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第9話 できるわけがないと侮辱するな



 ソフィアの提案に対する鍛冶屋の第一声は「できるわけがない」だった。


 ゴーストナイトを昇天させるなら、修復した剣を返してやるのが一番ではあるが、それが可能だとはおれも思えない。


 あそこまでボロボロの剣を修復するのには、相当な腕前が必要だ。少なくとも普通の町の普通の鍛冶屋には無理だ。


 それに欠けてしまった鍔の細工など、元の形を知らなければ復元しようがない。


「それでも、わたしにやらせてください」


 ソフィアは今まで見たことがないくらい、熱意のこもった眼差しと声で訴えた。


「この剣は……戦うために作られた物ではありません。刀身の装飾も、鍔の細工も、戦いには不向きなものです。どちらかといえば儀礼用や、勲章のような印象を受けます。ゴーストさんは、そういった物にどんな執着を持っているのでしょうか。わたしには想像しかできません。けれど……」


 ソフィアはぐっ、と両手を握りしめる。


「けれど、どうしても手放したくない物には、どうしても手放したくない思い出があると思うのです。それはきっと……きっと、幸せな思い出だと思うのです。それを取り戻してあげたいのです。職人の端くれとして……」


「……ソフィア、君は職人だったのか」


 思い返せば納得できる。


 川で釣り竿を作るとき、妙に手慣れていた。おれが以前作った装備の話に、目をキラキラさせて食いついてきた。おれの鎧に対する目利きも正確だった。


 ソフィアはしかし、視線を落とす。


「……いいえ。本当は、もう職人ではありません。追放されてしまいましたから。でも」


 再び顔を上げたソフィアの黄色い瞳が、情熱的におれを射抜く。


「でもわたしは父から、物を作ることは誰かの幸せを作ることだと教わりました。今こそ、その教えを実践するときだと思うのです」


 その視線は、おれの中で消えかかっていたなにかに火を灯した。


 物を作り始めた頃のように胸が高鳴る。


 おれは物作りが好きだった。


 作った物でなにかが良いほうへ変わると想像するのが好きだった。


 作っている最中の、試行錯誤の楽しさが好きだった。


 上手くいかなかったときの悔しさと、改良品の計画を立てる時間が好きだった。


 作った物で誰かが笑ったり、なにかが変わるのが好きだった。


 いつの間にか作るのも、作られるのも当たり前になった日々の中で、どこかに置き忘れてきた感情。


 技能スキルを奪われて、もう出会うことはないと思っていた、懐かしい感情。


 幸せと呼べていた感情が、情熱が、ソフィアの瞳を通してこの胸に帰ってきたようだった。


 それはきっと、同じ好きを知る者同士の共鳴だった。


 そして、その幸せを奪われた者同士の共感でもあった。


「……わかった。やってみよう」


 おれの頷きに、鍛冶屋が真っ先に声を上げる。


「旦那までなに言ってんです! こんなお嬢ちゃんにできるわけが」


「やめろ! それ以上口にするな!」


 おれの一喝に一番驚いていたのはソフィアだった。


「情熱を持ってなにかを成そうとする者を、二度と、できるわけがないと侮辱するな!」


「……ショウさん」


 ソフィアの声で我に返る。


 おれは鍛冶屋に頭を下げる。


「怒鳴ってしまって申し訳ない。だがゴーストを止められる手段はこれしかない。鍛冶屋の工房をお借りしたいのだが、よろしいだろうか」


「あ、ああ……こちらこそ口が過ぎたようだ。侮辱か……確かに、オレも若い頃に言われたら腹が立ったろうな。悪かったよ、お嬢ちゃん。工房を貸すから、ついておいで」


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