装置は期日までに無事に完成した。
おれたちは作業場にしていた倉庫に、契約していた海運会社の担当者を招き、装置の説明と実演をすることになったのだが……。
「ちょっと、なんであなたが来てるのよ! 関係ないじゃない!」
招かねざる客が、海運会社の人間と一緒にやってきたのだ。
「ははは、関係ならあるさ。君は失敗したら違約金を払わなきゃならないんだろう? でも君はそんなお金は持ってない。そこでこの僕が肩代わりしてあげようと思って、わざわざ来たんだよ」
細身でメガネをかけた青年だった。ノエルのストーカーと見て間違いない。
その背後には、彼の護衛と思わしき男がいる。先日、ショウとソフィアを尾けていた男だ。
「う〜、オクトバーさん……」
ノエルは海運会社の担当者、オクトバーに恨めしそうに目を向ける。
「いや申し訳ない。返すアテのないあなたに借金をさせるよりは、返ってくるアテのあるほうを選ばねばならなかったもので」
「会社としてはそれが正しいんでしょうけど……よりによって、ボロミアになんて」
「ふふふ、うちへの借金は心配しなくていいよ。働き口も用意してあるんだ。学院の講師さ。僕の妻として、一緒に学院をより良くしていこうじゃないか」
ノエルは汚物を見るような目でボロミアを一瞥すると、すぐ背中を向けた。
「ふん、いいわ。どうせ思い通りになんかならないんだから」
「そうです、ノエルさん。わたしたちの装置は、完璧です」
ソフィアの励ましで、ノエルに笑顔が戻る。
「うん、よっし! 見せてあげましょうか!」
ノエルは装置にかけてあった布を取り、全容を露わにする。
「さあ、これがアタシたちの海水淡水化装置よ!」
ひと目見て、ボロミアは狼狽えた。
「なんで形になってるんだ? おい、彼女らは材料ひとつ買えないんじゃなかったのか?」
護衛の男に食ってかかる。
護衛は、おれのほうに視線を向けた。
「どうやら甘く見ていたようです」
「はぁ? なんだよそれ、ちゃんと仕事しろよな!」
「申し訳ありません」
「ちょっと、静かにしてよ外野! これからオクトバーさんに説明するんだから」
ノエルに怒られて、ボロミアはしぶしぶ口をつぐむ。
ノエルはオクトバーに装置の仕様を説明した。それから装置の実演に入る。
「ではでは樽の中の海水が、飲み水に変わるさまをご覧あれ〜♪」
ノエルは意気揚々と装置の安全装置を外して、魔力石と魔力回路を接続する。
魔法が発動。ろ過器の最後のガラス管に魔力の膜が生成される。樽の中では順調に圧力が高まり、海水が押し上げられ、ガラスの水管を通っていく。
ろ過器に到達した海水は、それぞれ容器に入った小石、砂、そして魔力膜を通って透き通った水になり、事前に置いておいたコップに注がれる。ふたつある出口のもう一方からは、塩分の濃縮された海水が排出される。
一分ほどでコップ一杯分が溜まる。べつのコップに置き換えて、ノエルはろ過水の入ったコップをオクトバーへ手渡した。
「さあ、飲んでみてオクトバーさん」
コップを受け取ったオクトバーは、まず舌先で味を確かめ、それから一気に喉を鳴らして飲み干した。
「これは……これは凄い! 海水がこんなにも早く飲めるようになるなんて!」
「そうでしょう、そうでしょう♪」
「一週間前は、正直なところただの詐欺だと思っていたが……いや、これは素晴らしい。航海中にいくらでも飲み水が確保できる。本当に素晴らしい発明ですぞ、これは!」
オクトバーは感激してノエルに握手を求める。握手を受けたノエルの手を、両手で包んでしまうほどに喜んでいる。
それも無理はない。
船に水を大量に積み込んでいっても、すぐに腐って飲めなくなってしまう。雨水を収集するタンクを船に搭載しているが、それでも賄いきれない。そこで多くの場合、腐りにくい酒類を大量に積み込んでいる。
しかしおれのように酒が体質的に合わない人間も少なくはない。仮に酒に強い人間でも、酔って船上で騒乱を起こすこともある。
また、嵐などで航路を外れてしまった場合、どこかの港に寄港して補給する計画も崩れてしまう。わずかな雨水で全員の渇きをしのげるわけもない。
海水を蒸留する手段もあるにはあるが、海上では燃料が限られる上に、蒸留には時間がかかる。おまけに一歩間違えたら火災になる。
これらの問題を、一挙に解決できるのだ。
「ありがとう。海水淡水化装置、確かに受領いたします。本当にありがとう」
オクトバーの口調が、いつの間にか敬語になっている。
「ちょちょちょ、ちょっと待ってくれ!」
ボロミアが声を上げてオクトバーに突っかかる。
「僕との約束はどうなるんだ!? あんたが受領しちゃったら、ノエルは借金を背負わなくなっちゃうじゃないか!」
「そりゃそうでしょう。約束は
ノエルは胸を張って「ふふん」とボロミアを鼻で笑う。
「色々やってたみたいだけど残念ね〜、ざまあみろ〜♪」
ボロミアはノエルを見て、すぐオクトバーに唾を飛ばす。
「くぅうっ! なら訂正しろ、これは失敗作だ!」
「あんたなに言ってんです。こんな素晴らしい装置を失敗作だなんてとんでもない」
「だったら僕が、失敗作だって証明してやる! 装置を検めさせてもらうからな!」