やっちまったあぁああ!
翌日の昼、宿で目を覚ましたおれは頭を抱えた。
なにが「君に惚れた」だよ! 言葉が足りないにもほどがある! あれじゃ告白してるだけじゃないか! 情熱と腕前に惚れたって言いたかったのに!
しかもそのあとの「君と一緒に歩んでいきたい」ってなんだよ! どう聞いてもプロポーズじゃないか!
しかもしかも、なんでソフィアはそれを受けちゃったんだ! まだ出会ったばかりなのに!
やっぱり一緒に仕事をやろうって言ったから? 断ったらそっちの話も無しになると思われた?
だとしたらこれ、無職の女の子に、就職を条件に結婚を迫ったみたいだぞ!
誤解を解こう。そうしよう。それしかない。
まず反省だ。
おれは感情的になりすぎていたんだ。ソフィアには、それだけおれの心を動かすものがあったからだけど、これからは冷静に対応しよう。
冷静さだ、冷静さ。大丈夫、冷静さがあれば、なんでもできる。
「よし!」
気合を入れて部屋を出ると、ちょうどソフィアが通りがかったところだった。
お互い見つめ合って、立ち止まってしまう。
ソフィアは恥ずかしそうに口元に手をやり、少しばかり俯く。
「おはよう、ございます……」
「ああ、お、おはよう!」
つい声が上擦ってしまう。
ダメだ。初手でミスった。
冷静さはどうした! お互い意識しちゃってるじゃないか!
誤解を解くんだ。会話のテーブルにつかせるんだ!
「い、い、一緒に食事でもどうかな」
「……はい」
うわああ、おれのバカヤロウ! デートに誘ってるみたいになってるじゃないか!
とはいえ話はしなくちゃならない。ここは流れに身を任せよう。
宿の一階の酒場で、ふたりでテーブルに付き、遅めの昼食を注文する。
宿代や食事代は、昨夜のうちにバネッサから借りている。依頼解決の手続きが済めば、報酬が出るので、すぐ返せるはずだ。
注文の品が来るまでの間、下手に落ち着いてしまったせいで勢いがなくなり、話が切り出しにくくなってしまった。
見れば、ソフィアもどこかそわそわしている様子。
普段の表情からさほど変化はないが、よく見ればそれくらいはわかるようになった。
しかし、こうして改めて見ると本当に美少女だ。
やっぱり綺麗な瞳をしている。まつ毛も長い。鼻筋はすっと通っていて、形のいい唇は上品に閉じられている。
って、見惚れてる場合じゃない。
おれは深呼吸してから、やっとのことで切り出した。
「その、昨日話したことなんだけど……」
「はい。すみません、男性にああいったことを言われたのは初めてで、少し、ふわふわしています。舞い上がってしまってお恥ずかしい限りです」
「ああいや、言いづらいんだけど、それは……」
「わかっています。一晩考えましたが……ショウさんは、わたしの腕のほうを買ってくれたのだと思います。わたしの魅力なんて、せいぜいそれくらいでしょうから」
「いや! そんなことはない!」
おれはテーブルに乗り出した。
「君はとても可愛いよ! こうして話していても知的な感じで落ち着くし、時々言う冗談には驚かされるけど楽しいし、たまに笑ってくれたときなんかすごく魅力的だ。それに物作りに真剣に打ち込む姿は、目が離せなくなるくらい綺麗だった」
「ご注文の品をお持ちしましたよ〜」
「あ、ども」
聞かれた……!
恥ずかしいセリフをめちゃくちゃ聞かれた!
というか、なんでおれはこんなこと話してるんだ。
冷静に対応するつもりだったのに。
「ごゆっくり〜。頑張ってくださいねー」
料理を置いて、ウェイトレスは立ち去った。が、カウンターで店主と一緒にニヤニヤしながらこちらを観ている。
無視するしかない。
こほん、と咳払い。
「とにかく君は、君が思ってるより、ずっと魅力的な女の子だよ」
ソフィアは瞳を下に向け、顔を真っ赤にする。
「ありがとう、ございます……。やはり、そういう意味でしたのなら……はい、ご期待に添えるよう頑張ります」
「いや、ごめん……そういう意味でもなくて」
おれは運ばれてきた水を一口飲んでから、仕切り直す。
「今のは女の子として魅力がないってことに対する否定なわけで……。なんでか口説き文句みたいになっちゃってるけど、昨日から話してるのは、男女の仲になって欲しいって意味じゃなくて、一緒に仕事をしようって誘ってるつもりだったんだ」
「そういう、ことでしたか……」
「仕事を餌に交際を迫ったりはしないよ。君にだって、選ぶ権利がある」
「わたしは……お付き合いしても良いと思っていました。ショウさんも、素敵な方ですから」
見つめられて、胸がドキリと高鳴る。
けれどおれはすぐ気付いて、小さく笑う。
「またまた。真面目な顔して冗談言うんだもんな」
「…………」
ソフィアはなぜだか小さなため息をついた。
それから儚げに微笑む。
「はい。なんちゃって、です」
とにかく誤解は解けた。これでやっと仕事の話ができそうだ。