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第十六話 キツツキのきーさん 2

「誠に申し訳ございませんでした。もう二度とあのような扱いはしないとここに誓います」


 ショックから立ち直ったクマさんは、きーさんの前で綺麗な土下座を披露していた。謝罪を受けている側であるきーさんはきーさんで、どうして自分が謝られているのか全く理解していなかった。


 肝心のきーさんがこれでは意味が無いと思ったが、クマさんは謝ることに必死できーさんの様子に気づいていないため、そのままにすることにした。


 何はともあれ、これで少しは労働環境が改善されることを願うばかりだ。私もいずれは何かしらやらなくちゃいけないし……。


「でもどうしてきーさんは、あんなに文句も言わずに突っつき続けるの?」


 クマさんが謝罪の後、ちょっと寝てくると言って自室に籠ってしまったので、どうして謝られたのか分かっていないきーさんに尋ねた。実際謎だし……。


「おいらかい? おいらには分かんないけど、何故かノーと言えないんだよ」


 きーさんはそう言って飛び去ってしまった。


 何か聞いちゃいけないことでも聞いてしまったか?


「気にしなくていいよ。もうきーさんは限界に近いんだ」


「限界?」


 私はうーさんの言葉の意味を図りかねる。


 限界とはどういう意味だろう?


「お嬢ちゃんも知ってると思うが、私達は皆元ぬいぐるみだ。そして捨てられたぬいぐるみに、富士の樹海で自殺した複数人の執念なり怨念なりが宿ったのが我々だ。だから性格などは運だな。どんな想いが入ったかによって変わる。そしてその性格の傾向は、どんどん尖っていく。時間とともに尖っていくんだ。だから彼は限界なんだ。私やクマの奴は、まだまだ新参者。後輩キャラをしているきーさんこそがここの最古参なんだ」


 まさかのきーさんが最古参!? 


「それって時間の経過と共に、うーさんやクマさんもどんどんおかしくなっていっちゃうの?」


 私はきーさんには悪いが、それどころではなくなってしまった。きーさんやうーさんも大事な森の仲間だけど、クマさんがおかしくなっていっちゃうのは耐えられない。せっかく再会できたのに、いずれ私のことも忘れたりしてしまうのかな……。


「私はともかくクマの奴は大丈夫だよ。アイツは持ち主に会えたからね」


「どういう意味? クマさんと私が再会したことに何か意味があるの?」


「あるとも。前にもここに女の子が迷い込んできた事があってね。それがきーさんの持ち主だったんだけど、彼女がここにいた間は、きーさんの劣化は止まっていたからね。だからお嬢ちゃんがクマの近くを離れなければ大丈夫さ」


 うーさんの説明を聞く限り、この森に自我を持って生活している元ぬいぐるみ達は時間の経過と共に、どんどん劣化していってしまうということになる。そして例外的に持ち主が側にいれば、その劣化は止まる。確かにそれならクマさんは安全だ。何せ私はここからいなくなるつもりはないのだから……。


「だったら……きーさんの持ち主は何処に行ってしまったの?」


 私は分かり切った質問をぶつける。答えなんて簡単だ。この森に入った人間は、契約してしまえば、形式上ではあるが文字の森からの脱出は禁じられる。ずっとこの森で過ごすしかないのだ。


「自殺だよ……。彼女は孤独に耐えられなかった。当時はまだクマも私もいないからね」


 自殺……。よりによってこの森で自殺。ここは富士の樹海で死んだ人の想いが集まる森。ここに居続けるというのは、言わば墓守に近い。そんな中で自殺をしてしまうなんて……でも、もしうーさんもクマさんもいなかったらと考えると、私もどうなっていたか分からない。そもそも自殺をしに来たぐらいなのだから。


「名前は何て言ったかな……きーさんから前に聞いたことがあったんだ。えーと、確か美香って名前だったかな?」


 うーさんの口から発せられたその名前を聞いた時、私の体に電流が走ったかのような錯覚に陥った。美香。美香ちゃん。私が喧嘩別れした唯一の親友の名前は美香……。


「それって何年前?」


 私は気づけば食って掛かるようにうーさんに詰問していた。


「お、落ち着きなって。確か八年かそこらだったはずだけど……どうした?」


 うーさんは私がいつもと違うことに気がついたのか、心配そうに見上げる。そうだ。まだ決まったわけではない。ただ年頃と名前が一致していただけじゃないか!


「ううん。大丈夫。ごめんね、なんか疲れたみたい」


 私はそれだけ言って自室に向かう階段を重い体を引きづりながら登っていく。本当に疲れたのは心で、体ではない。きーさんの持ち主が美香だったなんてことないはず。そんな偶然、出来すぎている。


 でも否定しきれない材料はあるのだ。私の記憶の中にその答えはある。私がクマのぬいぐるみを持っていたように、美香は美香で鳥のぬいぐるみを持っていた。なんの鳥だったかは憶えていないが、それでも確かに鳥だった。


「流石にキツツキのぬいぐるみじゃないと思うけど……」


 私は階段を登り切って、呟く。小学生の女の子が、キツツキのぬいぐるみを欲しがるとは到底思えない。というより売っているのを見たことがない。


 私がそんなことを考えながら廊下を歩いていると、ドアが開けっ放しになっている部屋の前を通り過ぎた。その時目に映った、横になっているきーさんを見て、閃いてしまった。思いついてしまった。きーさんの持ち主が本当にあの美香である証拠が、目の前にあることに気がついてしまった。


 世の中にはハッキリさせない方が良いこともある。それはよくある言い回しだ。小説にもドラマにも出てくる逃げの一手。救いの一手。でも私はここでその事実を有耶無耶にしたまま、この文字の森で墓守としての役目を全う出来るとは思わない。


「失礼しま~す」


 私は小声で囁き、部屋の中へ。疲れ切ったのか、ベッドの上でゆっくりと寝息をかいているきーさんに近づく。私と美香は同じおもちゃ屋で、それぞれのぬいぐるみを選んで、そのぬいぐるみに特注でネームタグを付けてもらったはずだ。確か六歳ぐらいの時だった気がする。私達の卒園祝いかなんかでお互いの母親が買ってくれたものだ。


 あのネームタグを見間違えるはずがない。あれは特注の限定品。もしもあのネームタグがクマさんみたいに残っていたら確実だ。


 私は深呼吸をすると、勇気を振り絞って、きーさんの脚の付け根を探る。もこもこの羽の中に確かな手応え、どう考えても羽では無いその感触に、背筋が寒くなる。後は確認するだけ。私は美香で無いことを祈りながら、羽の中からネームタグを取り出した。

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