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第35話 なぜ相手を嘲り、見下すんだ?




「我が王は、来たる経済危機に対するため、新技術推進協会を設立したのだ。品質を保ったまま価格を下げる技術、あるいは、経済の柱となる新製品の開発を促すためにな」


「その効果のほどは?」


 アリシアは表情を曇らせる。


「成果はまだない。ほとんどの者は、高品質は高価格で当然だと考えている。王を、そんなこともわからない愚か者だと愚弄する者さえいた」


「メイクリエの職人って、頭が固い人が多いのかしら?」


「とても多いです」


 ノエルの呟きに、ソフィアがやや強めの語調で返す。


「あまりに頭が固いので、金槌の代わりに頭突きで金属を鍛えているくらいです」


 いつもの冗談ではない。ソフィアには珍しい皮肉だ。


 良くない傾向に感じて、おれは脱線しかかった話題を戻す。


「それでアリシア、その新技術推進協会に加われば問題は解決するのかい?」


「ああ、王は広く人材を求めていてな。身分も出身も種族も、職人ギルド加入の有無も問わず、協会へ登録した事業者は、最大限の支援が受けられるようになっている。もちろん、材料の手配も問題なくおこなえる」


「それは助かるな。登録はどうすればいい?」


「事業所で手続きすればいい。この辺りだと、ランサスの街が一番近いか」


「ランサス……」


 ソフィアが無表情に呟く。


「知ってる街?」


「わたしの父の工房があった街です」


 つまりは、ソフィアを苦しめ追放した職人がうごめく街ということだ。


「……ランサスへは、おれとアリシアだけで行こう。登録だけなら、それで充分だろう?」


「いいえ、ショウさん。わたしなら大丈夫です」


「ソフィア、でも……」


「ちゃんと見ておきたいのです。今のこの国を。わたしの故郷を」


 黄色い綺麗な瞳が、まっすぐにおれを射抜く。


「わかったよ。一緒に見に行こう」


 おれたちはその日はアリシアの屋敷に泊まり、翌朝に出立。駅馬車で夕暮れ前には、ランサスの街に到着した。


 協会の事業所は、鍛冶工房のひしめく職人街の中程にあるという。


 そこへ近づくたびにソフィアの表情はいつもより固くなっていく。


 おれは黙ってソフィアの手をつなぐ。その反対側ではノエルが。


 冷たくなっていたソフィアの手が、少しだけ温かくなる。


 事業所での登録手続きは滞りなく進んだが、最後の確認のためにメンバー全員の名前が読み上げられとき……。


 ソフィアの名前に反応する者があった。


「シュフィール? あの追放女のソフィア・シュフィールかよ? よくこの街に顔を出せたもんだな、おい。新技術推進の話を聞きつけて出戻ってきたのか」


 近づいてくるその男に、ソフィアはたじろいで一歩下がった。代わりにおれが前に出る。


「あなたはソフィアを知っているようだが、こちらはあなたを知らない。まずはお互い自己紹介といきたいが、よろしいか?」


 男は「はっ」と嘲るように笑った。おれなど眼中にないとばかりに。


「追放女が男を捕まえてきやがったか! 一丁前に騎士ナイト気取りしてやがる。男をたらしこむ腕は一流ってわけか!」


「なっ!」


「無礼な!」


 ノエルとアリシアがいきり立つが、先んじておれが声を上げる。


「勘違いするな! ソフィアがおれを捕まえたんじゃない、ソフィアを捕まえたんだ!」


「はぁ?」


「ソフィアは素晴らしい職人だ。腕前はもちろんだが、その情熱におれは惚れた! おれはそのソフィアと、世界初の技術を作るために、一緒にここまで来てもらったんだ。だから、ここにソフィアがいることへの文句なら、おれが聞く! おれに言え!」


「な、なんだよ、お前……」


 男はやっとおれのほうを見た。


「おれはショウ。今回、ガルベージ家の領内で工房をやることになった。そちらは?」


「ペトロア工房のケンドレッド・ペトロアだ。追放女の次は、没落貴族様かよ。おまけにダークエルフの魔女? うちの国王も、わけわからん政策をしてくれたもんだな。得体の知れない連中が神聖な鍛冶王国を汚しやがる」


「だが、ケンドレッドさん。あなたも王の政策には賛成なんだろう?」


「あ? なんでそうなる」


「この事業所に来てたってことは、新技術関連で動いているはずだ。他の頭の固い職人よりも、よほど柔軟で将来を見ている」


「そんなんじゃねえよ。俺は反対派だ。うちみたいな一流の工房にはよ、あちこちの王侯貴族が顧客についてんだ。わざわざ新技術なんぞ考えなくても、腕を磨いて品質を高めりゃ充分に売れんだよ」


「ならなぜここに?」


「うちの弟子どもがどうしてもっつーから仕方なくだよ。面倒くせえ」


「お弟子さんの頼みを聞くあたり、やはりまだマシな職人のようだ」


「なにがだ。舐めてんのか」


「舐めてはいない。あなたの腕は一流だ」


「んん?」


「あなたのベルトの飾りは、竜麟製だろう。加工しにくい竜麟に、よくそこまで精巧な彫刻を施したものだと感心する。使った道具はアダマント製と見るが……それも自作してるはずだ。アダマント製の彫刻刀なんて、世に出回るはずがない」


「なんだよ……よくわかってるじゃねえか……」


「それだけに残念だ。なぜ相手を嘲り、見下すんだ?」


「なんでって、そりゃあお前……」


「追放とか没落とか、理由はあるかもしれない。けれど、あなたは職人だろう。あなたがその素晴らしい技術を身に付けたのは、新しくなにかを始めようとする後進を、先達として嘲るためじゃないはずだ」


 ケンドレッドは一瞬押し黙った。すぐ咳払いする。


「うるせえ。生意気なんだよ、若造が。てめえの名前は覚えたからな」


 ケンドレッドは負け惜しみのように言い残して、事業所から出ていった。


 そして気づいたら、ソフィアが潤んだ瞳でおれを見つめていた。


「……ありがとうございます」


 寄りかかるように、ソフィアはおれの胸に顔をうずめる。


「あなたと一緒にここまで来て、本当に良かった……」

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