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第11話 やるんだ、最後まで



「賊め。我が愛剣を返さねば、屍となって世をさまようことになるぞ」


「もちろん返すとも。今はダメなだけだ」


「黙れ、今すぐ返せ!」


 おれは再び吹き飛ばされた。


 霊気による衝撃波だ。目にも見えないから、回避しようがない。


 鎧の亀裂が広がる。口の中で血の味がする。


 構わず立ち上がる。


「そうはいかない。あなたには、新品同様の剣を受け取って帰ってもらう」


「なんだと、なにを言っている」


「ボロボロの剣を見て自分のじゃないと言ったそうじゃないか。でも剣は気配を辿った先にあっただろう? あれは間違いなくあなたの剣だ」


「バカな、そんなはずがない」


「信じられないのも無理はないさ。だから信じられるように、修復作業をしてるんだ」


「修復だと……貴様、私の愛剣に手を加えているのか!」


「そうとも! ぴかぴかにして返してやる!」


「やめろ! やめさせろ! 私の愛剣に触るな!」


 再び衝撃波が飛んでくる。


 回避はできないが、今度は両手を交差し、足を踏ん張って防御した。


 手甲の装甲片が数枚吹き飛ばされる。


 おれはゴーストを睨みつける。


「黙って待っててくれないか。もう少しで作業が終わるんだ」


「邪魔だ、どけ!」


 ひときわ強力な衝撃波。


 防御姿勢の甲斐なく、おれはまたも地面に転がされる。


 両手の手甲は完全に破壊され、鎧も亀裂が広がる。留め金も外れかけている。


 こちらが倒されるたびに、ゴーストは鍛冶屋に接近してきている。


 このままでは鍛冶屋に突入される。ソフィアたちの命も危ない。


 作業中断を伝えて、今晩のところは逃げに徹するべきか?


 判断を下す前に、ゴーストはおれの体を持ち上げ、放り投げた。


 数秒の浮遊感のあと、背中から鍛冶屋の玄関に突っ込む。


 木の扉が砕け、おれは木片とともに店内へ投げ出された。


 背中を強く打ち付けられ、痛みと痺れに全身の自由が奪われる。呼吸も上手くできない。


「うわあ、旦那ぁ!」


 驚いて声を上げたのは鍛冶屋の店主だ。


 もはや考える暇はない。


「早く、逃げ——」


 作業場へ叫ぼうとしたとき、ソフィアの様子が目に入った。


 おれを気にしつつも、決して逃げずに作業を続けている。


 真剣な眼差しで、冷たい金属に、繊細な技と、熱い情熱を注いでいる。


 綺麗だ。


 素直にそう思った。


 そんな場合ではないのはわかっていたけれど、ソフィアのひたむきな姿がとても美しくて、おれは視線を逸らせなくなった。


「旦那! やつが、ゴーストが、来る! 来てる!」


 鍛冶屋の怯えた声がなければ、ゴーストが迫っているのにすら気づかなかった。


「ソフィア」


「……はい」


「やるんだ、最後まで」


「はい!」


 冒険者として、おれは「逃げろ」と言うべきだった。


 でももういい。どうせ冒険者シオンは死んでいる。


 この上、職人の魂まで死なせるわけにはいかない。


 おれはもう一度立ち上がり、鍛冶屋の前の路地でゴーストと対峙する。


「しつこいやつだ」


「——がっ!?」


 ゴーストは凄まじい速度で接近すると、おれの首を掴んで体を持ち上げた。


 苦しい。息ができない。


 引き剥がそうとするが、こちらは触れることができない。いくら暴れても、振りほどけない。


 せめて、睨みつける。


「……なぜだ?」


 やがてゴーストは静かに問いかけてきた。


「なぜ逃げようとしなかった? 修復したとて、私が認めなければ貴様らは皆殺しだ。不確かなものに、なぜ命まで懸けられる?」


 返事をさせるためか、首の拘束が緩む。


「あなたと、同じはずだ」


「なに?」


「あなただって生前は、その鎧に——ひいては作った職人の腕に、命を預けていたはずだ。職人を信頼していた。そうだろう? おれと同じだ」


「……そうか。貴様も、信じているのか。ならば待ってやろう。ただし!」


 ゴーストの腕が、おれの左手首を薙いだ。


 鋭い痛みが走り、傷口から血が滴り落ちていく。


「貴様が失血死するまでの間だけだ。夜明けまでは持つまいが、それでいいな」


「いいとも」


 おれは一言了承して、全身の力を抜いた。ゴーストの腕に身を委ねる。


 そのうちおれは、疲労からか、出血からか、それとも空中に留められている不思議な心地よさからか、微睡んでしまう。


「この状況でうたた寝するとは、なんてやつだ……」


 そんなぼやきを聞いてから、どれくらい経ったか。


「——お待たせしました」


 落ち着きのある声に目を開けると、ソフィアが歩み寄ってきていた。


 完成した剣を、両手で抱えて。

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