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第38話 服従のポーズだね、これ




 あぁあ〜! おれ、またやっちゃったよぉ……。


 アリシアと洞窟探索に入って数分。


 洞窟の静けさと探索の緊張感から冷静さが戻ってきて、おれは頭を抱えた。


「どうしたんだ、ショウ。こんなところでうずくまったら危ない」


「ごめん……。冷静になったら、おれ、勢いで凄いこと言っちゃってたのに気づいて……」


「ああ、出発前のことか」


「いつも冷静にって心がけてるつもりなんだけど、ソフィアが絡むと、感情が制御しきれないときがあるんだ。それで何度か、恥ずかしい思いをしてる……」


「確かに、先ほどはらしくなかったな。しかし、ひとりの女性のために心を奮い立たせていたのは、恋愛物語の主役のようでなかなか勇ましかったぞ。ソフィアが羨ましいくらいだ」


 褒められてるのか、からかわれてるのかわからない。


「とはいえ今はしっかりしてくれ。魔物の巣の中なんだ。油断したら命取りになる」


「すまない。頭を切り替えるよ」


 おれは軽く頭を振ってから、立ち上がる。


 恥ずかしがっていたところで仕事は進まない。ソフィアも幸せにはできない。


 流れてくるそよ風が、火照った頬に気持ちいい。


「……ん? 風がある? アリシア、この洞窟、他にも入口があるのかい?」


「いや、そんな話は聞いていないが……」


「それも調べたほうが良さそうだ。行こう」


 松明を持って先行する。


 おれたちは慎重に洞窟を探索した。


 幾度か魔物に遭遇したが、問題はなかった。相手を興奮させず、ゆっくりと離れることで交戦を回避できたからだ。


「ふむ……かなり広いが、大した魔物はいないようだな。危険度はかなり低そうだ」


「ああ、思っていたよりたくさんの種類がいて、生態系が洞窟の中で完結してるみたいだ。自分から外に出る魔物はほとんどいないはずだけど……」


 話しながら、開けた空間に足を踏み入れる。


 タイミング悪く、そこにいた大型の狼型の魔物——ウルフベアと目が合う。


 咄嗟に松明を地面に落とし、短槍を構える。


 ウルフベアは凶暴で好戦的な魔物だ。誰彼構わず、目にした相手を襲うことが多々ある。


 例に漏れず、目の前のウルフベアも即座に飛びかかってくる。


 おれはカウンターを狙い、短槍を構えたまま深く腰を落とす。


 ここだというタイミングが来る直前、アリシアが素早い動きでウルフベアを盾で迎撃した。


 顔面を盾で殴られたウルフベアは派手に吹っ飛び、壁に激突して気絶した。


「あの……アリシア?」


 アリシアはにやりと笑む。


「盾役だと言っただろう?」


 おれの知ってる盾役と違うんですけど。


 盾役は本来、敵の攻撃を受け止め、味方の被害を抑える役目のことだ。決して、盾で敵を殴り倒す役のことではない。


「……強いんだな、君は」


 おそらく、おれより数段強い。『フライヤーズ』のジェイクやエルウッドよりも強いだろう。冒険者で言えばA級レベルと遜色ない。腕の負傷がなければS級にも届いていたかもしれない。


「強くなければ、騎士ではないからな」


 調べてみるとどうやらこの開けた空間は、ウルフベアの住処だったようだ。


「工房を荒らしたのはこいつだね。いくつか、金属を持ち帰ってきてる。おもちゃにでもしてたのかな?」


「トドメを刺しておくか?」


「もったいないからやめとこう。素材が手に入らなくなったら面倒だ」


「だが他の魔物はともかく、こいつは外に出て狩りをするタイプの魔物だぞ」


「大丈夫。種類がわかれば対処法もわかる。こいつの凶暴性は、臆病さの裏返しでね。そこを上手く利用すれば、滅多なことじゃ人里には来なくなる」


 具体的には、洞窟の出入口付近に、定期的に鈴を鳴らす魔導器でも設置すれば、人がいると思い込んで出てくる頻度は少なくなる。さらに、何日かに一回、餌を用意してやれば、まず人里までは来なくなるはずだ。


 とりあえず気絶したウルフベアのそばに、携帯食を置いていってやる。


 ついでに近くを探索し、ウルフベアのものと思わしき排泄物を採取しておいた。


 そこから少し進んだ先で、おれたちは奇妙な箇所を発見した。


「これは、掘り抜いた跡だろうか?」


 不自然な位置に、通路が出来ていたのだ。


 もともと鉱石採取に使われていた洞窟なのだから、多少は人の手が入っている。だが、これほど長大な通路が必要だったとは思えない。


 それに……。


「形跡を見る限り、こちらから掘ったんじゃない。向こう側から、ここまで開通させたんだ」


「向こうはヒルストン領の方角だが……」


 風の流れから、この通路の先に、もうひとつの出入口があることはわかる。


「この洞窟の、異様に多い魔物は向こうから入ってきたと考えるのが自然かな」


「何者かが意図的に、こちらへ魔物を放ったということか?」


「それはわからない。アリシアは、なにか心当たりはあるかい?」


「いや……せいぜい考えられるのはヒルストン家の嫌がらせくらいだが……。こんなことまでするとは思えない」


「とはいえ、これだけ多種多様な魔物がいるのは、こちらにとっては好都合だ。調べは進めるとして、せいぜい利用させてもらおう」


 おれたちは探索を切り上げ、地上へ向かって来た道を戻っていく。


 そこに、先ほどのウルフベアが立ちふさがった。


 おれたちの匂いを辿ってきたのだろう。


「下がれ、ショウ」


 アリシアが素早く前に出る。


 するとウルフベアは、即座にひっくり返ってアリシアにお腹を見せた。


「……なんだ?」


「服従のポーズだね、これ。君を群れの上位者だと思ってる」


「なぜ私を?」


「君が強くて、食料まで分けてくれたからじゃない?」


「食料を置いたのは貴方だろう」


「だからおれにも牙を剥かないのかも」


 おれはウルフベアとアリシアを交互に眺めて、妙案を思いつく。


「ところでアリシア、魔物の飼育に興味ない?」

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