「この国を救うとは、穏やかじゃない話に聞こえるな」
ノエルもうんうんと頷く。
「港町からここまで、これといって危険な雰囲気もなかったし、戦争が始まりそうな噂も聞かなかったわよね? 救うって、どういう意味なのかしら」
アリシアは真剣な眼差しをこちらに向ける。
「今はまだ表面化していないが、この国の内状は確実に蝕まれているのだ。経済危機というものに」
「経済危機? あのメイクリエが?」
メイクリエ王国は、別名で鍛冶王国と呼ばれるほどの技術国家だ。高品質な武具を諸外国に輸出して莫大な利益を得ている、世界でも有数の経済大国でもあったはずだ。
その経済に危機が迫っているとは、にわかには信じられない。
「年々、輸出量が減っているのだ」
「メイクリエ製品の需要が減るなんてことがあるのか」
「メイクリエ製の装備なら、あんまり詳しくないアタシでも知ってるくらいよ。どこのお店でも入荷したら、それだけで客寄せになるくらい、みんな憧れてるわ」
「ですが、憧れているということは、手に入らないということです」
俯いていたソフィアが、ゆっくりと口にする。
「職人が徹底的にこだわった高品質な製品……。聞こえはいいですが、職人がこだわるほどに価格は吊り上がっていきます」
アリシアは神妙に頷く。
「そうだ。一部の選ばれた勇者や有力な騎士だけが活躍していた頃は良かった。どんなに高くても、それに見合う品質があれば国家が彼らに買い与えていたからな」
そこまで聞いて、おれにも合点がいった。
「冒険者国際奨励法の影響か……」
ひとり、ノエルだけが首を傾げる。
「何年か前に作られた、あの国際法? それがなんで、どう影響してるの?」
「ああ、あの国際法って、要は、これまで選りすぐりの勇者や騎士にやらせていた魔物退治を、冒険者にもやらせようって作られたものなんだ」
それ以前から冒険者や冒険者ギルドは存在していたが、魔物退治は危険だからと依頼に出されることはほとんどなかった。
しかし、危険度の少ない魔物にまで勇者たちを派遣していては数が足りない。そこで冒険者にランク制を採用し、ランクに見合った魔物退治を依頼できるよう国際的に定めたのだ。
その際、依頼料の見直しや、保険制度の整備、冒険者ギルドの国際組織化によるサポート体制の強化がおこなわれた。国際法を適用する国には、冒険者ライセンスの提示と簡易な審査のみで入国できるようにもなった。
「それで冒険者は爆発的に増えて、武器に防具、
「あー、そっかぁ。勇者たちは仕事が減って、高級品を買う人が少なくなっちゃったのね。逆に冒険者の仕事が増えたってことは、安い武具のほうがたくさん売れてるわけかー」
「そういうこと。みんな、いつかはメイクリエ製品を……って憧れるけど、手に入れられる冒険者は、S級くらいだったと思う。みんな自分のランクに見合った装備を買うんだ」
「それゆえ、高級装備が柱だったメイクリエ王国は経済は、破綻しつつある」
「でもそれなら国を挙げて、品質を落とした低コスト品を作ればいいんじゃないか。メイクリエ製の低価格帯装備と聞けば、供給が追いつかないくらい売れそうなものだけど」
おれの提案に、ソフィアもアリシアもため息をついた。
「すでに我が王が提案したのだが、な……」
「メイクリエの職人たちが、あえて品質を落とすことに納得できるわけがありません」
「なるほど……」
ふたりの——特にアリシアの疲れ切ったような表情で、なんとなく察する。
こだわりの強い職人が、よほど多いのだろう。気持ちはわかる。
「そこで貴方がたの新技術に、望みを託したいと考えたのだ」
おれは苦笑する。
「まだどんな技術か、話してもいないのに?」
「あっ」と声を上げて、アリシアは照れ隠しに微笑んだ。
「すまない。つい、想像だけで先走ってしまった。その新技術について、お聞かせ願えまいか」
「まあ、今回の件にうってつけではあるよ。簡単に言えば、高品質な品物を、寸分たがわず百個でも千個でも一日で作れる技術だ」
アリシアは目を見開いて、感動の息を漏らした。
「それは素晴らしい。私の想像を超えている。是非とも力を貸して欲しい」
熱意のこもったアリシアの瞳から、おれは視線を外した。ソフィアの横顔を見つめる。
それからアリシアに向き直り、低い声で尋ねる。
「……功績を上げて、没収された領地を取り戻すためかい?」
アリシアは首を横に振る。その瞳には、一点の曇りもない。
「取り戻すものなどない。確かに領地はひどく手狭になったが、それは私の落ち度でしかない。負傷で騎士の役目を果たせなくなった私を、その程度の処分で済まして下さった王には感謝しかしていない」
「じゃあ、純粋な忠誠心——愛国心でしかないんだね。素直に尊敬するよ。この国は君にとって、守るに値する国なんだろう」
おれはひと呼吸おいてから、窓の外を——メイクリエ王国の国土を睨みつける。
「おれにとっては、おれの大切な人を苦しめ、傷つけ、追放した国でしかない」
「ショウさん……」
ソフィアは複雑な表情でおれを見つめる。その黄色い綺麗な瞳を見つめ返す。
「どうするかは、ソフィアが決めてくれ。君の故郷で、いい思い出だってあるだろうに……おれは今、この国のためには働きたくないと思ってる。でも君が良いと言うのなら——君のためになら、おれはやれる……」
ソフィアは黙って目を伏せる。
考えるための沈黙は、長くはなかった。ソフィアは顔を上げた。
「わたしは、ショウさんと一緒ならどこでだって構いません」
「では……?」
希望を持って問いかけるアリシアに、ソフィアは頷く。
「この国を——わたしの故郷を、救いたいと思います」