メイクリエ王国に入って、残念だったことがふたつある。
まず、当初目的地としていたガルベージ領は、もう存在していなかったことだ。
「ガルベージ家はあの土地を取り上げられたんだ。今はヒルストン様が治めてる、ヒルストン領ってわけだね。……ああ、ディブリス教会ならまだあるよ。地図あるかい? ……そう、この辺にあるよ」
港町の酒場で尋ねると、親切に地図に印をつけて教えてくれた。一週間ほどの旅になりそうだ。
おれたちに剣を託したゴーストナイトも、子孫が所領没収の憂き目にあっていたと知ったら残念に思うことだろう。
そしてもうひとつの残念なことは……。
「ショウさん、なにかおかしいところがありましたか?」
「いや、大丈夫。旅にはやっぱりその服装が合うね……」
ソフィアがいつもの実用的な旅用の服装に戻ってしまったことだ。
港町ディストンで買ったあの可愛い服装は、旅には向かないので仕方ないのだが……。
「ショウは、ソフィアが可愛くない服になっちゃって残念なんだってさ」
ノエルがにやにや笑いながら図星をつく。
ソフィアはおれを見上げて、機嫌良さそうに目を細める。
「また今度、です」
そんなこんなで一週間後、目的地のディブリス教会に到着する。
教会の中には、神父の他にひとり、礼拝に来ている女性がいるだけだった。
「この教会の墓所から盗まれた剣を納めに来たんです。ガルベージ家の物と考えているが、詳しく知りませんか」
おれは神父に声をかけ、包んでいた布をほどいて剣を見せる。
「それは……私の祖父の剣だ」
答えたのは、神父ではなかった。礼拝に来ていた身なりの良い女性だ。
腰まで届く艶のある金髪。青い瞳に、意志の強そうな眼差し。白と黒を基調とした落ち着いた雰囲気のワンピース。編み上げの革のブーツ。
ひと目で貴族階級にある人物だとわかる。だが、その所作は令嬢というより、戦闘経験を積んだ戦士——いや騎士といった印象を受ける。
「私はアリシア・ガルベージ。貴方がたがどういう事情で、その剣をお持ちなのかお聞きしたいのだが、よろしいだろうか?」
「もちろん。けれど、まずはあなたの祖父との約束を果たさせてもらいたい」
神父に案内された表のひときわ大きな墓の前で、おれとソフィアは剣に念入りに防錆処理を施す。それから墓内に剣を納めた。
その後、応接間へ通される。
自己紹介もそこそこに、アリシアに事情を説明する。
アリシアは真面目な顔で頭を下げてきた。
「——そうか。祖父の霊が世話になった。頑固者だったろう?」
「根気強く説得したらわかってくれたよ」
「貴方がたには感謝の言葉もない。本当ならば、充分な謝礼を贈りたいところなのだが……恥ずかしながら家人を養うのに精一杯の有様でな。金品を進呈することは難しい」
ガルベージ家は所領を没収されたと聞いている。それは収入源のほとんどを没収されたに等しい。雇っていた家人も、ほとんどが解雇されているはずだ。
「気にしないで欲しい。報酬なら冒険者ギルドからもらってる。それに、どうせあの町からは遠く離れなきゃならない事情があったんだ。他に行くアテもなかったし、旅のいい道標になってくれたよ」
「そう誠実な対応をされると、ますます礼で応えたくなるな。……ときに、貴方がたの旅の目的は? さすらいの冒険者稼業というわけでもなさそうだが」
「今の一番の目的は、工房を手に入れることだよ」
「それはいい。祖父に認められるほどの腕なら、工房で振るうべきだ。さぞかし名のある職人の一族とお見受けするが、ソフィア、貴方の家名を伺ってもいいだろうか?」
アリシアの微笑みに、ソフィアは複雑な表情を向けた。迷うような沈黙の後、小さく口を開く。
「……シュフィールです」
「シュフィール? まさか、あの、職人ギルドを追放された……?」
「…………」
ソフィアはそれ以上はなにも言えなくなって俯いてしまう。
すぐノエルが割って入る。
「追放なんて関係ないわ。アタシたちは、世界初の新技術を作ってるのよ。まだ存在しない技術なんだから、古臭い職人ギルドに文句を言われる筋合いもないわ」
「世界初の、新技術……?」
アリシアはその言葉に強く反応した。
「新技術……。まだ、存在しない、新しい……」
焦点の合わない目で、熱に浮かされたようにぶつぶつと呟いたと思ったら、急にアリシアは身を乗り出してきた。
「工房をお望みならば、私に心当たりがある。貴方がたに提供することもできるだろう。しかし——」
アリシアは後ろめたそうに、重たく口を動かした。
「——条件がある。本当なら、今回の謝礼として喜んで提供するべきなのだが……どうしても、呑んで欲しい」
「その条件とは?」
「私も貴方がたの仲間に加えていただきたい。そしてどうか共に、この国を救って欲しい!」