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第16話 番外編② 無知なる者の誤算



 山頂からの帰り道、『フライヤーズ』の女魔法使いラウラは、ずっとシオンのことを考えていた。


「不思議なの、あたし。シオンは死んだって頭ではわかってるのに、どこかでまだ生きてるような気がしてる……」


 ラウラの呟くような声に、エルウッドは頷いた。


「オレもだ。町に戻ったら、ひょっこり顔を出すんじゃないかって思ってる。覚えてるか? まだB級パーティだった頃、予想外のところで地竜アースドラゴンに遭遇して死にかけたことがあったよな」


「忘れるわけないわ」


 地竜アースドラゴンはS級の魔物だ。B級パーティが太刀打ちできる相手ではない。


 逃げ道を塞がれ、がむしゃらに攻撃の指示しか出せなかったジェイクに最後まで任せていたら、全員の生命はなかった。


「あのとき、なんとか撃退できたのはシオンのお陰」


 途中でシオンが指揮を取り、機転を利かせた作戦を実行してくれたからこそ、地竜に一矢報いて撤退できたのだ。


「ああ、あの状況で、竜鱗を貫く攻撃を思いつくようなやつなんだ。たとえ重傷を負って崖から落ちても、なんとかして生き残るような気がするんだよな……」


「……うん」


「もうよせよ」


 黙っていたジェイクが水を差す。


「シオンは、確かに死んだんだ。期待してると、現実に裏切られたときつらくなるぞ」


 どこか苛ついた声だった。


 ジェイクはジェイクなりに、責任を感じているのかもしれない。


「……うん、わかってる」


 だけど、ラスティンの町に着いて噂を耳にすれば、否が応でも期待してしまう。


『フライヤーズ』が町から離れている間、A級上位アンデッドが暴れていたらしいが、ふらりと現れた冒険者がたった一晩で解決していったらしいのだ。


「その冒険者、シオンじゃなかった!?」


 定期巡回でこの町に来ていたバネッサに尋ねる。


 考えてみれば、シオンが身に着けていた鎧は彼の自信作だ。崖から転落したとしても、途中で岩壁にぶつかりながら落ちていったとすれば、鎧が衝撃の大部分を吸収してくれていたかもしれない。


 本人は死なずに済んだかもしれない。


 そして、物理攻撃も効かないゴーストナイトは強敵だが、あのシオンなら妙案をひねり出してきっと勝利する。


「残念だけど、シオンじゃないわ。名前はショウ。二人連れの冒険者よ」


「でも宿屋の話じゃ、あたしたちと一緒にいた人に——シオンに似てたって!」


「そうなのよ。似てるのよ、シオンとショウって。あたしも間違えたことあるわ。でも確かに別人よ。冒険者ギルドが保証する」


 ラウラはひどく落胆した。



   ◇



 ジェイクは、噂を聞いてから内心で焦りが生じていたが、バネッサによってシオンの生存が否定されて胸を撫で下ろした。


 それはそうだ。しっかりと鎧の隙間を狙って刺した上に、あの高さから投げ捨てたのだ。生きているわけがない。


 シオンの死亡届はバネッサによって受理され、『フライヤーズ』のメンバーは正式に三名となった。


「戦力減でA級パーティに降格になるんだけど、平気?」


「ああ。どうせ冒険者稼業とは距離を置くつもりだったし、問題ねえよ」


「ふーん、どうするつもりなの?」


「シオンの遺志を継いで、工房をやるのさ」


「『フライヤーズ』が? シオン無しじゃ物なんて作れないでしょうに」


「作れる。俺はあいつから【クラフト】を託されたんでな」


 ジェイクは得意げに、採取してきた鉱石を鞄から取り出した。


 左手で持ったそれに右手をかざし、【クラフト】を発動させる。


 鉱石はジェイクの手の中で、ナイフの形に変わった。


「どうよ」


 バネッサに見せつけるが、なぜか反応は微妙だ。


「……ナイフ?」


「それ以外になにに見えるんだよ」


「製造に失敗したナイフに見える」


「あぁん?」


 改めてジェイクも見てみる。


 形はそこそこ。刃の厚みは一定ではなく、使い方を間違えたら折れてしまいそうだ。先端は尖っているが、刃には鋭さが足りず、切れ味も悪そうだ。


「なんだこりゃ」


「【クラフト】には間違いないんだろうけど、なんかシオンが使ってたのと違うわね?」


「いや、違うわけねえ! これはあいつのS級【クラフト】だぞ! こんなのなにかの間違いだって!」


 ジェイクは何度か挑戦してみるが、結果は似たり寄ったりだった。


「なんだよ、なんで思った通りにならねえんだ!?」


 さらに素材を使おうとするジェイクを、エルウッドが止める。


「もうよせよ。上手くいかない理由を考えよう。貴重な素材の無駄遣いになる」


「うるせえ! 俺のやることに無駄なんかねえんだよ!」


 怒鳴り声にラウラが反発する。


「やめなさいよ! その技能スキルはシオンの形見なのよ! 使いこなせないからって苛つかないでよ! もっと彼を、悼みなさいよ……!」


 最後の声は泣きそうな声だった。


 ジェイクはさすがにそれ以上は怒鳴れず、「へへへっ」と苦笑いして取り繕う。


「悪かったよ……。きっと受け継いだばかりで、まだ俺に馴染んでないんだな。練習するよ、あいつくらい使いこなせるようによ」


 言いながらも、ジェイクははらわたが煮えくり返っていた。


 シオン、てめえの呪いか? 死んでまで俺の邪魔をするつもりかよ!


「ざまあみろ」というシオンの声が、どこかで聞こえた気がした。


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