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第三十一話 アライグマのあーさん 3

「一体何!?」


「着いたみたいだね」


 驚く私とは対照的に、クマさんは至って冷静に私の手をとってボートの上に立つ。ボートの上に立って水面を覗くと、どうしてボートが急に止まったのか分かった。


 水面上には何もないが、水底から水面一歩手前まで、川を横断するように長い木の板が設置されていた。それでも水は問題なく流れているが、ボートの底がこの木の板に引っかかり止まっていたのだ。


 クマさんの余裕な態度から察するに、ここはこうしてボートを止める場所なのだろう。


「さあこっちこっち」


 クマさんは慣れた足取りでボートから身を乗り出し、ボートを停止させた木の板(横幅約十センチ)の上を器用に歩いて岸まで渡っていった。


 器用だな~と眺めていたが、自分も渡らなくてはならないと気づいて、慌てて後を追った。


 岸に到着すると、相変わらず光量が足り無いせいで視界が悪いが、奥には木で出来たバンガローのような建物があった。


「あそこが管理人室だよ~あーさんはあそこで仕事してるのさ!」


 そう言ってクマさんはバンガローに向けてトコトコと歩き出した。後をついて歩きながら周囲を見渡す。


 相変わらず光源は無数に置かれた松明だけで、薄暗いことには変わりない。そしてよく見ると、切られた木の枝がロープで縛られ、それが円形のまな板、要するに私とクマさんが乗っていたのと同じ形のボートに積まれている。


 そしてそのボートの先端にはロープが結び付けられ、ボートから川まで一直線に、丸太を半分に割った物が延々と地面に引かれている。


 昔テレビで見た、物を引きづって動かすときのテクニックと同じだった。おそらく出荷する時に、あのロープの先端を引っ張って、川まで運ぶのだろう。


「おーい! あーさんいる~」


 クマさんが大声であーさんの名前を呼ぶ。あまりに大きな声を出すものだから、この大空洞に木霊し、まるでクマさんが何人もいるかのようだった。


 暫くしたのち、クマさんの掛け声に呼応するようにバンガローのドアがゆっくりと開けられる。


「なんだクマかい? 一体何の用なのよ?」


 バンガローから聞こえてきたのは、女性の声。まさか遂に人間が? ちょっと期待したが、ここに人間がいるとは考えにくいので思考を改める。


 女性の声と共に姿を現したのは、うーさんと同じくらいの大きさのたぬき? でもどこかたぬきとは違う気がする。たぬきってあんな尻尾してたっけ? 


 まあとにかく当然人間ではない、クマさん達と同じ元ぬいぐるみなのだろうけれど、一体なんの動物がモデルなのかさっぱり分からない。彼女が身に着けているエプロンのせいで、体の見える範囲が限定されているのも、正体不明に拍車をかけていた。


「あーそっちの娘がクマの持ち主かい?」


「は、はい。切株文香と言います」


 私はややオロオロしながら、たぬきもどきの質問に答えた。たぬきなのか何なのかは分からないが、一つだけ分かったことは、初めての女性だということだ。同性バンザイ!


「私はアライグマのあーさん。ここの管理をしているわ。よろしくね」


「こちらこそ、よろしくお願いします!」


 私は喜びのあまり深々と頭を下げる。何が嬉しいって、ようやく同性の住人が見つかったのと、彼女の正体がアライグマだと、しれっと知れたことだ。流石に初対面で、あなたは何の動物? だなんて聞けやしないから。


「それで、こんな所に何の用なのかしら?」


 あーさんは腕組をして、クマさんに尋ねる。今まで私が会っていないということは、そうそう頻繁には地上に出てこないのだろう。というより、クマさんが会いに行っている様子も伺えなかったので、本当に用事がない限り会わないのだろうか?


「いや~それが僕たちコテージを汚しすぎちゃって」


 クマさんは困ったな~なんて言いたそうに、他人事みたいな態度であーさんにここへ来た理由を(理由になってるの?)説明した。


「はぁーまたか……分かったわ。掃除してほしいんでしょ? 一緒に行くから、その前に一仕事手伝って」


 あーさんはあっさり承諾してくれた。なんかまたかって言い方だったので、定期的に発生しているイベントなのかもしれない。


「文香ちゃん! 手伝って!」


「はい!」


 あーさんは早速私の手を引っ張って、先ほど私が見た縛られた木の枝の塊の前に移動する。


「これ持って」


 あーさんは私とクマさんにロープの端を渡し、掛け声とともに引っ張り出す。私もそれにならって力を込めるが、予想よりもスイスイと半分に割られた丸太の上を進んでいく。

 あのテレビの内容は合ってたのかと、予想外なかたちで答え合わせをしていると、木の枝を乗っけたボートはあっさり川に着水した。


「クマ、アンタたちが乗ってきたボートは陸に」


「はいよ~」


 クマさんは易々とボートを抱え上げ、岸にあげる。やっぱり力は凄いな~と素直に感心する。


「じゃあ出荷しちゃうから」


 あーさんがそう言うと、岸に設置されていたレバーを押し込む。するとボートをせき止めていた木の板が下がり、ボートがゆっくりと前進し始める。そしてゆっくりと進むボートの斜め後ろ、さっきまでボートをせき止めていた木の板の両端から、トイレを流すときのように水流が発生し、ボートは速度をグングン上げていった。


「凄い!」


 私は感嘆の声を上げる。まさかあんなアナログな方法で出荷しているとは思わなかった。


「あのボートはどこ行きなの?」


「あれは福井県よ」


「福井県?」


 私の疑問に帰ってきた答えは福井県。なんで福井県?


「東尋坊って知ってるかしら?」


「ああ……理解しました」


 東尋坊は聞いたことがる。富士の樹海ほどでは無いにしろ、自殺の名所と言われれば真っ先に名前が上がるスポットの一つだ。


「この川は日本の地下をぐるぐると回っているの。万が一流されたら、数日は陸地に出られないからそのつもりでね」


 あーさんはさらっと恐ろしいことを口にする。そこら辺のリスク管理の甘さも、この森特有というか、彼ら元ぬいぐるみ達の特徴なのかもしれない。それに違和感を覚えるのは、私が人間の常識に縛られているからで、彼らからしたら、私たち人間は安全に安全に物事を考え過ぎなのだろう。


 とはいえ流されたらそのままバッドエンドを迎えそうなので、出来るだけこの川には近づかないでおこう。


「それじゃあ行きましょうか?」


 そう言ってあーさんは、クマさんが移動させたボートのところに向かっていく。


「何処へ?」


「決まってるでしょう? 文香ちゃん達が住んでるコテージよ?」


 どうやらあーさんはボートで行こうとしているらしい……。

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