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第十九話 封印は出来てたの? 出来てなかったの? 2

「ちょっとうーさんの家を見てみたい」


 私がクマさんにそう告げたのは、ちょうど朝食の時間だった。


 文字の森に現れた、悪い者の騒動から一週間程過ぎた本日、あれから悪い者は出現せず、比較的平和な毎日を過ごしていたのだが、どうにも最近うーさんがあまり顔を出さない。大根畑からはちょっとずつ大根は減っているので、ちょくちょく来てはいるようだが、コテージにはあまり顔を出さない。


「あれ? 行ったことなかったっけ?」


 クマさんはとぼける。もうクマさんの記憶力には期待してないから今さら突っ込む気にもならないけど、それでももう少し憶えておいてほしい。


「無いよ!」


「じゃあ今日行ってみようか!」


 クマさんはそうは言いつつも、ずっとハチミツをトーストに塗りたくっている。まだ暫くはクマさんの朝食タイムは続きそう。


 気づけばクマさんも色々食べるようになった。最初は本当にハチミツしか食べなかったのに、最近ではトーストは勿論、アンダー農園で採れる野菜類は大抵食べるようになった。これもクマさん的には、人間のことを知る一環なのだとか。


「今のうちに洗濯物干しとくね」


 私は食器をかたずけ、洗濯機へ向かう。洗濯物はほとんど私の物(クマさんは基本全裸)とタオル類だけなので大した労力ではない。服は基本的に私が着ていた服(黒いフリル付きのワンピース)を、どうやったのか何度聞いても教えてくれないのだが、クマさんが四着用意してくれたので、それをローテーションしている。


 洗濯物を持ってコテージのベランダに出て、そこにかかっている物干し竿にかけていく。今日も晴れ渡り、洗濯物を干すには絶好の気候だった。


「でも雨が降ったのなんて、悪い者が出てきた時だけかも?」


 空を見上げてそう呟くと、ようやく食べ終わったクマさんが私を呼ぶ。


「今行くよ!」


 慌てて洗濯物を干して、ベランダからダッシュでドアに向かう。クマさんは大根を片手に立っていた。


「何それ?」


「大根」


「じゃなくてなんで持っていくの?」


「手土産だよ」


「いつも勝手に持ってってるでしょ?」


「そうだけど、手土産が無いと怒るんだようーさん」


 そんなことでは怒らないと思うけど……でも手土産も無くいきなり来るなんて非常識だ! とか言ってくる可能性も若干残されている。流石に言わないとは思うけど、真面目で常識人でちょっと捻くれているうーさんのことだから、完全には否定できなかった。


「大岩に住んでるんだっけ?」


「そうだよ~」


 のんびりと歩くクマさんと並びながら、先ほど洗濯物を干していた時に気になったことを尋ねる。


「ねえクマさん。この文字の森って雨は降らないの?」


「滅多に降らないよ~しっかりと降るときは悪い者が出てきた時だけ~分かりやすいよね!」


 クマさんは分かりやすいのが嬉しいのか、ややテンション高めだった。どうせこの感じだと、理由は分かってないんだろうな……気になるけど仕方ない。何事にも理由を求めちゃダメだもんね。


 私は諦めとともにため息をつくと、クマさんの腕を掴んで歩く。クマさんは気づいているだろうが、なんの反応も示さない。穏やかな気候の中、私達はのんびりとうーさんのご自宅へ散歩を続けた。




「えーーーー!!」


 私は開口一番叫んだ。近所迷惑なのは分かっている。だけど、それだけ衝撃的だったんだから大目に見て欲しい。


 うーさんの家=大岩とは聞いていたけど、大岩が過ぎる。私に言わせれば岩なんてものではなく、軽い隕石に近い。直径二十メートルは優に超えていて、横長の楕円形に変形された大岩には、そのサイズに似合わない小さなドアがついている。クマさんが四つん這いになって、ギリギリ通れるかどうかという感じだ。


「朝からうるさーい!!」


 私に負けず劣らずの声量で登場したのは、最近我が家には顔を見せず、ただ大根だけを持って帰る泥棒ことうーさんだった。


「出たな大根泥棒!」


 私は芝居がかった仕草で指をさす。


「誰が大根泥棒だ! 小物感満載じゃないか!」


 普段冷静なうーさんは、弄ると面白いということに初めて気がついた。


「はい。うーさん」


 クマさんはまさかのこのタイミングで、手土産の大根を渡す。天然なのかワザとかは知らないが、間が悪すぎる。当然礼節を重んじるうーさんは、受け取るしかないのだが、私から見たら大根泥棒の現行犯というか、動かぬ証拠にしか見えなかった。


「うーさんの家、無駄に大きくない?」


 そう無駄に大きい。岩がデカすぎるのもそうなのだが、ここにウサギのうーさんが一人で住むという点が一番驚きだ。どう考えたって持て余すだろう。


「無駄とはなんだ失礼な。ちゃんと意味があって大きいのだ」


 そう言ってうーさんは、私達を家の中へ手招いた。


 小さなドアを潜ると、中は思っていた以上に広々としており、クマさんが立ってもなんの問題もない。というより小さいのはドアだけで、中の広さや高さ、家具に至るまで、他の要素は私とクマさんのコテージと大差ない。


 しかしそれでも広すぎると思う。私たちがいる空間は円形になっており、奥を覗くと同じく円形の空間が延々と続いている。串にささった団子のような部屋割りだ。


 これは探検しがいがある! 私は心の中でそう息巻いた。

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