのは一大事だ。
「とにかく、私のことを無闇に褒めるなっ」
どうも釈然としないが、おれはひとまず従っておく。
「わかった。無闇には褒めない」
「よ、よし、それでいい」
アリシアは「ふーっ」と長く息を吐き出してから、改めてウルフベアを見下ろす。
「魔物の飼育の件だが……。少々面食らってしまったが、私としては、もともとなんでもするつもりだったのだ。引き受けよう。しかし……」
アリシアは困った顔で天井を仰いだ。
「なにか問題が?」
「ああ……。ばあやにどう説明したものか。説得には骨が折れるぞ」
おれたちはウルフベアを引き連れて、アリシアの屋敷に戻ることになる。
とりあえずウルフベアは、首輪をつけて、屋敷の庭先で鎖に繋いでおく。
それから玄関に入ると、アリシアのばあやに迎えられた。
「アリシア様、お国のために働くことは良いことです。そのために仲間を集められたのも良いでしょう。殿方とふたりで出かけるのも大いに結構。そろそろ後継ぎをお作りになるべきお年ですからね」
「ばあや、違う。ショウと私はそういう関係では——」
ばあやの、レンズにヒビの入った眼鏡がギラリと光る。
「ですが! 行った先が魔物の巣で、挙げ句に魔物を拾ってくるとは何事ですか! 子犬や子猫を拾ってくるのとは違うのですよ! そもそも貴方は貴族なのですよ。なぜ、そのような農民の真似事をしなければならないのです!?」
「それは、私にしか出来ないことだから……」
「ほう、どうしてそう思うのです? この私めにもわかるように、きちんとご説明いただきましょうか」
「は、はい……。うぅ、ショウ……」
すっかり萎縮してしまったアリシアが、助けを求めてこちらを見る。涙目だった。
ばあやの説得には三時間近くかかった。