「率直に言う。こないだの封印は完璧だった。どこにも
うーさんは、この前私と確認した事実をクマさんに伝える。あれからもう一週間になる。また悪い者が出てこないとも限らない。
「マジ?」
「マジだ。だから他の木から発生した可能性が高い」
「じゃあ探しに行かないと!」
クマさんは血相を変えてうーさん邸から出て行こうとするが、私とうーさんが必死にクマさんを押さえつける。うーさんが話さなかったのはこれが原因だろう。クマさんはすぐに動き出す。
「落ち着け! 闇雲に探したって意味がないんだ。きっちり計画を立てて捜索しないと」
うーさんの言う通り。闇雲に探して見つかるほど、この文字の森は甘くない。何故なら私は勿論のこと、うーさんもクマさんも、この森がどこまで広がっているのか把握していないのだ。地図すらないのだから。
「そうだよ! すぐ考えなしに動くのはクマさんの悪い癖」
私にまで言われたのがクマさんのガラスのハートに響いてしまったのか、クマさんは俯いてしまった。でも事実だし、これから捜索するうえでこの近辺の把握は至上命題となる。
仮にクマさんが今飛び出して問題の木を見つけて、きーさんが八時間かけて突っつき倒したとしても、またどこかで木がそういう状態になってしまう事だってある。
その際に、どこに何があるやら分かりませんでは、対応できない。永遠にイタチごっこだ。
明らかにクマさんお手製の契約書にサインした手前、この文字の森をキチンと管理しなくちゃいけない。そうじゃなければ富士の樹海で自殺した人達も浮かばれない。
「じゃあどうすればいい?」
クマさんは私ではなくうーさんを見る。
どうもクマさんの中では、何か困ったらうーさんに相談すれば何とかなると思っているようだ。悔しいけど仕方ない。困ったらうーさんは、この森で生きる上で必須条件だ。
「ちょっと待ってろ」
うーさんはそう言い残し、私がまだ探検出来ていない部屋に去っていった。
あの感じだと何か策がありそうなのだが、どうなんだろう? 地図もないこの森で、どうやって把握して管理していくかだ。そんな便利なものは想像つかないが。
暫くしてうーさんが私の上半身を丸ごと覆えそうな、大きな羊皮紙を引っ張り出してきた。羊皮紙の一番上にはこう書いてある「一緒に記そう君の足跡を」
「何これ?」
なんとなく嫌な予感がして、得意げな顔をしているうーさんに尋ねる。一緒に印そうなんて、随分と具体的で嫌な文言が書かれている。
「これは前にクマが羊皮紙が欲しいとか言い出して、それ用に木を切った時に作った紙を加工したものだ。それを私がこの工房で加工した」
とりあえず特殊な羊皮紙というのだけは分かった。それにしても、紙が想いとなっている人もいるのか……世の中いろんな人がいるものだ。
「それで具体的にはどうするの?」
今度はクマさんが尋ねる。
流石のクマさんも、これは憶えているらしく、これで何をするつもりなのかを聞きたかったようだ。でも私には、なんとなく予想できるんだよね……大変そう。
「これはな、誰だって簡単に伊能忠敬になれる紙だ」
うーさんはとんでもなく誇らしげに紹介する。しかし残念なことに、クマさんは首を傾げている。いまいち理解していないらしい。
「伊能忠敬って誰?」
どうやらクマさんは、なれると言われた人物そのものを知らなかったらしい。まあでも、知らないのは当たり前か。逆に知ってたら、それはそれで怖いもんね。
「簡単に説明するとね、伊能忠敬は滅茶苦茶昔に自分の足で日本地図を作った人だよ」
私は、クマにも分かるように単純明快に説明する。これで分からないことは無いはずだ。
「へぇ~すごいね! 足で地図を書けるなんて器用だな~」
どうやらしっかり伝わってなかったらしい。そんなはずないだろ!
「違うって! 自分の足で日本中を歩き回って、日本列島の形を地図にしたんだよ!」
「おお! そういうことか! 凄いな~」
本当に凄さが分かっているか怪しいが、この際気にしたって仕方がない。問題は、伊能忠敬になれる紙ということは、あれは地図だ。まだなにも記されていない真っ白な地図。
「つまりその紙を持って歩けば、歩きながら計算しながら書き込んで行くってこと?」
絶対キツい……。運動能力皆無の私にはなかなか厳しい作業だと言わざるを得ない。
「ちょっと惜しい。それじゃあただの紙じゃないか。そうではなくて、君達がこの紙を持って歩けば勝手に地図が作成されていくんだ」
どうやらうーさんは、森の道具屋さんでも目指しているらしい。なんだそのアイテム。そんな便利なものがありながら、なんで今まで地図作りから逃げていたんだろう?
「ぶっちゃけお嬢ちゃんがいなきゃ無理だ。クマの奴が、そんな器用なこと出来るとは到底思えない」
うーさんは嘘偽らざる本音を吐露した。
「それじゃあ明日からは……」
「皆で力を合わせて文字の森の地図(周辺)の作成を進めよう」
うーさんの宣言にうなだれる私と、嬉しそうなクマさん。あんまり理解していなさそうだったのに、どうしてあんなに楽しそうにしていられるのかが分からない。いや、理解が浅いから楽しんでいられるのか……。
「クマさんってある意味強いよね」
私は二人に聞こえないように呟いた。