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第7話 討伐依頼を受けてくれない?



「……様子がおかしいな」


 最寄りのラスティンの町に着いてすぐ、おれは異変を察した。


 まだ陽は完全に沈んでおらず、本当なら酒場は賑わい、家々からは夕食の匂いが漂い始める時間帯のはずだった。


 なのに民家からは煙突の煙はおろか、人の気配すら感じられない。酒場も同様。鍛冶屋など、工房の火を落としてしまっている。


 異様な静けさだ。


 二週間ほど前に『フライヤーズ』の仲間たちと訪れたときは、もっと活気があったのだが……。


「どうやら、住民の方々は教会に集まっているようです」


 ソフィアが町の中心にある教会を指差す。


 灯りのついている唯一の建物だ。人の出入りもある。


 ふたりで近づいてみると、教会の門から外の様子を窺っていた女性と目が合った。


「あっ」


 まずい。知り合いだ。


 女性は目を輝かせて歓声を上げる。


「わぁあ、ちょうどいいところにシオ——んぐっ!?」


 おれは素早く駆け寄って、名前を呼ばれる前に口を塞ぐ。


 さらに背後に回って羽交い締めにし、そのまま引きずって近くの路地裏に連れ込む。


「んぐっ!? んぐぅうう!?」


「おお、人さらいの瞬間を見てしまいました。プロの手さばき」


 などと言いながら、ソフィアもついてくる。


 女性の口を塞ぎながら、おれは落ち着かせるようにゆっくりと話す。


「いいかい、バネッサ。今から事情を話すから、シオンと呼ばないでくれ。今のおれはショウと名乗ってる。お願いだから騒がないでくれ。いいね?」


 こくこく、とバネッサが頷いてくれるので、手を離して口を開放する。


「なに、いきなりなんなの? 事情って?」


 おれは手短に、先天的超常技能プリビアス・スキルを奪われ、殺されかけたことを話した。ソフィアに助けられ、その後のトラブルを避けるために、そのまま死んだことにして、別の名前を名乗ることにしたことも。


「——そう、そんなことがあったのね。ジェイクのやつ、腹黒いやつだとは思ってけど、そんなことまでするなんて……。わかったわ。あいつがあなたの死亡届を持ってきたら、黙って受理する。その後で、こっそりあなたのライセンスを別名義に書き換えておくわ」


「すまないな、助かるよ」


「いいのよ。こういうトラブルから冒険者を守るのもギルドの仕事よ。対策マニュアルもあるくらいなんだから」


 バネッサは、冒険者ギルドの職員だ。


『フライヤーズ』が主な拠点としていた大都市リングルベンでは、よく世話になった。無茶な依頼も多かったが、その分、実入りのいい仕事を優先的に回してもらったりと、良好な仕事関係を築けていた。


「けど、こんな町にバネッサがどうして?」


「なに言ってんのよ、この前話したでしょ。今年の定期巡回、あたしが当番なの」


 大きな街の冒険者ギルド職員のうち、ある程度の地位にある者は、定期的に周囲の村や町を巡回する決まりとなっている。目的は監査だ。


 目の届きにくい地方では職員の不正や、依頼を受ける冒険者の不足といった事態がたびたび発生する。それらの問題を見つけ、是正させるための仕事だそうだ。


「そう言えば聞いた気がする」


「気がするじゃないわよ。近い時期にラスティンの町に行くからって、届け物まであたしに頼んでたくせに」


 バネッサは身につけていた革製の腰袋から、ずっしりとした荷物を取り出した。


「ほらこれ、取り寄せてた本」


「ああ、そうだった、ありがとう」


「なによその反応。いつもは子供みたいにはしゃぐくせに……まあ、気持ちはわかるけど……」


 本を受け取り、パラパラとページをめくってみる。


 様々な魔物の生態について書かれた本だ。ざっと目を通してみたが、当初目当てにしていた情報も載っていそうだ。


 けれど、今更こんな本があったところで……。


「魔物さんの本、ですか?」


 興味ありげにソフィアが覗き込んでくる。


「ああ、実は新しく作ろうか考えてた物があってね。その資料として買ったんだ」


「えっ」


 ソフィアとバネッサが同時に声を上げた。バネッサは一歩引いた。


「シオ——ショウ、あなた……。そりゃ【クラフト】ならできるかもだけど、それ重罪よ、わかってるの?」


「なるほど、合成生物キメラさん製造に手を染めるのですね。さすがはショウさん、知識人は発想も並ではありません……」


 なにを言ってるんだ、ふたりとも!


 おれは驚いて首を振る。


「いやいやいや、違う違う違う。あくまで新しい素材のためだよ」


「せっかくなのでわたしは、牛さんと一部を合成して欲しいです。この、胸のあたりを」


「だから違うって。ていうか、合成されてまで大きい胸が欲しいのか?」


「…………」


 なぜかソフィアはおれを見つめてきた。


「なんちゃって」


「今の『なんちゃって』までの間はなんだい?」


「少し、夢を見ていただけです」


 おれは苦笑して、バネッサに向き直る。


「それより、この町の状況はどうしたんだ?」


「そうだったわ。ショウ、緊急だけど討伐依頼を受けてくれない?」


「討伐だって?」


「かなり厄介なアンデッドが出るらしいのよ」


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