「それにしても——」
アリシアが提供してくれるという工房への道すがら、アリシアはおれとソフィアを眺めながら口にした。
「——ショウは、よほどソフィアが大事なのだな。夫婦が仲睦まじいのは良いことだ」
おれとソフィアは思わず立ち止まって、顔を見合わせる。
「夫婦?」
するとソフィアは、ぽふっ、と肩を寄せてきた。
「はい。らぶらぶです」
おいおい、ちょっとちょっと。
「ソフィア。初対面の人にそういう冗談やると信じちゃうから」
おれは顔が熱くなるが、あくまで冷静に言っておく。
「…………」
ソフィアはそっと離れて、じぃっと上目遣いにおれを見つめる。
かと思ったら、再び肩を擦り寄せてきた。微妙にドヤ顔で。
「らぶらぶです」
「こらこら」
「なんちゃって」
今度こそ離れてくれる。
アリシアは愉快そうに頬を緩ませる。
「そうか、冗談か。夫婦というのは私の早とちりだったか。はははっ、しかし仲が良いのは間違いないのだな」
「そうねー、大の仲良しなの。ち・な・み・にぃ、夫婦なのは実はこっちだったりしてー」
今度は反対側からノエルが抱きついてくる。
大きな胸の感触が、腕に絡みついてくる。ドキドキをこらえつつ苦笑する。
「なんでノエルまで冗談に乗っちゃうのさ」
「さぁー? なんででしょうね〜? ショウが悪いんじゃない?」
「そうですね、ショウさんが悪いです」
「えぇ……。よくわからないけど、なんか、ごめん?」
アリシアは終始笑顔だった。
その後、道中で二泊して辿り着いた先は、とある廃村だった。アリシア・ガルベージに残された、小さな領地の一部。かつてガルベージ領と呼ばれた土地は、今はほとんどヒルストン領となっている。
かつて村の鍛冶屋が使っていた工房が、まだ使える状態で残っている。
とのことだったのだが……。
「……廃墟じゃん」
ノエルの一言が、その状態を端的に表していた。
「そんな……。以前、見回ったときは、こんな状態ではなかったのだが……」
茫然とするアリシアを尻目に、おれは建物の中を検分する。
出入口の扉は外側からの力で破壊されており、内壁にはなにかが衝突したような痕跡が複数。
作業場や生活スペースは荒れ放題だ。しかし腐食や風化といった荒れ方ではない。何者かが散らかしていったという印象がある。
天井には損傷がほぼなく、雨漏りの形跡もない。
「これは……魔物に荒らされたみたいだね。アリシア、近くに魔物の巣になりそうな場所はあるかい?」
「そういえば洞窟がある。ここの鍛冶屋がかつて、鉱石採取に利用していた。当時はコウモリ程度しかいなかったらしいが……」
「ならそこに間違いない。人の行き来がなくなって、最近住み着いたんだ」
アリシアは申し訳無さそうに頭を下げた。
「私の責任だ。すぐ魔物の駆除を手配する」
「いや、それはしなくていいよ」
「しかし、このような危険な場所では……」
おれはにやりと笑ってみせる。
「魔物がいるからいいんだよ、アリシア。この工房はちょっと修理すれば使えるし、廃村だから土地も広々と使えて増築も余裕そうだ。おれは気に入ったよ」
ソフィアも満足そうに目を細める。
「はい。わたしも気に入りました」
「そうね〜、井戸はまだ使えそうだし、川も近いし、平地だし。色々好都合よね」
ノエルも周囲を見渡してから同意する。
ひとり、アリシアだけ困惑している。
「魔物がいるのが良いのか?」
「はい。新技術で使う新素材は、魔物の分泌液や排泄物を利用するのです。近くに巣があればとても便利です」
ソフィアの言に、アリシアは目を丸くする。
「魔物を、そのように利用するのか……」
「でも、住処としては手狭ね。他の家は、ここより作りが悪かったのかしら、なんか倒壊しちゃっててて使えそうにないし」
「寝泊まりなら、私の屋敷を使えばいい。ここから、それほど離れてはいない」
「ほんと? 助かるぅ〜♪」
寝床が確保できて、ノエルは笑顔を咲かせる。
そんな上機嫌なノエルから連想して、おれは別の問題に気づく。
「ああ、でも……まいったな。材料、どうやって手に入れよう」
「材料? ああ、そうか。ソフィアの件か……」
ソフィアが職人ギルドから追放されている以上、装置製作に必要な材料を、業者から卸してもらえることはない。
「他の国の職人ギルドが相手なら、色々と裏技を使えば材料調達くらいできたんだけど……。ここに工房を構えるとなると、相手は追放した職人ギルドそのものだ。裏技はまず通用しないだろうなぁ……」
当初考えていたように、自分たちでコツコツ材料を採取するしかないかもしれない。
ノエルは、このために大金を獲得してくれたというのに……。
「それなら心配いらない」
「アテがあるのかい?」
アリシアは自信ありげに胸を張った。
「ああ、我が王の政策に乗るだけでいい」