おれたちは早速、ノエルの作業場へ赴いた。埠頭にある、古い倉庫だ。
「はい、これがアタシの作ってた装置よ。壊れてるけど」
「これは……不思議な形をしているな」
おれとソフィアは、装置の前に座ってまじまじと観察する。
酒樽大の金属製の貯水タンクがあり、その上に、酒瓶大の三本の柱が立っている。タンクから水の通り道と思われる管が伸びており、三本の柱を順番に通る形になっている。最後の柱からは出口がふたつ設けられていた。
「蒸留器でないのは明らかですが、これでどうやって海水を飲み水にするのでしょう?」
「簡単に言えば、ろ過するのよ」
「ろ過とは、小石や砂にお水を通して綺麗にする、あのろ過ですか?」
ソフィアは質問しながら、タンク上の柱の蓋を開ける。おれもそれを覗き込む。
一本には小石が、もう一本には砂が詰められていた。
「つまりノエル、君は水に溶けた塩も、ろ過してしまおうと考えているんだね」
「そうよ。あの発明家がね、海水を飲み水にろ過する装置を作るって言ってたのよ。今思えば口からでまかせだったんだろうけど、アタシ的にはナイスアイディアって思ってやってみたわけなの」
「でもちょっと待ってくれ。水の中のゴミや微生物ならろ過で綺麗にできるだろうけど、完全に水に溶けてる塩分が、ろ過できるとは思えない」
「アタシはそうは思わないわ。えーっと、塩分って水に溶けるって言っても、完全に一体化してるわけじゃないの。目に見えないくらいバラバラになって、水の中を漂ってるの。それはイメージできる?」
「まあ、なんとなくは」
「はい。非常に微細な粒になっている、というイメージで合っていますか?」
「そうそう、ふたりとも理解が早くて助かるわ。なら、もうわかるでしょ? すっごく小さな粒になってても、それより小さい穴は通れない。水は通しても塩分は通さない、そういう穴の空いた膜でもあれば、ろ過できる」
「なるほど、そういう理屈か。それなら確かに、できてしまうのだろうけど……」
「ショウさん、そういう膜を作ることは可能なのでしょうか?」
「……おれにはお手上げだよ」
「ショウさんでも、作り方がわからないのですか……」
ソフィアは意外そうに目を丸めている。
「おれだって初めて聞くことには無知だよ。これまで扱ってきた素材や技術じゃ無理だ。もしかしたら、研究中の新素材でなら方法があるかもしれないけど……」
「大丈夫、そこはアタシが魔法でなんとかしたから」
「魔法で?」
「うん、ここが一番苦労したところ。凄いでしょ」
ノエルはタンクの上の三本目の柱の蓋を開ける。中身は空っぽだ。
代わりに、柱の内側には複雑な魔力回路がびっしりと書き込まれていた。
どうやら装置を起動させると、塩分を通さず水だけを通す魔力膜を自動で生成するらしい。おそらく防御魔法の応用だ。
「本当に凄いな……。そんな魔法を構築できるなんて……」
「ふふーん♪」
ノエルは両手を腰に当てて大きな胸を張る。
「なるほど……。だいたいわかりました。この装置はまずタンクに海水を入れ、次に魔法で圧力をかけて魔法のろ過器に通し、お塩とお水を分離させる。そういう作りになっているのですね。出口がふたつありますが、片方はろ過したお水が出てくるものとして……もうひとつはお塩の出口でしょうか?」
「惜しい。もうひとつの出口は、塩分が濃くなった水が出てくるのよ。さすがに完全に分離させるのは大変だから途中で捨てちゃうの。でも、タンクに圧力をかけるってよくわかったわね」
「はい。タンクの壊れ方が、内圧によるものだとはすぐわかりましたから」
実はおれもソフィアも、それは最初に気づいていた。
タンクは薄い金属板を丸めてリベットで接合した程度の、粗悪な物だった。一応、水が漏れないよう隙間は溶接してあるようだが、もともとの素材強度が低いために、圧力に耐えきれずに剥がれてしまっている。
ろ過器に繋がる管も同じ金属製で、内圧で変形している。タンクが先に壊れなければ、管が破裂していただろう。
そして両方とも、海水を扱うというのに、腐食対策がされていない。
「そうなんだ、さすが職人ね。どう? 直せそう?」
「直すというか……」
おれは苦笑しつつ、ソフィアと目を見合わせる。
「はい、これは新たに作り直さなければなりません」
「ええー、そうなの!? 約束の日までもう三日しかないのに!」