「シオン、お前は追放だ。パーティからだけじゃない。この世から」
その言葉を最後に、おれは崖から捨てられた。
◇
確実に死んだと思っていたのに、おれは目を覚ました。覚ますことができた。
「あなたは、そちらの川辺に流れ着いていたのです」
おれの命を救ってくれたのは、どうやら目の前の少女らしい。
青みがかった銀髪のショートヘア。顔立ちは端正で、
シンプルな長袖のシャツに革のジャケット、動きやすそうなズボンに、丈夫そうな革の靴。それに大きな鞄。明らかに旅人の出で立ちだが、服装に乱れは少なく、汚れてはいても上品な雰囲気をまとっていた。
座っている姿勢も背筋がぴんと伸びていて、声や動きには落ち着きがある。
育ちの良さを感じさせる美少女だ。どこかの令嬢かもしれない。
おれは体を起こすと、まず頭を下げた。
「助けてくれてありがとう。おれはシオン」
「わたしはソフィアです。シオンさん、もう体は大丈夫でしょうか」
言われて腹部を手で触れる。痛みはまだ少し残っているが、ほとんど治癒している。
服もほどんど乾いている。ソフィアが近くで焚き火をしてくれていたお陰だろう。
その焚き火の近くに、空の小瓶が置いてあるのに気が付いた。よく
この子は、見ず知らずのおれなんかに、あんな貴重品を使ってしまったのか。
「お陰で体は平気そうだけど、すまない。貴重な霊薬を使わせてしまったみたいだ」
「いいんです。霊薬は補充が利きますが、人の命はそうはいきませんから」
それはちょっとお人好しすぎないか?
「助けてもらって言うのもなんだけど……あまり無闇に人を助けていると、足元をすくわれるかもしれないよ」
「お気遣いありがとうございます。でも大丈夫です、ちゃんと見返りはいただきます」
それなら、むしろ安心だ。育ちの良いだけのお嬢さんかと思ったが、しっかり旅慣れしているようだ。
「実はわたしが河原に来たのは、お魚さんを釣るためなのです。そしたら幸運にも、こんなに大きな獲物が捕れました。いえい」
ソフィアは黄色い瞳でこちらを見つめながら、指を二本立ててVサインを作る。
「……獲物って、おれ?」
「はい、見返りに少々いただきます。食べごたえがありそうです。じゅるり」
「え……マジ?」
「なんちゃって」
おれは思わず、がくり、と脱力してしまう。
さっきからほとんど表情が変わっていない。真面目そうな顔のまま冗談を言わないで欲しい。
いや、しかし、よく観察してみると、ほんの少しだけソフィアは頬を緩ませている。
そのタイミングで「きゅるるるる〜」とお腹が鳴った。ソフィアの。
「…………」
ソフィアは無言で赤面して、懇願するようにおれを見つめてくる。
おれは笑って頷いた。
「いいよ、魚釣り手伝うよ」
早速おれとソフィアは、竿になりそうな枝や、糸に使えそうな木の皮を採ってくる。
せっせと釣り竿作りを始めるソフィアの傍らで、おれは材料に右手をかざす。
「シオンさん、それはなにをしているのですか?」
「実はおれ、【クラフト】の
いつものように
……やっぱりか。
首を傾げるソフィアを尻目に、おれは肩を落とす。
「正確には、できたんだ……」
刺された腹を手で触れる。もう痛みはない。けれど、心はまだ痛い。
思い出したくもないが、これが現実だ。
「おれの
そして崖に落とされた。川の激流に飲み込まれて、この下流まで流れ着いた。
その光景が、あのときの罵倒が、鮮明に蘇ってきて涙が溢れてくる。流れ落ちないよう、グッとこらえる。
「そう、だったのですね……」
ソフィアは視線を落とす。まるでおれの悲しみが伝播したかのように、ソフィアも瞳を潤ませていた。
「でもそれなら、わたしと同じです」
ソフィアは顔を上げて、精一杯に笑いかけようとしてくれた。
「わたしも故郷を追放されたのです。追放仲間です」
けれどソフィアは、ちっとも笑えていなかった。