「じゃあもう一回見に行ってみる?」
私はうーさんに提案する。クマさんは未だにきーさんに謝り続けているので、今回は置いて行こう。
「そうだな。ちょっと確認したい」
うーさんはそう言って冷蔵庫から大根を持ち出した。
「ちょっと出かけてくるね~」
私はクマさん達に声をかけるが、どうにもクマさんの謝罪がヒートアップしているのか、耳に届いて居ないようだった。
私達はコテージを出ると、大根畑とは反対側に進んでいく。昨日きーさんが、見事に突っつきまわしてへし折った木に向かう。ぬいぐるみの突っつきで折れる木というのも、なかなかに意味不明だが、折れてしまったものは仕方がない。
黙りこくって何かを考え続けるうーさんを連れて、私達は黙々とあの木の元にやって来た。
「トラロープ封印はしっぱなしだね」
私は、切り倒したのにトラロープしっぱなしの現状を見る。やっぱりクマさんってどこか抜けてる気がする。もう工事が終わってるのに、トラロープしっぱなしだったら、近所からクレームが来るところだ。しかしこの文字の森には、近所の住人とやらはいないはずなので問題はない。
「う~ん……やっぱりミスってない」
うーさんはトラロープを見てそう結論付けた。ミスってないのであれば、この前の”悪い者”は一体?
「つまりこの木は悪い者を生み出す危険性があったことには変わりないが、この前の悪い者とは関係が無いと思う」
うーさんは冷静に怖い分析をする。ここは死んだ人の想いの集まる場所。条件さえ整えば、簡単にああいうのは出てきてしまう。
「つまり近いうちにまた出てくるの?」
「可能性はある。だけどこの前出て来たばっかりだし、すぐにとはいかないだろうから、根気よく探すしかないな」
うーさんの的確な分析と判断が、私達を救うかもしれない。というよりクマさんが抜けすぎてる気もしなくはないけれど……。
封印は成功しているので、クマさんに落ち度はないが、一応文字の森の管理人なんだから、もう少し管理してもらわないと困る。
「あの悪い者って、今まで何かしでかしたことあるの?」
私はなんとなく気になったことを聞いてみた。
そしてすぐに後悔した。うーさんの顔色を見れば、気安く聞いていいことでは無かったようだ。
「きーさんの持ち主の少女が自殺したのは話したろ?」
「う、うん」
「原因はそいつだよ。悪い者に襲われた者は、自害してしまう。それもすぐにじゃない。一定の期間、徐々に精神を貪っていくんだ」
私は背筋が寒くなった。
悪い者は人を自殺に追いやる。だから”悪い者”と呼ぶのだ。美香を死に追いやったのは、その悪い者。でもクマさんはそのことを隠していた。一体どうして?
「でもクマさんは……」
「クマの奴は、いたずらする程度とか言ってたんだろう? そりゃそうさ」
「どうして? ちゃんと言ってくれれば……」
うーさんは大根を剣のように私に向けて、私を黙らせる。こんなうーさんは珍しい。
「考えてもみろ! まだ来たばかりのお嬢ちゃん。それもずっと会いたかった、自分の持ち主だぞ? 怖がらせたり不安を煽ることで、お嬢ちゃんがまた自分を置いて行ってしまうんじゃないかと考えて何がおかしい?」
言われて気づく、もう遅い。完全にうーさんの言う通り。これは私が悪い。今になって思い出す。私がクマさんを捨てた時、お母さんは随分と私を叱っていた。当時は不満に思っていたけれど、今うーさんに言われて気がついた。
私は、捨てた私自身の事ばかり考えていた。お母さんはそれを叱ったのだ。怒ったのだ。捨てたことに怒ってるんじゃない。捨てられた側の気持ちを汲み取れと怒っていたんだ。クマさんがどんな想いで過ごしていたか。ベンチで寝ていたクマさんが目を覚ました時、目の前にいる私を見て、どんな感情を抱いたか……。
そこに全然考えが及ばなかった。クマさんのことを、キャラが掴めないとか言っていたが、一貫して私を大事にしてくれていた。側にいてくれた。常に味方になってくれていた。クマさんは私と接しながらも、心のどこかでまた自分を捨てて、どっかに行ってしまうのではないか? そんな不安を抱えていたんだ。
考えてみれば、あの契約書だっていい加減だ。あんなふざけた契約書があるだろうか? ここの管理人になるための契約書には、こう書いてあった。
『文字の森での永住権獲得方法は簡単で、ここの管理人であるクマさんのお手伝いをしましょう。以上』
『契約内容……この羊皮紙にサインをしたということは、あなたがこの文字の森の管理人候補になったことを意味します。そこで管理人になるにあたり、いくつかの約束事がありますのでご確認ください。
その一 文字の森の存在を誰にも知らせてはならない。そう、誰にも。
その二 文字の森の管理人はここから出ることを禁ずる。そう、絶対に。
その三 そのかわりここにある物は(コテージや木も含む)なんでも使ってよい。そう、なんでもね。
その四 文字の森に住む仲間たちと仲良くしましょう。そう、仲良くだよ』
特に後半の契約内容なんて、今冷静に考えれば、私が外に行かないようにと、私が文字の森で楽しく暮らせるようなことしか書いていない。それもクマさんのお手製っぽい……あの時は、私の心が一杯一杯で、余裕が無かったから気がつかなかったけれど、こんなの契約書なわけがない。
それに妙にサインを急かしていた。私の気持ちが変わらないうちに、サインをさせたかったに違いない。
そこまで考えが及んだ瞬間、体の内側がほんのりと暖かくなった気がした。これは気のせいだと思う。でも、それと同時にクマさんが本当に可愛く思えてきたのだ。
「うーさん。今すぐコテージに戻っていい?」
「ああ行っておいで。私は家に帰ってるから、クマの奴にもそう言っといてくれ」
うーさんはそれだけ言い残して、近くの草むらに消えていった。
私はうーさんを見送ると、ダッシュでコテージに向かう。
今までこんなに全力で走ったことが無いと言っていいほど、足を速く回転させる。途中で木の根っこにつまずきながらも、そんなこと気にしない。それぐらい気持ちが昂っていた。
早くクマさんに会いたい。抱きしめたい!
「クマさん!!」
コテージまで戻ってきた私は、後ろから思いっきりクマさんに抱きついたのだった。