翌朝、コテージの前には全身をハイキングコーデで揃えた私達の姿があった。私だけならともかく、クマさんやうーさんまで歩きやすい服装をしている。
「別に二人は元々全裸なんだから、何も着ない方が良いんじゃないの?」
私はもっともな疑問を呈する。
元ぬいぐるみのお二人は、普段からその裸体を晒して私の前を歩き回っているのに、どうして森の散策となった瞬間に、服を着だすのか全く分からない。
「こういうのは気分が大事なんだ!」
私の意見に勢いよく反応したのはうーさん。
気分ね~。うーさんは形から入るタイプなのだろうか?
「大体なんで私のとクマさんの服まであるの? うーさんだけなら分かるけど」
そうなのだ。一番の疑問はそこにある。私のはまあ、有ってもおかしくはない。普段私が着ているワンピースだって、うーさんお手製なのは先日知ったところだし、うーさんが私の体の細部に至る情報を持っているのは、ちょっと気持ち悪いけど理解しよう。
だけどクマさんの格好はどういう事だろうか? クマさんはポケットが一杯付いた黄色いベストを羽織り、同じく黄色いキャップに、黒い短パン。
クマさんのサイズなんていつの間に測ったのだろう? というよりいつの間に作ったのかな?
「昨日徹夜したんだ」
うーさんはそう言って大欠伸を漏らす。よくよく顔を見れば、確かに目の下の隈が凄い。ウサギあるまじき顔色をしている。というより、いくら徹夜したからって三人分も作れるものなのかな?
私がそう思案していると、頭上から羽の音が聞こえてきた。
「きーさんおはよ~」
顔を上に向けたクマさんが呑気に挨拶をしている。
やがてクマさんの肩に着陸したきーさんの足を見ると、昨日見た地図が括りつけられている。
「きーさんに空から地図を作ってもらおうと思って」
うーさんは自身の戦略を披露する。
言わんとしていることは分かる。あの地図は、実際に通った所を地図として記録していくアイテムだ。それだったら木々の間を掻き分けて歩くより、空を飛んだ方が簡単に決まっている。
ナイスうーさん!! もしかしたら私達ハイキングしなくて済むかもしれない!
「じゃあ実験で南の方を軽く飛んできてくれないか?」
「おいらにお任せあれ!」
きーさんは力強く頷くと、そのやる気を羽に乗せて勢いよく飛び上がる。私達のハイキングをしたくないという、負の希望を乗せて、きーさんは南の空に消えていった。
「これでせっかく作ったハイキング用の服が必要なくなったね」
私はうーさんに笑顔を向ける。ちょっと申し訳ないが背に腹は代えられない。
「う、まあ良いんだよ。それはそれで……」
うーさんは複雑な表情を浮かべている。せっかく徹夜で作ったから無駄にしたくないという気持ちと、逆に徹夜だったために、ハイキングしなくて済むならそうしたいという欲望のあいだで揺れ動いている。
クマさんは呑気に大根畑に行って水をあげている。あのスプリンクラーを使ってアンダー農園にも水をあげるらしい。技術の進化というか木の力というか、形は違えど便利なものに囲まれているという事実は変わらない。
そうして待つこと三十分ほど。南の空に飛んでいったきーさんが帰ってきた。
「キリがなかったんでそこそこの距離で引き返してきたっす!」
若干お疲れなきーさんはそう言って私の肩に止まり、片足を前に突き出す。うーさんはそのなげだされた足から地図を解き広げた。そして広げたまま固まった。
「どうしたのうーさん?」
私は固まったまま真っ白になって立ち尽くすうーさんの後ろに回り込む。
ウサギってフリーズするっけ? 何はともあれ、ちゃんと地図になっているのならそれでいい。
そんな軽い気持ちで地図を覗き込むと、どうしてうーさんが固まったのかが理解できた。理解できたというより、私ときーさんも固まった。理解するまでに時間がかかった。
一つ分かったことは、世の中そうそう上手くはいかないという事だけだった。
固まっているうーさんの手に握られた地図には、確かにきーさんが通った場所は記載されている。それはもう申し分なく記載されている。地図にどこを通ったか、どこの雲の隙間を飛んでいったかが赤裸々に語られている。
うんうん。良くできた地図だ。確かにうーさんの言う通り、実際に歩いたところを地図として記載するアイテムだ。
しかし残念ながら欲しい地図では無い。私達の思惑は見事に打ち砕かれた。私達は別に文字の森の上空の地図なんていらないんだ。
きーさんが三十分かけて作成した地図には、文字の森南方の上空の様子が詳細に記載されていた。
「うーさん。この地図賢いね」
「ああ……まさか空を地図にしてくるとは思わなかった」
ショックのあまり立ったまま気絶していたうーさんは、ようやく意識を取り戻す。
「いや~面目ない」
きーさんは何故か責任を感じたのか謝罪するが、そうじゃない。今回は誰も悪くない。強いて言えば、楽をしようと考えた私とうーさんの心が汚かったのが悪いぐらいのもので、基本的に全員被害者なのだ。
地図だって、まさか空から作成されるとは思ってもみなかっただろうから、そりゃあ焦って空の地図を作っても仕方ない。
「あれ、皆どうしたの?」
水やりから帰ってきたクマさんは、私達の間に流れる空気が若干歪なことに気がついたらしい。
「何でもないよクマさん。ハイキングしようか」
クマさんは私の沈んだ声と死んだような表情を見て、全てを悟ったのか、何も聞かずに水筒に水を入れ始めた。