「賊め。我が愛剣を返さねば、屍となって世をさまようことになるぞ」
「もちろん返すとも。今はダメなだけだ」
「黙れ、今すぐ返せ!」
おれは再び吹き飛ばされた。
霊気による衝撃波だ。目にも見えないから、回避しようがない。
鎧の亀裂が広がる。口の中で血の味がする。
構わず立ち上がる。
「そうはいかない。あなたには、新品同様の剣を受け取って帰ってもらう」
「なんだと、なにを言っている」
「ボロボロの剣を見て自分のじゃないと言ったそうじゃないか。でも剣は気配を辿った先にあっただろう? あれは間違いなくあなたの剣だ」
「バカな、そんなはずがない」
「信じられないのも無理はないさ。だから信じられるように、修復作業をしてるんだ」
「修復だと……貴様、私の愛剣に手を加えているのか!」
「そうとも! ぴかぴかにして返してやる!」
「やめろ! やめさせろ! 私の愛剣に触るな!」
再び衝撃波が飛んでくる。
回避はできないが、今度は両手を交差し、足を踏ん張って防御した。
手甲の装甲片が数枚吹き飛ばされる。
おれはゴーストを睨みつける。
「黙って待っててくれないか。もう少しで作業が終わるんだ」
「邪魔だ、どけ!」
ひときわ強力な衝撃波。
防御姿勢の甲斐なく、おれはまたも地面に転がされる。
両手の手甲は完全に破壊され、鎧も亀裂が広がる。留め金も外れかけている。
こちらが倒されるたびに、ゴーストは鍛冶屋に接近してきている。
このままでは鍛冶屋に突入される。ソフィアたちの命も危ない。
作業中断を伝えて、今晩のところは逃げに徹するべきか?
判断を下す前に、ゴーストはおれの体を持ち上げ、放り投げた。
数秒の浮遊感のあと、背中から鍛冶屋の玄関に突っ込む。
木の扉が砕け、おれは木片とともに店内へ投げ出された。
背中を強く打ち付けられ、痛みと痺れに全身の自由が奪われる。呼吸も上手くできない。
「うわあ、旦那ぁ!」
驚いて声を上げたのは鍛冶屋の店主だ。
もはや考える暇はない。
「早く、逃げ——」
作業場へ叫ぼうとしたとき、ソフィアの様子が目に入った。
おれを気にしつつも、決して逃げずに作業を続けている。
真剣な眼差しで、冷たい金属に、繊細な技と、熱い情熱を注いでいる。
綺麗だ。
素直にそう思った。
そんな場合ではないのはわかっていたけれど、ソフィアのひたむきな姿がとても美しくて、おれは視線を逸らせなくなった。
「旦那! やつが、ゴーストが、来る! 来てる!」
鍛冶屋の怯えた声がなければ、ゴーストが迫っているのにすら気づかなかった。
「ソフィア」
「……はい」
「やるんだ、最後まで」
「はい!」
冒険者として、おれは「逃げろ」と言うべきだった。
でももういい。どうせ冒険者シオンは死んでいる。
この上、職人の魂まで死なせるわけにはいかない。
おれはもう一度立ち上がり、鍛冶屋の前の路地でゴーストと対峙する。
「しつこいやつだ」
「——がっ!?」
ゴーストは凄まじい速度で接近すると、おれの首を掴んで体を持ち上げた。
苦しい。息ができない。
引き剥がそうとするが、こちらは触れることができない。いくら暴れても、振りほどけない。
せめて、睨みつける。
「……なぜだ?」
やがてゴーストは静かに問いかけてきた。
「なぜ逃げようとしなかった? 修復したとて、私が認めなければ貴様らは皆殺しだ。不確かなものに、なぜ命まで懸けられる?」
返事をさせるためか、首の拘束が緩む。
「あなたと、同じはずだ」
「なに?」
「あなただって生前は、その鎧に——ひいては作った職人の腕に、命を預けていたはずだ。職人を信頼していた。そうだろう? おれと同じだ」
「……そうか。貴様も、信じているのか。ならば待ってやろう。ただし!」
ゴーストの腕が、おれの左手首を薙いだ。
鋭い痛みが走り、傷口から血が滴り落ちていく。
「貴様が失血死するまでの間だけだ。夜明けまでは持つまいが、それでいいな」
「いいとも」
おれは一言了承して、全身の力を抜いた。ゴーストの腕に身を委ねる。
そのうちおれは、疲労からか、出血からか、それとも空中に留められている不思議な心地よさからか、微睡んでしまう。
「この状況でうたた寝するとは、なんてやつだ……」
そんなぼやきを聞いてから、どれくらい経ったか。
「——お待たせしました」
落ち着きのある声に目を開けると、ソフィアが歩み寄ってきていた。
完成した剣を、両手で抱えて。