「まずは整理しよう。この装置は、海水に圧力をかけて、ろ過器に通す。だからタンクや水管、ろ過器の素材は、内圧に十分耐えられるものでなくちゃいけない」
「さらに海水で腐食しないことも条件ですね」
「最初の素材は薄い銅板だった。加工しやすいのはいいけど、この装置には向いてない。なんで銅を使ったのか理解に苦しむけど、まあ詐欺師が作ったんじゃこんなもんかな」
おそらく形にさえなればいい、と雑な仕事をしたのだろう。
「さっきまでは、鉄を素材に防錆メッキをして作ろうと思ってた。あるいは、もともと錆びにくくて頑丈なウーツ鋼が使えたら理想だったけど……鍛冶屋を抑えられた以上、金属素材は全部使えないと考えよう」
「はい。得意分野が潰されてしまいました……」
ソフィアが困ったように瞳を下げる。
「でも得意分野以外に目を向けると、意外ともっと簡単な方法があったと気づけたりするよ」
「と言いますと?」
ソフィアとノエルが興味深げに、おれを見つめる。
「まずタンクには、酒樽を使おう。もともと酒や海水を入れたりするから、水漏れや錆びの心配はない。エールやビールといった炭酸飲料を密閉保存するから、内圧にもかなり耐えられるはずだ」
「それは確かに。盲点でした。さすがショウさん、広い視野をお持ちです」
ソフィアがひとしきり関心してから、ノエルが疑問を口にする。
「でも水を通す管や、ろ過器の素材はどうするの? こっちも木? 木彫りするのは、きつくない?」
「いや、ガラスを使おうと思う」
「ガラス? あんなの、圧力ですぐ割れちゃわない?」
「ところが割れちゃわないんだ。ガラスは傷に極端に弱いせいで割れやすいけど、実は耐圧力自体はかなり高い。もちろん錆びたりしない。扱いには注意が必要だけど、錬金術の実験器具なんかあれば、そのまま使えると思うよ」
「そうなんだ、なるほどなるほど。じゃあじゃあ、明日にでも買いに行けば揃えられるかしら?」
嬉しそうに声を弾ませるノエルだが、すぐに「あっ」と声が暗くなる。
「でもあいつのことだから、材料になりそうな物を売ってる店には全部、手を回してるかも……」
「大丈夫、そこはおれに考えがある」
「考えって?」
「盲点を突くんだ。普通は売ってないところから買わせてもらう。まあ任せておいてよ」
おれは金貨袋の残金を確認して、立ち上がる。
「少し遅くなると思う。ふたりは今のうちにしっかり休んでおいて」
ソフィアとノエルにそう言い残して、おれは倉庫を出る。
外はもうすっかり暗くなり、空には星が瞬いていた。
まずはこの町の冒険者ギルドがある通りへ向かう。
かつて拠点にしていた大都市リングルベンからかなり離れているから、冒険者シオンの顔を知っている者はいないだろう。それでも万が一を思って近づかずにいた場所だ。
冒険者ギルドには、あえて入らず、素通りする。
代わりに少し先で座り込んでいる物乞いに、金貨を二枚と手紙を無言で渡す。物乞いの格好をした男は、仔細承知した顔で頷いた。
それから大きな酒場に立ち寄り、カウンター席に座る。
「ご注文は?」
「マスター、そこの樽はビールかな? 中身はどれくらい残ってる?」
「はあ、ビールですが……残りは六、七割といったところでしょうかね。それがなにか?」
「樽が欲しいんだ。空になったら売ってくれないか」
「まあ欲しいというなら売りますがね、空になるのは早くても明日の今頃でしょうから、その時にまた言ってください」
「いや、そんなには待っていられない。よし、ならこうしよう。樽の中身のビールごと買わせてもらう」
「は?」
「中身は、他の客に全部飲ませてやって構わない。奢りとなれば今晩で飲み尽くされるだろう?」
「店としちゃ構いませんが……なんでそんなことするんです?」
「人が喜ぶ顔が好きでね」
それからおれは立ち上がって、店全体に向けて大声を張り上げる。
「このビールの樽はおれが買った! 空になるまで好きに飲んでくれ、おれの奢りだ!」
店内に歓声が沸き起こり、ますます賑やかになる。
おれは客に礼を言われたり、肩を組んで一緒に歌ったり、大声で笑い合ったりしながら、樽が空になるのを待った。
騒ぎが落ち着き、深夜に差し掛かる頃にやっと樽は空になる。
仲良くなった客たちに手を振り、おれは樽を背負って帰路につく。
「うぅ……頭が痛い……気持ち悪い……」
実は酒が体質に合わないのだ。
なんとかごまかして一滴も酒を飲まずに済ませたが、それでもきつい。
匂いでくらくらする。樽を背負っているから匂いから逃げられもしない。
でも、樽の確保には成功した。
あとは冒険者ギルドに出した
そればかりは待つしかない。
さしあたっては、ソフィアとノエルに醜態を見られずに済む方法でも考えておこう。