「ソフィアは、故郷を追放されたって言ってたっけ……」
おれは今まであえて一線を引いていた件に踏み込んだ。
「やっぱり、メイクリエ王国からかな?」
「はい、職人ギルドから追放されました」
メイクリエ王国は、別名で鍛冶王国と呼ばれるほどの技術国家だ。
豊富な鉱物資源と数多くの名工を抱えた島国で、その技術力が生み出した装備で武装した強力な騎士団に守られている。
強力な装備を輸出しているメイクリエの職人ギルドは、他国の職人ギルドへの影響力も強い。
メイクリエの職人ギルドから追放された者は、他国でも職人ギルドに加入できず、開業はおろか雇われることも許されない。材料も卸してもらえないので、職人としては死んだも同然だと聞いたことがある。
せいぜい自分で素材を集め、少量の武具を作って売り歩くモグリ職人をやるしかない。
実際、ソフィアは追放された日から、そのように旅をしてきたそうだ。
「なぜ、追放されることになったんだ?」
「わたしが、女だったからかもしれません。父が工房主をしているときは、なにも言われなかったのですが、その父が亡くなって、わたしが工房を継ぐことになると、急にわたしの性別のことで騒ぎ出したのです」
そういうことか……。
職人ギルドは基本的に男社会だ。女性が働くことを快く思わない者がほとんどだ。まして、自分たちより腕のいい女工房主が誕生することなど、到底許せるものではなかったのだ。
差別と嫉妬の渦巻く閉鎖的な環境は、どれだけソフィアに苦痛を与えただろう。
男女問わず助け合えなければ死に直結する冒険者としては、性差別する意味がまったくわからない。
ソフィアへの仕打ちを少し想像するだけで怒りが込み上げてくる。けれどきっと、おれの想像も及ばない地獄だったはずだ。
おれが言えることがあるとすれば、ひとつだけ。
「……ざまあみろ、だな」
「……?」
「やつらは君を追放して人生を奪ったつもりだったんだろうけど、実際には、世界を変える機会を与えることになってたんだ。なぜなら君は、これからおれと一緒に、世界初の産業を作り出すんだからね。ざまあみろ、だろ?」
ソフィアは息を呑んで、おれを見つめる。
「一緒に……? わたし、と?」
ソフィアは小さく首を振る。
「わたしと一緒では、職人ギルドに入れません。ご迷惑を、かけてしまいます」
「この世にまだ無い技術を作るんだ。ギルドなんか関係ない。役にも立たない」
ソフィアは唇を震わせて、ぎゅっと目をつむる。
次にまぶたを上げたときには、黄色い瞳が涙で潤んでいた。
「わたしなんかで、いいのですか?」
「おれが、君とじゃなきゃ嫌なんだ」
おれはまっすぐにソフィアを見つめる。
「君は、その技で依頼を解決に導いてくれただけじゃない。消えかかっていたおれの心に火をつけてくれたんだ。忘れていた気持ちを思い出させてくれた」
そして一呼吸置いてから宣言する。
「おれは、そんな君に惚れたんだ」
物作りに懸ける情熱と、惚れ惚れするほど見事な腕前に。
「ほ、惚れ……?」
ソフィアは目を丸くして息をつまらせる。
色白な顔が、みるみるうちに真っ赤に染まる。
瞳をあちこちにせわしなく動かし始める。
「惚れたとは、つまり、惚れたということですか……?」
なぜ同じ言葉を反復して問うのかわからないが、おれは頷く。
「そうだよ。君と一緒に歩んでいきたい」
おれは手を差し出す。
ソフィアは恥ずかしげに自分の手を胸元に当てて、深呼吸を三回。
「あの、はい……あの、嬉しい、です」
それからやっと、おれの手を取ってくれた。
「ふつつか者ですが、どうかよろしくお願いします……」