「はい、受け取りサインしたよ。お疲れ様。報酬はギルドで受け取ってくれ」
翌朝、倉庫のドアを叩く音に起こされたおれは、冒険者が持ってきた品物を受け取り、サインをしたところだった。
その品物を、作業場に持ってきて広げる。錬金術の実験器具だ。
「というわけで酒樽とガラス管、ガラス容器が揃ったよ」
「わあ、これで装置が作れるのね、ありがとうショウ! 頼りになるぅ!」
「う。ごめん、頭痛いから、あんまり大きな声を出さないでもらえると助かる……」
「あっ、ごめん。でも、どうやってこれ揃えたの?」
「樽は酒場に行って中身ごと買い取ったんだ。中身は他の客に飲んでもらって」
「それで昨日は酔って帰ってきたんだ?」
「おれは飲んでないけど匂いでね……。酒は体質に合わないんだ。恥ずかしいところを見せちゃったね……。帰ってから記憶が無いんだけど、おれ変なことしなかった?」
「大丈夫です、お休みになっていただけですよ」
「そうそう、ソフィアが膝枕したらすごーく安心した感じで寝ちゃったよね」
ノエルの補足に、ソフィアの頬が赤くなる。
「あ、そ、そうなんだ……ありがとう、ソフィア」
「いえ……」
なんだか照れくさくてお互いに目を逸らしてしまう。
ソフィアの膝枕か……。
記憶に無いのが残念だ。
こちらの様子を見てくすくすと笑ってから、ノエルは「それでそれで?」と次を促した。
「こっちのガラスはどうやって揃えたの?」
「冒険者ギルドに頼んだんだ。事情があって表立って依頼できないときに、極秘で依頼を出せる仕組みがあってね。大急ぎで代わりに買ってきてもらったんだ。緊急の秘密依頼ってことで依頼料はだいぶ割増されてるけど」
「なるほどー。それならあいつも止められないわね、さすが」
「それでは、ショウさんはもう少し休んでいてください。わたしとノエルさんで作業を進めますから」
「うん……ごめん。お願いするよ……」
おれはふらふらと寝袋にくるまり、横になる。
「あ、ガラス容器に直接砂や小石を入れると割れやすくなるから、布か何かで包むといいと思う。それと、全体的な強度はどうしても金属には劣るから、魔法でかける圧力も減らしたほうがいいと思う……」
「はい、わかりましたよ」
子供を寝かしつける母親のようなソフィアの声色。
おれは安心して目をつむる。
「なんか弱ってるショウ、可愛くない?」
「……はい。わたしの中のママの部分がキュンキュンしています」
「ママってなに? どういうこと?」
仲良さげなふたりの声は耳に入っていたが、反応するだけの気力もなく、おれは眠りに落ちた。
昼過ぎになって復調した頃には、装置本体はソフィアの手で七割は形になっていた。
これなら任せていて大丈夫そうだ。
おれは壊れた装置のほうから、取り付けられている魔力石を慎重に取り外す。
「ソフィア、魔力石の取り付け位置は、そこにマーキングしてるところかい?」
「はい、その位置です」
「オーケー、おれが取り付けとくよ」
魔力石とは、魔力を蓄えておける鉱石のことだ。
主に、魔力回路を利用した装置——魔導器の動力源として使われている。
装置内部に書き込まれた魔力回路は、魔力石から魔力を供給され、書き込まれた内容のとおりに魔法を発動させる。
例えば、ガラスの容器に小さな炎を出す魔法の回路を書き込み、魔力石をセットすれば、燃料のいらないランプとして使える。魔力石に蓄えられた魔力が尽きるまで、炎は消えることはない。
ランプのような単純な回路ではなく、いくつのもの魔法を複雑に組み合わせた回路を書き込めば、勝手に演奏を始める楽器だとか、一定の道を馬もなく往復する馬車などという代物も作り出すことができる。
便利で重宝されるが、広く普及はしていない。
魔力回路の構築は、非常に難易度が高いからだ。
「ふんふふふーん♪」
ノエルは鼻歌交じりに、魔力膜を発生させる回路をガラス容器に書き込んでいる。
こんな気楽にやっている光景を見たら、おそらく大抵の魔法使いは驚愕する。
そもそも魔法は、一般人が思うほど便利で柔軟性のあるものではない。
大抵の魔法使い——B級までの魔法使いは、修業によって既存の魔法を行使できるようになっただけで、それらの魔法の効果を調節することはできない。呪文の意味や仕組みを、細部まで深く理解するに至っていないからだ。
比較的単純なランプの魔力回路でさえ、B級までの魔法使いには構築できない。
既存の炎魔法は、敵を燃やし尽くすような攻撃的なものばかりなのに対し、ランプには
既存魔法をアレンジできるようになれば、晴れてA級魔法使いに認定される。新規に魔法を作り出せるようになれたらS級だ。
A級以上は別格と言われる所以だ。
そして魔導器に使われる魔法は、複雑なアレンジや、場合によっては新魔法が必要となる。魔力回路の構築は、A級以上の魔法使いにしかできないのである。
「……ふぅ、アタシちょっと休憩するね。やっぱり書き込みは肩が凝るぅ〜」
ノエルが背伸びをすると、大きな胸がぽよんと揺れる。
つい目で追ってしまうが、ソフィアにジト目を向けられてるのに気づいて目を逸らす。
「ん? どうしたの、ショウ?」
「いや、やっぱりノエルは凄いんだなって思って」
「ふふーん♪ そうなのよ、アタシって凄いんだから」
装置の作成は、順調に進んだ。