「そもそもインチキじゃないのか。元が本当に海水だったか確かめてやる!」
ボロミアは安全装置で魔力を遮断してから、樽の蓋を開けた。コップですくい、一気に口に含む。
「ぶふぅ! 海の味!?」
盛大に海水を吹き出した。
バカなのかな……。
「げほげほっ、くそお。なら、次は——」
「もうやめてくれないか」
おれは見ていられなくて、一歩前に出た。
「なんだお前は!」
「ノエルの仕事仲間だよ。そんなことして、君は恥ずかしくないのか?」
「なにが恥ずかしいって言うんだ! ノエルにはもっと相応しい場所があるんだ。そこに連れて行くためなら、僕はなんだってするぞ! こんな下らない物を作ってるより、結婚して、学院に貢献するほうが何倍も——」
「想い人が作った物を、下らないと言うのか?」
ボロミアは言葉を詰まらせた。
「君のやり方は卑怯だと思うけど、恋愛のやり方は人それぞれ自由だ。非難はしない。けど、君の想い人が精魂込めた物を、どうして下らないと言えるんだ? おれには、それがわからないよ」
「それは……」
「君はノエルのことが好きじゃないのか? なにをもって結婚を望んでいるんだ?」
「す、好きに決まってる! そっちこそ、ノエルのなにを知ってるんだ。僕は学院で何年も一緒だったんだぞ! ノエルの美貌も、才能も、なにもかもよく知ってるんだ! 知ってるから好きなんだ!」
「美貌や才能なら、知り合ったばかりのおれにだってわかるよ。他にはないのかい?」
「他にはって……」
「例えば、まず意外とよく食べる。健康的でいいと思う。それに人助けがしたいっていう夢が素敵だ。そのために努力してきたのも凄い。追われてるのに、いかにも魔法使いだっていう目立つ格好をやめずにいるのもいい。魔法の助けを求める人に見つかりやすくしてるんだ。信念を感じておれは好きだな。他にも——」
「ちょ、ちょっとやめてよ〜……」
なぜかノエルが真っ赤になって、突っついてくる。
「なんで?」
その脇で、ソフィアが小さくため息をついた。ジト目になっている。
「とにかく、おれでさえこれくらい知ってるんだ。君が結婚を望むのもよくわかる。でも君が挙げたノエルの美点が、見た目と才能だけっていうのは、少し寂しくないかな」
「こ、言葉にできなかっただけだ! たくさんありすぎて!」
「本当かな? 君はノエルの表面だけ見て、内面を理解してないように思えるけど」
「そんなことはない! 僕のこの気持ちに、嘘なんてない!」
「なら教えてくれ。ノエルのどこに惹かれたんだ? なにかきっかけがあるんだろう?」
「それは……」
ボロミアは深呼吸して興奮を抑え、思い出すようにポツポツと語る。
「ノエルが、助けてくれたんだ。僕がどうしてもわからない魔法理論があって悩んでたとき……派手な魔女の格好でいきなり現れて、理解するまで根気よく教えてくれたんだ。他にも、いじめられそうになったときに、味方してくれた……。僕にだけの態度じゃなかったみたいだけど……そんな人だから僕は……」
おれは安堵の息をついた。
「良かった。君はちゃんとノエルが好きなんだな」
「だから、そうだって言ってる」
「でもそうなら、今のノエルをちゃんと見るんだ。学院時代と同じことを、学院から飛び出してやっているだけなんだよ。今回の装置を作ったのだって、そうだ。これを下らないと言うのは、君が好きになったノエルを否定することになる」
「……!」
ボロミアは、初めて気づいたとばかりに息を呑んだ。
やがてボロミアは無言のまま肩を落とす。
「僕は……バカだ。祖父や父に言われるまま、自分を見失ってた……」
「でも見下げ果てるほどでもない」
ボロミアは涙目で顔を上げる。
「情熱のまま突っ走るのはおれも好きだからね。方向性は間違ってたけど、ノエルのためならなんだってするってのも気に入ったよ。実際、人任せにせず、自分で追いかけてるみたいだし。ちゃんと話せば間違いにも気づける。これから、見込みがあると思うな」
「え、褒められた? え、ありがとう」
それから、ボロミアは姿勢を正した。あらためてノエルへ向き直り、頭を下げる。
「ノエル、すまなかった。これまでのこと、すべて謝罪する。でも君を想う気持ちも、君のためになんでもするという言葉にも嘘はない。これから全部改める。だから、僕たちの関係のことを、少しでもいい、考え直してくれないか」
その真っ直ぐな姿勢に、おれは微笑んだ。ソフィアも感心していた。オクトバーもうんうん、と頷いていた。
そしてノエルも、微笑んだ。
「嫌に決まってるでしょ♪」