「えっへへー♪ ツイてるわねぇ、特許契約が転がり込んでくるなんて」
ノエルは満面の笑みで、歩みを弾ませる。
「でもいいのかい? 権利は君が持ったままのほうが儲かると思うんだけど」
「いーの、いーの。今はすぐ大金が欲しいところだったんだから」
今朝、宿の食堂でノエルにおれたちの仕事について説明していたところ、例の海運会社のオクトバーが駆け込んできたのだ。
「海水淡水化装置は社内でも大好評でしてな! 是非とも継続して製造したいので、特許契約を結んでいただきたいのです!」
要は、海運会社のほうで装置の仕組みを模倣した物を作りたいから、発明者と契約して許諾を得たいということだ。
模倣品を作るたびに一定の使用料が発明者に入ってくる契約か。それとも、発明品の権利そのものを大金で買い取ってもらうか。
その二択だったが、ノエルは迷うことなく後者を選んだのだった。
「だってさぁ、アタシたちの仕事、とにかくお金がかかりそうじゃん? ふたりとも、装置の材料とか、製造場所の確保とか、お金がかかるところちゃんと考えてなかったでしょ」
おれとソフィアは頭を下げるしかない。
「……面目ありません」
「うん、面目ない……」
材料に関しては、買おうとすれば凄い金額になるから、おれとソフィアが素材収集から頑張るつもりでいた。
時間がかかるが、魔力回路の構築にもどうせ時間がかかるからと、あまり問題視していなかった。
しかし製造場所に関しては、本当になにも言えない。
製造に長期間かかる装置を、旅をしながら作ることはできない。それなりの道具と設備を揃えた工房が必要だが、買うにしても借りるにしても、そこでかかるお金は「そのうちなんとかする」としか考えていなかった。
「ちょっと情熱が先走りすぎてたみたいだ。次はちゃんと経費を計算して、計画を立てるよ」
「まあ、無一文でぶっ倒れたアタシが言うのもなんだかなーって感じだけど。それより買い物、買い物♪」
今日の午後にはメイクリエ王国行きの定期便に乗る予定だ。
その前に気分転換も兼ねて、必要な物を買いに来たのだ。
買い物を始めて、数十分後。
「ごめん、ショウ、ちょっと腕貸して」
遠慮がちにノエルはおれと腕を組んだ。
「しょうがないな。君は美人な上に服装もセクシーだから目を引くんだよ」
初めこそひとりで買い物していたノエルだったが、何度もナンパされて困っていたのだ。
おれと腕を組んでいれば、声はかけられない。
「ごめんね、少しだけだから」
謝りつつも、口元がわずかに緩んでいる。
「…………」
ソフィアは黙ってついてきていたが、やがて立ち止まった。
「ソフィア?」
おれを見上げるソフィアの表情は冷静そのもので、久しぶりに——本当に久しぶりに、何を考えているのか読めないものだった。
「すみません。是非とも買いたい物がありますので、行ってきます」
「なら一緒に行こう。こっちの買い物はもうすぐ終わるし」
「ショウさんは、ノエルさんといてあげてください。お昼の鐘が鳴る頃、噴水広場で待ち合わせしましょう」
有無を言わせぬ雰囲気で、さっさと行ってしまう。
「あ……」
ノエルはおれから離れた。申し訳なさそうに眉をひそめる。
「今のはちょっとフェアじゃなかったな……」
「どういうこと?」
「んー、女の子の秘密」
「?」
よくわからないが、ソフィアは機嫌が悪いのかもしれない。
おれはさっさと買い物を済ませて、指定された噴水広場へ急いだ。
とはいえ、どうしたものか。
ソフィアが機嫌を損ねるなんて初めてのことだ。どうすればいいか、まるでわからない。
ノエルは荷物を整理すると言って一旦宿に戻っている。おれは心細さを感じながら、ソフィアが来るのを待っていた。
「……お待たせしました」
やがて声をかけられて、おれは振り返る。
思わず息を呑んだ。
とびきりの美少女がいた。
青みがかった銀髪のショートヘアに、よく映える青い大きなリボン。白く清潔感のある半袖のブラウス。首元には可愛らしく長めに蝶結びしたタイ。上品なハイウェストスカート。
「……ソフィア?」
「はい、ソフィアです」
普段の実用的な服装とは違う女の子らしい姿に、一瞬ソフィアだとわからなかった。
ただでさえ美少女のソフィアが、こんな可愛い服装をしていたら、相乗効果で美少女以上のなにかに見えてくる。
天使かな?
「いかがでしょうか?」
「あ、ああ……可愛いよ、凄く……」
「はい、ありがとうございます」
ソフィアは、おれをじぃっと見つめてくる。
見惚れてなにも言えずにいると、ソフィアは思い切ったように飛びついてきた。
おれの腕に、自分の腕を絡ませて密着する。
頬を赤らめつつ、黄色い綺麗な瞳で見上げてくる。
「……惚れ直しましたか?」
返答に困る。顔が熱くなり、胸がドキドキしてくる。
その胸にソフィアが顔を当ててくる。心音が聞かれてるかもしれない。
「えっと、その……」
するとソフィアは顔を上げて、悪戯っぽくペロリと舌を出す。
「……なんちゃって、です」
そっと離れて、微笑みを見せる。
天使じゃなくて、小悪魔だったか……。
でも数日ぶりに冗談を仕掛けられて、なんだか嬉しくなる。自然と笑みが溢れる。
「ソフィア、今のは悪質だと思う」
「ノエルさんと腕は組めても、わたしとは嫌ということですか?」
「いや、どっちも嬉しいけど……」
「ノエルさんが羨ましくて、ついやってしまいました」
そうか、ノエルの影響か。
ソフィアも女の子だ。ノエルのような目立つ美人がそばにいて、自分もおしゃれしたくなったのだろう。
それで新しい服を買って、はしゃいでいるのだ。
そこで正午を知らせる鐘が鳴る。
「おっと、出航まであんまり時間がないな。ソフィア、行こう」
手を差し出すと、ソフィアは上機嫌にその手を取った。
「……はい!」
機嫌は治ったみたいで良かった。いや、そもそも本当に不機嫌だったのだろうか。
女の子はよくわからない。
ともかくおれたちは、一時間後には船に乗り、港町ディストンに別れを告げたのだった。