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第34話 魔物がいるからいいんだよ




「それにしても——」


 アリシアが提供してくれるという工房への道すがら、アリシアはおれとソフィアを眺めながら口にした。


「——ショウは、よほどソフィアが大事なのだな。夫婦が仲睦まじいのは良いことだ」


 おれとソフィアは思わず立ち止まって、顔を見合わせる。


「夫婦?」


 するとソフィアは、ぽふっ、と肩を寄せてきた。


「はい。らぶらぶです」


 おいおい、ちょっとちょっと。


「ソフィア。初対面の人にそういう冗談やると信じちゃうから」


 おれは顔が熱くなるが、あくまで冷静に言っておく。


「…………」


 ソフィアはそっと離れて、じぃっと上目遣いにおれを見つめる。


 かと思ったら、再び肩を擦り寄せてきた。微妙にドヤ顔で。


「らぶらぶです」


「こらこら」


「なんちゃって」


 今度こそ離れてくれる。


 アリシアは愉快そうに頬を緩ませる。


「そうか、冗談か。夫婦というのは私の早とちりだったか。はははっ、しかし仲が良いのは間違いないのだな」


「そうねー、大の仲良しなの。ち・な・み・にぃ、夫婦なのは実はこっちだったりしてー」


 今度は反対側からノエルが抱きついてくる。


 大きな胸の感触が、腕に絡みついてくる。ドキドキをこらえつつ苦笑する。


「なんでノエルまで冗談に乗っちゃうのさ」


「さぁー? なんででしょうね〜? ショウが悪いんじゃない?」


「そうですね、ショウさんが悪いです」


「えぇ……。よくわからないけど、なんか、ごめん?」


 アリシアは終始笑顔だった。


 その後、道中で二泊して辿り着いた先は、とある廃村だった。アリシア・ガルベージに残された、小さな領地の一部。かつてガルベージ領と呼ばれた土地は、今はほとんどヒルストン領となっている。


 かつて村の鍛冶屋が使っていた工房が、まだ使える状態で残っている。


 とのことだったのだが……。


「……廃墟じゃん」


 ノエルの一言が、その状態を端的に表していた。


「そんな……。以前、見回ったときは、こんな状態ではなかったのだが……」


 茫然とするアリシアを尻目に、おれは建物の中を検分する。


 出入口の扉は外側からの力で破壊されており、内壁にはなにかが衝突したような痕跡が複数。


 作業場や生活スペースは荒れ放題だ。しかし腐食や風化といった荒れ方ではない。何者かが散らかしていったという印象がある。


 天井には損傷がほぼなく、雨漏りの形跡もない。


「これは……魔物に荒らされたみたいだね。アリシア、近くに魔物の巣になりそうな場所はあるかい?」


「そういえば洞窟がある。ここの鍛冶屋がかつて、鉱石採取に利用していた。当時はコウモリ程度しかいなかったらしいが……」


「ならそこに間違いない。人の行き来がなくなって、最近住み着いたんだ」


 アリシアは申し訳無さそうに頭を下げた。


「私の責任だ。すぐ魔物の駆除を手配する」


「いや、それはしなくていいよ」


「しかし、このような危険な場所では……」


 おれはにやりと笑ってみせる。


「魔物がいるからいいんだよ、アリシア。この工房はちょっと修理すれば使えるし、廃村だから土地も広々と使えて増築も余裕そうだ。おれは気に入ったよ」


 ソフィアも満足そうに目を細める。


「はい。わたしも気に入りました」


「そうね〜、井戸はまだ使えそうだし、川も近いし、平地だし。色々好都合よね」


 ノエルも周囲を見渡してから同意する。


 ひとり、アリシアだけ困惑している。


「魔物がいるのが良いのか?」


「はい。新技術で使う新素材は、魔物の分泌液や排泄物を利用するのです。近くに巣があればとても便利です」


 ソフィアの言に、アリシアは目を丸くする。


「魔物を、そのように利用するのか……」


「でも、住処としては手狭ね。他の家は、ここより作りが悪かったのかしら、なんか倒壊しちゃっててて使えそうにないし」


「寝泊まりなら、私の屋敷を使えばいい。ここから、それほど離れてはいない」


「ほんと? 助かるぅ〜♪」


 寝床が確保できて、ノエルは笑顔を咲かせる。


 そんな上機嫌なノエルから連想して、おれは別の問題に気づく。


「ああ、でも……まいったな。材料、どうやって手に入れよう」


「材料? ああ、そうか。ソフィアの件か……」


 ソフィアが職人ギルドから追放されている以上、装置製作に必要な材料を、業者から卸してもらえることはない。


「他の国の職人ギルドが相手なら、色々と裏技を使えば材料調達くらいできたんだけど……。ここに工房を構えるとなると、相手は追放した職人ギルドそのものだ。裏技はまず通用しないだろうなぁ……」


 当初考えていたように、自分たちでコツコツ材料を採取するしかないかもしれない。


 ノエルは、このために大金を獲得してくれたというのに……。


「それなら心配いらない」


「アテがあるのかい?」


 アリシアは自信ありげに胸を張った。


「ああ、我が王の政策に乗るだけでいい」

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