「ボートで川登り?」
にわかには信じられない。いくらここが常識の通用しない森だとしても、限度がある。あれだけの急こう配を登れるわけがない。
「文香ちゃんは何を言ってるの? 登れるわけないでしょ?」
あーさんに普通に言われた。
いや、だって、そういう雰囲気出してたじゃん! 他にボートで上に向かう手段なんて……。
「二人ともおいてくよ?」
気がつけばクマさんは、私達が乗っていたボートを引きづって、川とは反対側。バンガローの向こう側にある岩壁付近で立っていた。
「今行くよ! ほら、文香ちゃんも行くわよ」
あーさんは私の手を引っ張ってクマさんの元へ向かう。反対側まで行くのに、さして時間はかからなかった。
クマさんの元へ到着すると、私は目が点になった。
「これはどういうつもり?」
私はあんまりな光景にショックが隠せない。クマさんはボートを、岩壁に出来たボート一つ分くらいの水たまりに浮かべている。上は空洞になっているようだけれど、これで一体どうするつもりなのだろうか?
「まあまあ良いから乗って」
すでに乗り込んでいたあーさんが、私を急かす。気づけばクマさんもすでに乗っていた。
もうこうなれば深く考えても仕方がない。
私は意を決してボートに乗り込む。
「じゃあ行くよ~」
クマさんはゆる~い感じで岩壁に設置された赤いボタンを押す。赤いボタンが押された瞬間、ボートの下がボコボコと騒ぎ出し、私の嫌な予感は当たってしまった。
だってこんなボート一台分しかないスペースにいて、そこからどこかに行くなら上か下しか無いわけで、目的地は当然上なのだから……。
「しっかり掴まってね~」
「だから嫌なんだーーーー!!」
私の絶叫を乗せながら、ボートの下から
数秒間吹っ飛ばされた後、まだまだ空は仰げないが、大きな空間に出たところで間欠泉による上昇はストップし、そこに流れていた川の流れに乗った。
周囲を見渡せば、先ほどまでいた場所よりもさらに地表に近いのだろう。天井の隙間から太陽光が覗き込んでいる。もうほとんど地上と言っていい。私は高鳴る胸を押さえて、ホッとため息を漏らした。
「よしよし成功だ!!」
クマさんは喜んでボートの上で飛び跳ねている。揺れるから止めて欲しいのだけれど……そう言いかけて、気がついた。
「成功? 失敗もあるの?」
私は恐る恐る尋ねる。
だって成功で喜んでるということは、失敗する可能性もあるというわけで……。
「そうなんだよね~たまに失敗して、勢いが強すぎて天井に頭を打つこともあってね。ハハハ」
ハハハじゃないんだよクマさん! 死んでるよ? 普通間欠泉で吹き飛ばされて頭を強打したら死んでるよ? 君達はぬいぐるみだから死なないだろうけれど、純粋に人間である私は死んじゃうんだけど?
「大丈夫大丈夫! もしもの時は僕が文香のクッションになるから」
どうしよう。全然キュンとこない。普通だったら、私のために身代わりになってくれると言われたら多少はキュンときそうなものだが、シチュエーションと言葉選びとクマさんの風貌が相まって、そうはならなかった。
「とりあえずこのまま乗ってれば着くからさ」
クマさんはもう安心だね~ってな感じでボートで横になり、居眠りを始める。いくら地表に近いとはいえ、ここは地表ではない。ボートは川の流れに身を任せているので、下ることはあっても登ることは無いはずだ。一体どうするのだろう?
「大丈夫よ。文香ちゃん。このまま下ってれば、アンダー農園に繋がるようになってるから」
心配が顔に出ていたのか、あーさんが説明する。目から鱗、ここでアンダー農園に繋がるとは思わなかった。確かにアンダー農園の最深部には川みたいなのが流れていた気がするが、まさかそういう造りになっていたとは……。
「さあもうじきよ」
あーさんの言う通り、私達三人を乗せたボートはアンダー農園最深部の川もどきに流れ着いた。
「よしよし。それじゃあ掃除でもして貰おうかな!」
帰ってきたクマさんは早速そんなことを口にしながら、アンダー農園の階段を登っていく。これも地味に辛い。もっと運動しよう。
「まったく。アンタたちはすぐに汚すんだから」
ここで私はずっと気になっていたある疑問をぶつける。
「そもそもどうしてあーさんじゃないとダメなの?」
何か特別な道具を持っているならともかく、そうでないのなら別に私達とあまり変わらないのでは?
「それはあーさん特有の能力だよ」
「どんな能力?」
「なんでも綺麗になる」
「もしかして……アライグマだから?」
「かもね~」
あまりにも特有の能力がいい加減すぎるというか、安直すぎる。
しばらくアンダー農園の階段と格闘した結果、ようやく日の当たる地表に出ることが出来た。それほど時間が経っているわけではないが、日差しを浴びると幸福感が体いっぱいに溢れ、心が晴れやかになるような気がした。うん、日光浴は大事!
「あーさん久しぶり!」
私達を待ち構えていたうーさんが、コテージからヨロヨロと出てきた。一体どうしたのだろう? なんでコテージにいてそんなに疲れるの?
「もう無理だ。私にはこれ以上は出来ない」
そう言って座り込むうーさん。どうやらずっと掃除を頑張っていたらしいが、コテージ内を見る限りほとんど変わっていないようだ。これは向き不向きかな?
「それじゃあ私がやっちゃうから、アンタたちは後ろを向いてて!」
「何で?」
「見られたくないの! 良いから後ろ向いてて!」
見られたくない能力ってなんだろう? めっちゃ見たいのだが、見たことがバレたら今後の森の中での生活に支障が出るため、ここはグッとこらえて後ろを向く。
私とクマさんとうーさんに、空から舞い降りたきーさんが横一列に並んでコテージに背を向けている光景は、どう考えても異常なのだが、これがクリーニングの条件なのだから仕方が無いのだろう。
「じゃあ行くわよ!!」
そんな張り切った声を響かせた僅か数分後、コテージは新築同様の輝きを見せていた。