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第三十三話 本当に森の外へは行けないの? 1

 部屋が異様に綺麗になった後、コテージが綺麗になった祝いとかなんとかでパーティーをするらしく、その準備に追われている。


 せっかく綺麗にしたのに、パーティーなんかしたらまた汚れるとクマさんに伝えたところ「また綺麗にしてもらえば良いじゃん」とのこと……。あーさんがいるあいだはパーティーし放題とか考えてそう。


「ちょっと疲れたから部屋に行ってるね」


「はーい!」


 朝から掃除をしたり、あーさんを探しに冒険? に出たりと、バタバタしていたため、体力が人間としての最低ラインしか無い私は、疲労のあまりベッドが恋しくなったのだ。


「それ!」


 二階に上がり、自分の部屋に戻った私はベッドにダイブする。


 天井を見上げながら考える。


 私が突然消えてから、あっちはどうなっているのかな? 


 時折考えていた。別に今に始まったことではない。普通に考えて、両親を失って間もない女子高生が一ヶ月以上いなくなっているのだ。捜索願でも出されているのだろうか? それとも友人一人まともにいない私のことなんて、誰も探していないのかな? でも隣に住んでいたおばさんは、両親がいなくなった私を少し気にしてくれていたっけ……。


「戻れるのかな?」


 私は天井に向けて呟く。


 あのクマさんとの契約書を遵守していた私は、一度たりともここから出てみようだなんて考えてもみなかった。だけど考え出せば、気になるのが人間の性というか、一回ぐらい帰郷するのもありなのでは? 


「あの契約書……引き出しだっけ?」


 私はベッドから降りて、机の引き出しを開ける。


 引き出しには綺麗に折りたたまれた契約書が保管されていた。私もサインして以来触っていない。


 折りたたまれた契約書を広げて、中身を確認する。特に注意して見るべきは、管理人になるにあたっての約束事の条項だ。確か四つあったはず。


『契約内容……この羊皮紙にサインをしたということは、あなたがこの文字の森の管理人候補になったことを意味します。管理人になるにあたり、いくつかの約束事がありますのでご確認ください。


その一 文字の森の存在を誰にも知らせてはならない。そう、誰にも。

その二 文字の森の管理人はここから出ることを禁ずる。そう、絶対に。

その三 そのかわりここにある物は(コテージや木も含む)なんでも使ってよい。そう、なんでもね。

その四 文字の森に住む仲間たちと仲良くしましょう。そう、仲良くだよ』



 改めて読み返して思う。私、きっちり守ってるなと。今のところ問題となっているのはその二「文字の森の管理人はここから出ることを禁ずる。そう、絶対に」の部分だけど、ここはなんというか、クマさんらしいというか、抜けている。”文字の森の管理人は”ここから出ることを禁ずる。管理人はね……。ちょっと意地悪な解釈をすると、私はまだ管理人じゃないので、この文字の森から出ることを禁ずるというのは当てはまらないと思う。


 それに、前にうーさんと話してた時の感じだと、この契約書は私がここから出て行ってしまうのを恐れたクマさんが作った契約書っぽいから、出られないということは無いだろう。出て欲しくないだけで……。


 じゃあこっそり出ていくのもありだよね? 


 私は無言で決意する。今晩、皆が寝静まった頃にここを出て行こう。外に出てみて、皆が起きるまでに帰ってきて何食わぬ顔で朝を迎えよう。


 私は、最初にこの森に来た光景を頭に思い浮かべる。確か文字の森と書かれた木製のゲートがあって、そこを潜ってこの森に来たんだよね……じゃあやっぱりそこに行けば出られるのかな? 帰り道の算段をしながら、私の意識は落ちていった。



「良い頃合いね」


 目覚めた私が窓から外を見ると、どっぷりと日が落ちていて明かりなどほとんどない。あるのは、一階でバカ騒ぎしているクマさん達の部屋の電気だけだった。


 本当は皆が寝静まってからにしようと思ってたけど、あれだけ騒いでるということは、お酒も入れてるはずだし、私がここから消えていても気づかないよね? 朝までに戻ればバレないはず。


 私は自殺をしようとしたあの日の服装に着替える。黒いフリル付きのワンピースを身に纏う。幸い、闇夜に良く溶けそうな色合いだ。これなら音にさえ気をつければ、バレずに外まで行ける。


 そう確信した私は、笑い声が響く一階へ向けてゆっくり慎重に階段を下っていく。そっと部屋を覗くと、クマさん達はお酒を飲みながらトランプで遊んでいる。楽しそうで私も混ざりたくなったが、グッとこらえて姿勢を低くして、そっとコテージのドアを開いて外に脱出する。


 確かコテージの裏手の方だったはず。コテージのライトに照らされないようにそっと移動し、コテージの裏手に回るが、思った以上に暗い。外灯が一切ないこの森の夜は、本当の漆黒だった。私の黒いワンピースもこの空間に溶けてしまいそう。


「何処に行くの?」


 背後からかけられた声に背筋が凍る。バレた? どうして? というよりこの声は……。


「どうして気づいたの? あーさん」


「私は後でまた能力を使うために、お酒は飲んでないんだよ」


 振り向けばアライグマのあーさんが立っていた。今日知り合ったばかりの彼女にバレるとは思わなかったな。


「文香ちゃんは森の外に出るのかい?」


 あーさんは責めるふうでもなく、普通のテンションで尋ねる。そっか、別に悪いことをしているわけじゃないし、堂々としてれば良いんだ。


「ちょっと気になって、朝までには戻ってくるから」


「そうかい。クマとどんな契約をしているかは知らないけど、自分を大切にするんならそうした方が良い。文香ちゃんは私達とは違って、今を生きているんだから」


 そう言ってあーさんは小型の何かを私に投げる。


「この先は真っ暗だよ。転んだりしたら危ないから持っていきな」


 私が受け取ったのは懐中電灯だった。


「良いの?」


「勿論よ。クマたちには黙っててやるから行っておいで、行って、見て、考えて、今後のことを考えた方が良い」


 それだけ言い残し、あーさんはコテージに戻っていった。


 見逃してくれたというより、どちらかといえば推奨されたような感覚だった。それにどういう意味だろう? 私は皆と違って今を生きている? 皆も私と同じく今を生きているんじゃないの? それに……今後のことを考えた方が良い? 私はただ帰省するだけのつもりだったのだけど、思ったよりも話が大きくなっている気がする。森を出るということはそういう事なのかな?

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