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第36話 幸せになれる場所へ




 ランサスの街から帰ってきてから、おれたちは大忙しだった。


「材料や道具の手配はおれがやっておくよ。あと、工房の修理や、装置の製造場所の増築も必要だろうから業者も呼ばないと……」


「じゃあソフィア、アタシたちは本格的に魔力回路の設計を始めましょ。細かく見ていくから、長期戦になるわよ〜?」


「はい。では、ノエルさんの好きなおやつを用意しておきます」


「私は調べ物があるので、少々留守にする。戻ったら手伝うので、私にもできそうな仕事を見繕っておいてくれたらありがたい」


 アリシアが出立し、みんながそれぞれの仕事に取り掛かって、もう五日経つ。


 おれはひと通りの手配や打ち合わせを終えて、次に、魔物の巣の様子を確認しに行く準備をしていた。駆除するつもりはないが、被害を出さないよう対策はしなければならない。


 アリシアの屋敷の倉庫で、使えそうな道具や装備を選別していく。


 けれども、どうも身が入らない。


 ひとりになると、すぐソフィアのことを考えてしまう。


 ランサスの街から帰る前、ソフィアの一族の墓を参ってきた。


 そのとき、おれとソフィアはふたりきりになるタイミングがあった。


「……ショウさんは、恋をしたことがありますか?」


「えっと、あるような無いような……」


 いきなり問われて、しどろもどろになってしまった。


「わたしは、あります。今、恋をしています」


 こちらに微笑んでから、ソフィアは遠くを見つめた。


 その横顔に、おれはただ見惚れていた。


「今までは、相手の言葉に一喜一憂して、その言葉が好意によるものか気にして、悩んで……自分の気持ちも勘違いではないかと疑いました。けれど今日、はっきりしました」


 再び、その黄色く綺麗な瞳がおれを映した。


「相手がどうあろうと、わたしのこの気持ちは恋なのだと」


「……ソフィアに惚れられるなんて、相手は世界一の幸せ者だね」


 口にして、ひどく寂しくなった。


 どうしてこんなにも、心がかき乱されるのか……。


 そんなこと、わかりきっている。


 その気持ちは言葉にせず、飲み込んでおく。


 きっと故郷のランサスの街に想い人がいたのだ。無自覚だった恋心が、離れている間に育まれ、帰ってきて花開いた……というところだろう。


「ところが、なかなか手強い方で、自分が幸せなのだと気づいてくれません」


「それはもったいない」


「だから今回の仕事が上手くいったら、ちゃんと言葉にして伝えようと思います。その結果が、どうなろうとも……」


「……応援するよ」


「はい。きっと大丈夫です。もし受け入れてもらえなくても、最後に『なんちゃって』と言えば、冗談になりますから……」


 それ以来、ソフィアはなにかを吹っ切ったようだった。メイクリエ王国に来てから、ときどき鬱屈した様子が見られたが、それが今はまったくない。いつものソフィアになっていた。


 でも、おれはいつものままじゃいられない。


 作業を少し進めては、手を止めてため息をつく。そんなことを繰り返している。


「なにか悩みがあるのだろうか?」


「うわあ、アリシア!? いつ帰ってたんだ?」


 振り返るとアリシアが目を丸くしていた。


「昨夜には帰ってきていたのだが……。これは相当参っているようだな」


「いや、う〜ん……。少し忙しかったから、疲れが出たのかもしれない。それより、君のほうは上手くいったのかい? 調べ物だったっけ?」


「ああ、ソフィアのことが気になってな」


 ソフィアの名前を聞いて、ぎゅっと胸が締め付けられる。


「追放の件?」


「そうだ……。理不尽極まりなかった」


 アリシアの表情からは、怒りが滲み出ていた。


「彼女はお父上が亡くなられてから工房を引き継ぐことになったのだが、その頃から嫌がらせが始まったようだ。仕事を受ければ『できるわけがない』『どうせ失敗する』と罵声を受けていたらしい」


 それだけではない。深夜にわざとらしい騒音を起こされて妨害された。代々の仕事道具に酸をかけられて使い物にならなくされた。


 道具を借りようとすれば「仕事道具の管理もろくにできない未熟者」と罵られ、「そんなやつに貸せるわけがない」と追い返された。


 それでも必死に仕事をこなしていたが、こんなことが繰り返されれば、納期が遅れることや品質が悪くなることだってある。


 そのたびに顧客を奪われ、あることないことを吹き込まれる。


 ソフィアはそんな状況の中、たったひとりで一年も耐え続けた。


 もう限界だと、職人ギルドに助けを求めて訴え出たソフィアだったが、訴えは棄却された。それどころかギルド長には「己の未熟を他人のせいにするな」「これだから女に職人はできん」「媚を売っていい男でも捕まえるほうが得意そうだ」と侮辱された。


 そして、根拠のない悪評を信じたギルド長は、いよいよソフィアを追放した。


 一連の流れには、ギルド長が指示していたような節もあるという。


「…………」


 おれはなにも言えなかった。涙がこぼれそうだった。


「……私は、酷なことを頼んでしまった。ソフィアは、どんな気持ちでこの国を救うと言ってくれたのか……。胸が張り裂けそうだ」


「事情所で会った、ケンドレッドもその一味なのか」


「そのようだ。顧客が何人もペトロア工房に流れていた」


「元凶はギルド長か?」


「おそらく。まだ尻尾は掴めていないが」


 おれは拳を握りしめ、倉庫を出ようとする。


「ショウ、どこへ行く?」


 おれは立ち止まる。


 確かにそうだ。おれは、どこへ行こうとしている?


 暴力では解決できない。


 ならどこへ行けばいい? いや、どこへ行きたい?


「おれは……ソフィアを、幸せになれる場所へ連れて行きたい」


 ソフィアに想い人がいるなどと心乱していた自分がバカらしくなる。


 彼女が誰を愛していようと、おれがやることはひとつだ。


「この仕事は必ず成功させる。やつらを見返して、ソフィアを幸せにするにはそれが一番だ」

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