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第十七話 キツツキのきーさん 3

「……」


 私は今自分のベッドに突っ伏している。見なければ良かった、確認しなければ良かった……と思うのは卑怯かな? 


 結局きーさんにネームタグは存在していて、そこにはしっかりと見覚えのある彼女の名前。これで確定してしまった。きーさんは、美香が持っていたぬいぐるみだった。つまり何故かこの森に私より先に来た彼女は、自殺という道を選んでしまった。


 今さら私に何か出来ることは無いけれど、それでも!! 無視は出来ない。見なかったふりは出来ない。喧嘩別れしたとはいえ、唯一の友達だったんだから……。でも、やれることはもうない。もう彼女はいない。ここにはもう……。


「いや! まだある!」


 私はベッドから飛び起きる。跳ね起きる。


 ここは文字の森。富士の樹海で自殺した人間の想いが、形となって生えてくる特殊な森! だったら、美香の木だってあるはずだ!


 私は急いで一階へ戻っていく。


「うーさん!!」


「な、なんだ? 疲れて寝るんじゃなかったのか?」


 うーさんは急に二階から駆け下りて来た私に驚き、手に持っていた大根を落とす。


「きーさんの持ち主の少女、自殺したって言ってたよね?」


「そうだけど……」


「それじゃあ彼女の木もここに……」


「無いよ」


「え?」


「無いと言ったんだ」


 うーさんはいつも以上に冷静な声色だ。そして端的に事実を伝えてくる。


「そんな……」


「お嬢ちゃんの反応から大体の事情は察したけど、無いんだ。彼女はこの”文字の森”で自殺したんだ。富士の樹海じゃない。この中で死んだ人の想いはどこにも留まらない」


 うーさんは冷静に、それでいて優しく説明してくれた。


 説明されて冷静になれば、そう都合よく行かない。この森に集まるのは”富士の樹海”で自殺した人の想いだけ。他の所で自殺した人の想いはやってこない。範囲が決まっている。どういう理屈なのかは分からないけれど、そうなっている。


「そう……だよね。ごめんうーさん」


「良いよ、別に。私は気にしない。もう寝なさいお嬢ちゃん。寝て少し頭の整理でもするといい。大丈夫、君が寝てしまっても世界は変わらない。焦る必要はない。死んでしまったその子の供養の仕方は、ゆっくり考えればいい」


「……うん」


 私はうーさんに諭され自室へ。先ほど二階へ上がるときより心なしか、体が軽く感じた。


 やっぱりうーさんはしっかり者だと、ハッキリわかった。まさかウサギのぬいぐるみに諭されるとは思わなかったけど、でも今回は助かった。ちょっと大人びているけど、実際の私はまだまだ十五歳の小娘。うーさんがもし人間だったら、一体何歳ぐらいなのかな? けっこう歳いってる気がする。


 私は再び自室のベッドにダイブし、そのまま一度も目覚めることなく、深い眠りに落ちていった。



 翌朝目が覚めると、私のベッドの前にはきーさんの姿があった。


「え、どうしたの?」


「うっす。おいらの持ち主について何か知ってるんすか?」


 私はきーさんの言葉に眠気が霧散する。


「どうして……」


 うーさんが何か話したのだろうか? でもうーさんのあの性格上、そういう事はしなさそうだし……ってことはクマさん? いや、知能が足りない。そもそもあの時寝てたから知らないはずだし。


「なんとなくっす。昨日先輩がおいらのネームタグを見てたの気づいてたので」


 寝たふりしてたのか……それなら疑うよね。っていうか先輩って私のこと?


「なんとなく断片的にっすけど、顔も朧気で名前も分からないけれど”いた”と思うっす。この森にその人が……」


 きーさんは大粒の涙をポロポロ溢し、私のシーツをびしょびしょにする。一体この体の、どこにそんな大量の涙を隠し持っていたのか不明だが、おねしょをした時並にシーツが湿っていく。


 きーさんの記憶はもう劣化していて(というよりきーさん自身が劣化している)美香のことは忘れてしまっている。それでも、大事な誰かが自分を迎えに来てくれたことだけは憶えていた。若しくは蘇ってきたのだ。


「うーんごめん。人違いだった。名前が同じだったけど、違う人だったみたい」


 私は、今自分にできる最大限の笑顔で嘘をついた。


「そう……だったんすね」


きーさんはそれを聞くと涙を引っ込め、お礼を言ってリビングに戻っていった。


 嘘はよくない。それは分かっている。だけど場合によっては、嘘は真実より優しい時がある。優しい嘘……これはきーさんと美香と私のための嘘。私がもうどうにも出来ない事から逃げるための嘘。きーさんが思い出し始めて、自身の記憶に苦しむのを防ぐための嘘。きーさんが苦しむのを望まない美香のための嘘。


 これらは私のエゴだけど、それでも時に人は嘘をつく。嘘をついて、それで全部が丸く収まるのであれば、それはそれで正解だと思う。誰になんと言われようと、私はそう思う。


「私も降りますか!」


 私は、布団の染みがおねしょでは無いことを証明するために、窓から差し込む日差しの位置にシーツを持っていく。


 きーさんが泣いたことも無かったことにする。きーさんはただ私に、おはようの挨拶をしに来ただけ。だからシーツが濡れているという事実そのものを無かったことにする。


「皆おはよー!」


 私は何事もなかったかのように一階のリビングへ降りていき、いつもよりやや明るく挨拶をする。


 リビングに出向くと、クマさんは今までの事をひたすらきーさんに謝罪し、きーさんはそれに戸惑っていた。きーさんは自分が何をさせられていたかの自覚が無いから仕方がない。


 そんなチグハグな光景の陰で、うーさんが腕組をして何やら考えていた。


「どうしたのうーさん?」


「お嬢ちゃんか。いや、あの木の封印をクマの奴がミスるとは考えにくくてな」


 そう語るうーさんの表情は真剣そのものだった。

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