ジェイクの演技に見事に騙されてくれたラウラとエルウッドが、ようやく落ち着いたのは翌朝のことだった。
一晩中シオンの死を悼むフリをしていたので、さすがにジェイクも肩が凝った。
いつまでも演技するのはきつい。さっさと話を進めて、あんなクソ野郎のことはとっとと忘れてもらうに限る。
「シオンが、俺たちに託した遺産がある」
ジェイクは『技盗みの
「あいつは、いつかこんな日が来ることに備えてたんだろうな。知らなかったよ、こんな物まで作ってたなんて」
もちろん嘘だ。これはジェイクが大枚をはたいて闇商人から購入したものだ。
「こいつには、あいつの
「シオンの遺志って……?」
「冒険者を辞めて、工房でもやろうって話してたんだ。あのとき乗ってた相談も、その件でな……S級【クラフト】があるなら、自分たちで冒険するより、冒険者に装備を売ったほうが儲かるってよ」
「でもよ、オレたちS級に昇格したばっかりだぞ。儲けなんて、これから凄くなるってところだったのに、なんでシオンはそんな……」
エルウッドの疑問に、ジェイクはすかさず答える。想定済みだ。
「S級パーティっつっても、所詮は冒険者だから……だってよ。冒険者が天寿をまっとうすることなんて、ほとんどないのは知ってるだろ。俺たちも憧れた伝説のパーティはいくつもあるけどよ、どれもこれも、結局は英雄的に死んでる。あいつはそれが嫌だって言ってて、今は俺も同意見だ」
ここは本当だ。随分前——B級昇格前後だったか。冒険者の仕事は、B級から報酬が大きくなる代わりに危険度も大きくなる。そのことを気にして、そういう道もあるとシオンが言っていた。
臆病者の弱音だと無視し、ずっと忘れていたが、シオンの【クラフト】がS級になったときに思い出した。伝説級の武具をいくらでも作れるなら話は違う。危険もなく、楽に大儲けできるのだ。
だが、その商売をするには、どうしてもシオンが必要となる。
あのいけすかないクソ野郎のご機嫌をとりながら、武具を作ってもらうしかない。
いつもいつも、いざというときに限ってパーティリーダーのジェイクを差し置いて指示を出してくるあの手柄泥棒にだ。あの程度のピンチなんてジェイクでも解決できたのに、他のふたりはシオンのお陰だとか思い込んでる始末だ。
手柄を奪うだけじゃない。ジェイクがずっと想いを寄せている幼馴染のラウラの心さえ、あいつは奪っていった。なのにあいつは、知らないフリをしてラウラを弄んだ。
工房をやったら、【クラフト】を持つシオンが主人となるだろう。ジェイクは頭を下げなければならない。
あんな、力も弱くて、臆病で、【クラフト】がなきゃなにもできない無能に、なぜこの剛腕のジェイク様が従わなければならないのか。
だから【クラフト】を奪った。用済みだからこの世から追放した。崖から捨てて。
「みんなにいつまでも危険な生活はさせたくない——。そのシオンの遺志を俺は尊重したい。ふたりとも、それでいいな?」
「……シオンがそう言ってたなら、あたしはそうする」
「オレも、シオンの遺志なら反対しない」
くそ、またシオンシオンかよ。クソったれ。
「なら【クラフト】は俺が受け継ぐ」
そう宣言して、ジェイクは『技盗みの
「……よし、じゃあふたりとも、山を降りる準備だ。ここまで登るのに二週間もかかったんだ。急がないと食料が尽きて終わりだ。あいつのためにも、今は前を向け」
ジェイクの号令に、俯きながらも従うラウラとエルウッド。
「これが終わったら、俺たちは工房をやるんだ。【クラフト】で凄い装備をバンバン作って裕福に暮らす。それだけ考えて顔を上げろ」
そしてジェイクは内心でほくそ笑む。
ラウラ、お前はいずれシオンを忘れ、俺だけを見るようになるんだ。その心も、豊満な体も、全部俺だけの物になるんだ!
ありがとうよ、シオン。死んでくれて。