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第十四話 悪い者 3

 リビングに戻るとクマさんとうーさんと……ごめんなさい誰ですか? 私は視線を泳がせる。見た目は完全に鳥のぬいぐるみ。いきなりここに普通の鳥のぬいぐるみがあるわけもなく、この鳥も当然クマさん達の仲間のはずだ。


「文香~紹介するね。キツツキのきーさん」


「よろしくお願いします!!」


 キツツキのきーさんは、その体躯からは想像出来ないほどの声量で挨拶をする。


「こちらこそよろしくお願いします。切株文香です」


 なんとなく運動部によくいる、頭の足りない新入りの後輩感がするが、彼は立派なキツツキのきーさんだ。


 というか今にして思えば、ウサギのうーさんにキツツキのきーさん。ちょっと名前が雑過ぎない? あまりにもストレートというか、よく言えばシンプル、悪く言えば安直。しかし、私も人のことを言えたものでは無いのかも知れない。切株文香って……文香はまあ良いとしても、切株なんて苗字そうそういるもんじゃない。そんな私が、切り株が定期的に発生するこの森に住むことになったのだから、中々に洒落が効いていると思う。


「でもどうしてこのタイミングで?」


 今から木を何とかしようというタイミングで、どうしてきーさん初登場? もっとこう、それらしいタイミングというのがあったと思うのだけれど、クマさん的にはどうなのかな?


「前に僕が、別の道具を持ってこないと無理って言ったの憶えてる?」


 私は静かに頷く。確かに言っていた。私がどうして今すぐそんな危ない木を切らないのか尋ねた時、クマさんは今は無理だと言っていた。その時に別の道具を持ってこないといけないと言ってた気がするけど、それときーさんに何の関係が?


「それとこれと何の関係があるの?」


「いや~あの木ね、僕の”一太刀で切れる斧”では切れないんだよね」


 クマさんは恥ずかしそうにそう弁明した。


 へ!? 切れないの? 一太刀で切れる斧で切れない? 斧なのに? 木を切れない斧の存在意義とは?


「だって斧だよね?」


「うん斧だね」


「じゃあなんで切れないの?」


「僕のこの斧はね、切れる物しか一太刀で切れ無いんだよ」


 うん。それは知っている。前にも同じような説明を受けた気がする。


「でも木だよ?」


「なんで切れないのかは、僕にも分かんないんだよね~斧で切れる物は一太刀で切れるけど、斧で切れ無い物は、何度やっても切れないんだ。傷一つ付かない」


 つまりクマさんの一太刀で切れる斧は、切れる物なら一太刀で切れるけど、切れない物は切れない。しかも普通の斧と違って、傷が付かない。一か〇かの能力ということか……使いにくいったらない。これじゃあ下手したら、普通の斧の方が使い勝手が良いのでは?


「それは分かったけど、どうしてきーさんなの?」


「きーさんの能力なら切れるんだよ」


「そうなの?」


 私は、クマさんの肩にとまっているきーさんに尋ねた。見た感じ絶対無いと思うんだけど……まあでも見かけで人を判断してはいけないって私は学んできたはずだ。隣に立っているうーさんだって、ウサギなのに大根が好物なんだ。多様性バンザイ!


「木を切るのは得意っす!」


 きーさんの答えは単純明快。


「それじゃあとりあえず行こうか。一番の容疑者の所へ」


 クマさんは絶妙な言い回しで、あのトラロープで封印したはずの木に向って歩き始めた。

 それにしても容疑者って……。


「クマの奴が見つけて封印した木だけが、元凶とは限らないからな」


 私の心の内を読んだかのように、うーさんが耳打ちしてきた。うーさんは緊急時のための備えなのか、繰り返し使える爆弾を手に持っている。

 正直誤爆してしまわないか心配で怖いんだけど。


「あれだあれ。あったあった」


 先頭を行くクマさんは、きーさんを肩に乗せながら小躍りしている。


「封印はどうなってるんだ?」


 喜ぶクマさんを尻目に、うーさんが冷静に件の木をじっと見る。


「ちょっと見てみるね~」


 クマさんは小躍りしながら木の周りを一周して、私達の前に戻ってきていた。


「どうだった?」


 私は恐る恐る尋ねる。


 するとクマさんはいきなりその場に崩れ落ちたかと思うと、土下座の態勢をとり、頭を下げる。


「トラロープ封印ミスってました。申し訳ございません。昨晩の件は、私めの不手際により生じたものですので、後日改めて謝罪の意を表明させていただきたく……」


 土下座をしたクマさんは、突然謝罪会見を始めた。というかクマさん、ちゃんと喋れたんだ……。


「封印をミスった? クマが?」


 うーさんはいまいち腑に落ちないといった様子だが、ミスったと本人が言っているのだからそうなのだ。クマさんだってミスすることもある。なんなら普段の生活でもミスは散見されるので、むしろでしょうねという感想でしかない。


「おいらがこの木を切ればいいっすか?」


 きーさんは、この場の空気やら流れやらを全てぶっちぎって話を進める。後輩キャラを演じてはいるが、ある意味大物なのかもしれない。


「うん。そうだね頼むよ」


 いつの間にか土下座記者会見モードから復帰したクマさんが、きーさんに指示を出していた。なんという変わり身の早さだろうか。ここまで早いと、最初からこの流れを狙っていたのではないかという疑惑が、私の中で生まれてしまう。


 クマさんはそっと未完成だったトラロープ封印を解くと、きーさんが昨晩悪い者を生み出した木に、キツツキのように(ようにではなくキツツキだけど)幹に爪をぶっ刺してとまると、異常な速度で、そのご自慢の嘴で木を突っつき始めた。


「あれは何をしているの?」


 私はあまりに異常な光景に説明を求めた。流石に意味が分からない。


「あれがきーさん特有の能力、全自動ハンマーさ」


「全自動ハンマー?」


 説明を聞いても分からないことって、世の中にあるんだな~と身をもって経験した。全自動ハンマーって何? きーさんってキツツキだから突っつくのは分かるんだけど、ハンマーじゃないし、全自動でもないはずだ。


「そうさ。きーさんはあのまま、何時間でも突っつくことが出来るんだ。前に疲れないのか聞いたら、全然余裕っす! って言ってたからあれは全自動なんだよ」


 クマさんは、もう説明義務を果たしたつもりなのか、いつの間にか持ってきていたブルーシートを広げ始めた。ピクニックでもするつもりらしい。


「実はあれは全自動じゃないんだ」


 うーさんはこっそり私に教えてくれた。


「じゃあなんで疲れないの?」


「あれは単純に、きーさんに根性があるだけだ」


 つまり疲れていないわけじゃなく、運動部の後輩というキャラ付け上、疲れただなんて口が裂けても言えないらしい。

 あまりに不憫だ。


 そんな彼の本心などどこ吹く風、クマさんはブルーシートを広げて、持ってきたハチミツをぺろぺろ舐めている。


「ねえクマさん。きーさんのあの、全自動ハンマーってやつなら本当にあの木は切れるの?」


 一番大事な事を確認しなければ。斧で切れないけど、キツツキの突っつきなら切れる木など、聞いたことがない。


「切れる切れる。ああいう木が出来てしまったら、いつもきーさんに頼むんだ~。きーさんの突っつきは一ミリもずれがなく、全く同じ場所に、秒間十回のペースでハンマーを叩きこむことが出来るんだ。だからどんな木だって耐えられないのさ」


 クマさんは、出来る後輩を見る先輩面をして説明する。ふてぶてしいというか、なんて他人任せなクマさんなのでしょうか。


「どのくらい時間かかるの?」


 私は何気なく聞いてみた。そして聞いたことを後悔した。


「大体八時間ぐらいかな?」


 クマさんはさらりと恐ろしいことを口にした。全自動ハンマーだと信じてやまないクマさんは、なんてことはないと言いたげだが、事情を知っているうーさんは遠い目をしている。


 そして答えを聞いた私は心の中で、フルタイムかよ! っと叫んでいた。

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