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第29話 惚れ直しましたか?




「えっへへー♪ ツイてるわねぇ、特許契約が転がり込んでくるなんて」


 ノエルは満面の笑みで、歩みを弾ませる。


「でもいいのかい? 権利は君が持ったままのほうが儲かると思うんだけど」


「いーの、いーの。今はすぐ大金が欲しいところだったんだから」


 今朝、宿の食堂でノエルにおれたちの仕事について説明していたところ、例の海運会社のオクトバーが駆け込んできたのだ。


「海水淡水化装置は社内でも大好評でしてな! 是非とも継続して製造したいので、特許契約を結んでいただきたいのです!」


 要は、海運会社のほうで装置の仕組みを模倣した物を作りたいから、発明者と契約して許諾を得たいということだ。


 模倣品を作るたびに一定の使用料が発明者に入ってくる契約か。それとも、発明品の権利そのものを大金で買い取ってもらうか。


 その二択だったが、ノエルは迷うことなく後者を選んだのだった。


「だってさぁ、アタシたちの仕事、とにかくお金がかかりそうじゃん? ふたりとも、装置の材料とか、製造場所の確保とか、お金がかかるところちゃんと考えてなかったでしょ」


 おれとソフィアは頭を下げるしかない。


「……面目ありません」


「うん、面目ない……」


 材料に関しては、買おうとすれば凄い金額になるから、おれとソフィアが素材収集から頑張るつもりでいた。


 時間がかかるが、魔力回路の構築にもどうせ時間がかかるからと、あまり問題視していなかった。


 しかし製造場所に関しては、本当になにも言えない。


 製造に長期間かかる装置を、旅をしながら作ることはできない。それなりの道具と設備を揃えた工房が必要だが、買うにしても借りるにしても、そこでかかるお金は「そのうちなんとかする」としか考えていなかった。


「ちょっと情熱が先走りすぎてたみたいだ。次はちゃんと経費を計算して、計画を立てるよ」


「まあ、無一文でぶっ倒れたアタシが言うのもなんだかなーって感じだけど。それより買い物、買い物♪」


 今日の午後にはメイクリエ王国行きの定期便に乗る予定だ。


 その前に気分転換も兼ねて、必要な物を買いに来たのだ。


 買い物を始めて、数十分後。


「ごめん、ショウ、ちょっと腕貸して」


 遠慮がちにノエルはおれと腕を組んだ。


「しょうがないな。君は美人な上に服装もセクシーだから目を引くんだよ」


 初めこそひとりで買い物していたノエルだったが、何度もナンパされて困っていたのだ。


 おれと腕を組んでいれば、声はかけられない。


「ごめんね、少しだけだから」


 謝りつつも、口元がわずかに緩んでいる。


「…………」


 ソフィアは黙ってついてきていたが、やがて立ち止まった。


「ソフィア?」


 おれを見上げるソフィアの表情は冷静そのもので、久しぶりに——本当に久しぶりに、何を考えているのか読めないものだった。


「すみません。是非とも買いたい物がありますので、行ってきます」


「なら一緒に行こう。こっちの買い物はもうすぐ終わるし」


「ショウさんは、ノエルさんといてあげてください。お昼の鐘が鳴る頃、噴水広場で待ち合わせしましょう」


 有無を言わせぬ雰囲気で、さっさと行ってしまう。


「あ……」


 ノエルはおれから離れた。申し訳なさそうに眉をひそめる。


「今のはちょっとフェアじゃなかったな……」


「どういうこと?」


「んー、女の子の秘密」


「?」


 よくわからないが、ソフィアは機嫌が悪いのかもしれない。


 おれはさっさと買い物を済ませて、指定された噴水広場へ急いだ。


 とはいえ、どうしたものか。 


 ソフィアが機嫌を損ねるなんて初めてのことだ。どうすればいいか、まるでわからない。


 ノエルは荷物を整理すると言って一旦宿に戻っている。おれは心細さを感じながら、ソフィアが来るのを待っていた。


「……お待たせしました」


 やがて声をかけられて、おれは振り返る。


 思わず息を呑んだ。


 とびきりの美少女がいた。


 青みがかった銀髪のショートヘアに、よく映える青い大きなリボン。白く清潔感のある半袖のブラウス。首元には可愛らしく長めに蝶結びしたタイ。上品なハイウェストスカート。


「……ソフィア?」


「はい、ソフィアです」


 普段の実用的な服装とは違う女の子らしい姿に、一瞬ソフィアだとわからなかった。


 ただでさえ美少女のソフィアが、こんな可愛い服装をしていたら、相乗効果で美少女以上のなにかに見えてくる。


 天使かな?


「いかがでしょうか?」


「あ、ああ……可愛いよ、凄く……」


「はい、ありがとうございます」


 ソフィアは、おれをじぃっと見つめてくる。


 見惚れてなにも言えずにいると、ソフィアは思い切ったように飛びついてきた。


 おれの腕に、自分の腕を絡ませて密着する。


 頬を赤らめつつ、黄色い綺麗な瞳で見上げてくる。


「……惚れ直しましたか?」


 返答に困る。顔が熱くなり、胸がドキドキしてくる。


 その胸にソフィアが顔を当ててくる。心音が聞かれてるかもしれない。


「えっと、その……」


 するとソフィアは顔を上げて、悪戯っぽくペロリと舌を出す。


「……なんちゃって、です」


 そっと離れて、微笑みを見せる。


 天使じゃなくて、小悪魔だったか……。


 でも数日ぶりに冗談を仕掛けられて、なんだか嬉しくなる。自然と笑みが溢れる。


「ソフィア、今のは悪質だと思う」


「ノエルさんと腕は組めても、わたしとは嫌ということですか?」


「いや、どっちも嬉しいけど……」


「ノエルさんが羨ましくて、ついやってしまいました」


 そうか、ノエルの影響か。


 ソフィアも女の子だ。ノエルのような目立つ美人がそばにいて、自分もおしゃれしたくなったのだろう。


 それで新しい服を買って、はしゃいでいるのだ。


 そこで正午を知らせる鐘が鳴る。


「おっと、出航まであんまり時間がないな。ソフィア、行こう」


 手を差し出すと、ソフィアは上機嫌にその手を取った。


「……はい!」


 機嫌は治ったみたいで良かった。いや、そもそも本当に不機嫌だったのだろうか。


 女の子はよくわからない。


 ともかくおれたちは、一時間後には船に乗り、港町ディストンに別れを告げたのだった。

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