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第十三話 悪い者 2

「どうするの?」


 私は肩を押さえるクマさんに問いかけた。


「良いから……静かに。とりあえず電気を消そう」


 クマさんはそう言って電気を全て消す。


 ピンポーン!


 もう一度チャイムが鳴らされる。


 そしてガチャガチャとドアノブを動かす音。一体何者なのだろうか? ただ一つ言えるのは、普段おちゃらけているクマさんとうーさんが、今回ばかりは真剣な顔をしている。つまりそれだけ緊急事態ということになる。


「喋ったらダメだよ?」


 クマさんは再び耳元で囁く。喋ろうにも口はクマさんの手で塞がれていた。


 そのまま気まずい空気が、コテージ内を充満する。誰も喋らない。誰も動かない。物音一つ立てない。今耳に届く音は、雷鳴と雨音と、外の何者かがドアを開けようとする音だけだ。


「このままやり過ごすよ? 大丈夫。このドアは破られない。そういう造りだからね」


 クマさんは私を安心させるように笑いながら囁いた。


 しばらくすると、ドアをガチャガチャする音は鳴りやみ、雷雨も引いていった。もう諦めたのかな? もう音はしない。雨も止んだ。うーさんはその長い耳を、レーダーのようにあっちこっちに向けている。その姿はまさにウサギだった。


「どう? もう帰ったかな?」


「ああ。もう消えたね。明日あたり探した方が良いんじゃないのか?」


 クマさんが安全を尋ね、うーさんが今後の方針を提案する。ようやくこの二人が、ただの友人を越えた森の仲間なのだということを実感した。今の二人からは普段の雰囲気は皆無で、こんなシリアスなやり取りが出来るのかと思うぐらい真剣だった。


「もう喋っても良い?」


「ああ! ごめんごめん文香。もう良いよ~」


 クマさんは私の存在をやっと思い出したのか、私の口と肩から手を離す。


 私は新鮮な空気を大きく吸って深呼吸すると、ほとんど真っ暗なコテージに明かりを灯した。


「それで、さっきのは何だったの?」


 トークの許可が出た私は、まずこれを尋ねる。いろいろ気にはなるけど、まずはこれ。さっきの現象は一体何だったのか。


「さっきやって来たのはあれだよ”悪い者”だよ」


 クマさんはさらりと説明した。悪い者は、以前クマさんから聞いた話だと、この文字の森で生えてきてしまった木が、そのまま成長してしまうと発生することがある、良くない者。その正体についてはなんとなくはぐらかされた気もするけど、確か幽霊みたいなものって話だった。


「じゃあどっかに悪い者の原因となった木があるってこと?」


「うん。そうだよ? でも文香はもう知ってるでしょ?」


「知ってるって、私が?」


「そうそう。あの木だよ。僕がトラロープで封印してたあれ」


 そこまで言われて思い出す。つい先日の話なのに、新しいことが多すぎて、頭の片隅に追いやられてしまった。クマさんが特別な何かが必要とか言って、トラロープの封印を施したあの木。だけどあれって、封印したから大丈夫って仰ってませんでしたっけ? クマさん?


「なんだ。もう木は見つけていたのか。じゃあ明日様子を見に行こう」


 話を聞いていたうーさんはそうして明日の予定を定め、キッチンにやって来た。


「明日やることも決まったから食べよう!」


 なんて能天気な……でも、これぐらいの方が良いのかも知れない。


「分かったからちょっと待ってよ」


 私はうーさんにつられてキッチンへ。普段はクマさんよりも常識人ぶるうーさんだが、こういう子供っぽいところもあるのかと思い、食事の準備をし始める。


 そんな私達を黙って見ていたクマさんは、やがてにっこりと笑みを浮かべてキッチンへとやって来た。






「クマさん! 今日は行くんでしょ?」


 翌朝、私は珍しく寝坊していたクマさんを叩き起こしに来ていた。


 初めて入るクマさんの部屋は割と質素で、必要最低限のものしか置いていない。私が、寝ているクマさんを起こすためにベッドに近づくと、クマさんの枕元のちょっとしたスペースに、写真立てが飾ってあった。


「悪いけど見ちゃうよ~」


 私はクマさんの起床よりも、写真を見ることを優先した。


「え……これって」


 私は写真を見て言葉を失う。写真にはまだ小さかった私が、クマさんを大事そうに抱えて写っている写真だった。一緒に写っているのはまだ若かった母親だ。私と同じ黒縁メガネで、キッチリとした白いシャツに、黒いタイトスカート。いかにも神経質そうな懐かしい顔が、小さかった頃の私と並んでいた。


 どうやって入手したかはもうどうでもいい。でも私に捨てられたクマさんが、私達の写真をずっと大事に飾ってたとは……なんて言えば良いのかな? クマさんはどんな気持ちで、毎晩この写真を見ていたのだろう?


「あ~見ちゃった?」


「ク、クマさん!?」


「懐かしいでしょ~」


 てっきり怒られると思っていた私は、予想と違う態度に拍子抜けしてしまった。クマさんはそんな私に目もくれず、ゆっくりとベッドから這い出ると、ストレッチをし始めた。


 元ぬいぐるみというか、現在進行形でぬいぐるみなんだから、寝起きで体が固いとか無いと思うんだけど? 意味あるのかな? でもなんだか気持ちよさそうにしているから、別にいっか。


「ねえクマさん。ストレッチも良いけど、そろそろ行くよ? 悪い者の元凶の木を、なんとかするんでしょ?」


「そうだね。もう行こうか」


 クマさんは唐突にストレッチをやめて部屋から出ていった。


 本当になんというか、全てが突然というか、クマさんの行動には継続性や一貫性が無いから戸惑うのか。


 私は冷静に分析した後、クマさんの後を追って一階のリビングに向かった。

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