ソフィアの提案に対する鍛冶屋の第一声は「できるわけがない」だった。
ゴーストナイトを昇天させるなら、修復した剣を返してやるのが一番ではあるが、それが可能だとはおれも思えない。
あそこまでボロボロの剣を修復するのには、相当な腕前が必要だ。少なくとも普通の町の普通の鍛冶屋には無理だ。
それに欠けてしまった鍔の細工など、元の形を知らなければ復元しようがない。
「それでも、わたしにやらせてください」
ソフィアは今まで見たことがないくらい、熱意のこもった眼差しと声で訴えた。
「この剣は……戦うために作られた物ではありません。刀身の装飾も、鍔の細工も、戦いには不向きなものです。どちらかといえば儀礼用や、勲章のような印象を受けます。ゴーストさんは、そういった物にどんな執着を持っているのでしょうか。わたしには想像しかできません。けれど……」
ソフィアはぐっ、と両手を握りしめる。
「けれど、どうしても手放したくない物には、どうしても手放したくない思い出があると思うのです。それはきっと……きっと、幸せな思い出だと思うのです。それを取り戻してあげたいのです。職人の端くれとして……」
「……ソフィア、君は職人だったのか」
思い返せば納得できる。
川で釣り竿を作るとき、妙に手慣れていた。おれが以前作った装備の話に、目をキラキラさせて食いついてきた。おれの鎧に対する目利きも正確だった。
ソフィアはしかし、視線を落とす。
「……いいえ。本当は、もう職人ではありません。追放されてしまいましたから。でも」
再び顔を上げたソフィアの黄色い瞳が、情熱的におれを射抜く。
「でもわたしは父から、物を作ることは誰かの幸せを作ることだと教わりました。今こそ、その教えを実践するときだと思うのです」
その視線は、おれの中で消えかかっていたなにかに火を灯した。
物を作り始めた頃のように胸が高鳴る。
おれは物作りが好きだった。
作った物でなにかが良いほうへ変わると想像するのが好きだった。
作っている最中の、試行錯誤の楽しさが好きだった。
上手くいかなかったときの悔しさと、改良品の計画を立てる時間が好きだった。
作った物で誰かが笑ったり、なにかが変わるのが好きだった。
いつの間にか作るのも、作られるのも当たり前になった日々の中で、どこかに置き忘れてきた感情。
幸せと呼べていた感情が、情熱が、ソフィアの瞳を通してこの胸に帰ってきたようだった。
それはきっと、同じ好きを知る者同士の共鳴だった。
そして、その幸せを奪われた者同士の共感でもあった。
「……わかった。やってみよう」
おれの頷きに、鍛冶屋が真っ先に声を上げる。
「旦那までなに言ってんです! こんなお嬢ちゃんにできるわけが」
「やめろ! それ以上口にするな!」
おれの一喝に一番驚いていたのはソフィアだった。
「情熱を持ってなにかを成そうとする者を、二度と、できるわけがないと侮辱するな!」
「……ショウさん」
ソフィアの声で我に返る。
おれは鍛冶屋に頭を下げる。
「怒鳴ってしまって申し訳ない。だがゴーストを止められる手段はこれしかない。鍛冶屋の工房をお借りしたいのだが、よろしいだろうか」
「あ、ああ……こちらこそ口が過ぎたようだ。侮辱か……確かに、オレも若い頃に言われたら腹が立ったろうな。悪かったよ、お嬢ちゃん。工房を貸すから、ついておいで」