「つまり、高品質の品物を、寸分たがわずに百個でも千個でも一日で作れるのですか?」
ソフィアは目をきらきらと輝かせる。
食事のあと、仕事の構想を話したら、物凄く食いついてきてくれた。
「やり方次第じゃ、一万個だって行けると思ってるよ。まだ試作品も無いから、まずはそこからになるかな」
「はい、面白そうです。わくわくしてきました。これは確かに世界初です。前代未聞です。こんなにも素晴らしいアイディアを思いつけるなんて、さすがショウさんです」
「いや、たまたまだよ。植物系の魔物と戦ったときに、樹液がなにかの拍子に固まったのを見つけてね。それを素材にしてなにか作れるんじゃないかって思ったのがきっかけなんだ」
「普通の方なら、そこまでは思いつけても、次の段階は出てきません」
「そこは自分で凄いと思うけど、案外、前世の記憶が関係してたりしてね」
「まあ冗談はさておき、調べてみたらあの素材の特徴は、植物系魔物だけのものじゃないらしい」
テーブルには、昨日バネッサに届けてもらった本も置いてある。
「魔物の数だけ種類があるわけだけど、どれがおれたちのアイディアに適しているのか。そんなのがまだ本に書かれてるわけもないから、実際に採取して色々と試していく必要もあるね」
「はい。それに並行して装置の準備も進めなければなりません。設計や製作はわたしたちでできますが、実際に動作させるには人の助けが必要ですね」
「ああ、A級以上の魔法使いが必要だなぁ。節約して機能を制限するにしても、試作には月単位でかかりそうだ。雇用費の問題があるね」
「その装置を使う土地も必要になりそうです」
話していると、嬉しさが実感として込み上げてきて、不意に目頭が熱くなる。
「ショウさん?」
「いや、こういう話、前の仲間たちとはできなかったんだよ。悪気はなかったんだろうけど、物作りの話もろくにわかってもらえなくて……。真剣に聞いてもらえるのが嬉しいんだ」
「わたしも、こういう話ができるのは久しぶりで嬉しいです」
「ああ、せっかくだ。もう少し話を詰めよう」
と言ったのに、もう少しとはいかなかった。
夕方になって酒場が賑わいだしても、話は終わらなかった。
「いや、なにしてんのよ、あなたたち」
バネッサがやってきて止めなかったら、朝までやっていたかもしれない。
「こんばんは。バネッサさんも、ご夕食ですか?」
「いやいや報酬。昼には取りに来ると思ってたのに全然来ないんだもの。もう町を出たかと思っちゃったわよ」
「あ、そうか。忘れてた。この町に長居してたらまずいんだった」
おれが生きているとジェイクに知られたらまずいから、すぐにでもどこか遠くへ行くつもりだったのだ。ソフィアと話してたら、頭からすっかり抜け落ちてしまっていた。
「まったく。一度熱中しだすとそうなるのは相変わらずね。久しぶりに見れて嬉しいけど。はい、これ報酬。受け取りのサインちょうだい」
言いつつ金貨袋と一緒に受取書を置いてくれる。
「サインはショウでいいのかい?」
「ええ、大丈夫。上手く処理しとくから」
金貨袋の中身と受取書の内容が一致しているのを確認してサインする。
「でも、この金額ずいぶん多くないか?」
「あの依頼、査定の結果、A級上位に認定されたのよ。その報酬に、緊急依頼費、それと支給された保険金も含まれてるわ」
「保険なんて入ってたっけ?」
「いやいやいや冒険者ギルド加入者はみんな入ってるわよ。いつも報酬から数%払ってるでしょ。依頼中の怪我や病気は自己責任だけど、その他の理由で怪我して仕事ができないときとか、今回みたいなトラブルで財産を失ったときとか、支給対象になるのよ」
「そっか、全然お世話になってないから知らなかったよ」
「あなたはもう、興味ないことはすぐ忘れるんだから」
「ひとまず昨日借りてた分は返しとくね」
さっそくバネッサに借金を返す。
「はい、毎度。それでショウはこれから、どうするつもりなの?」
「メイクリエ王国へ行くよ。あのゴーストナイトの墓に、剣を届ける約束があるんだ。あっ、でも……」
おれはソフィアに向き直る。
「あの国は、ソフィアにはあまりいい思い出まないし、行きたくないよね? おれひとりで行くから、どこかの町で待っていてくれないか。仕事の話の続きは、帰ってきてからしよう」
ソフィアは珍しく仏頂面で、唇を尖らせた。
「……いやです。待てません。待ちきれません。わたしも一緒に行きます」
「平気なのかい?」
「平気です。確かに嫌な思い出もありますが、いい思い出だってありますから。それにゴーストさんのお墓参りなら、わたしも行きたいですし、なにより——」
ソフィアは黄色い綺麗な瞳で、おれを見つめてくる。
「一緒に歩んでいきたいと言ったのは、ショウさんです。離れるなんて言わないでください」
それを言われると弱い。
「わかったよ。一緒に行こう」
「はい、きっと楽しい旅になります」
ソフィアは道中で、一緒に設計したり、試験や検証をするのが楽しみなのだろう。声からうきうきしているのが伝わってくる。
けれど、その隣でなぜかバネッサは片手で頭を抱えていた。
「あなた、まーたやったのね……」
「なにを?」
「いやいいわ、本人が気づいてないんじゃしょうがないもの」
よくわからないが、本人がいいと言うならよしとしておこう。
「今日はもう暗くなっちゃったから、もう一泊して明日の早朝に出発しようか」
「はい。今晩中に荷物をまとめておきます」
「それじゃ、あたしとはこれでお別れね。なにかあったらギルドを通して連絡して。きっと力になれるから」
こうしておれとソフィアは翌朝、ラスティンの町から旅立つのだった。