「今日は雨だね~」
私とクマさんは、ソファーに座ってだらけていた。もう少ししたらうーさんもやって来るそうで、天気も悪いためコテージの中でだらけると決めたのだ。
外の天気は最悪で、私がこの森に来てからもっとも悪い。空はドス黒く、その分厚い雲の隙間から時折黄色い閃光が顔を覗かせる。そして大粒の雨が地面を激しく叩いていた。
「この天気でもうーさん来るの?」
私は疑問を呈す。
正直こんな天気なら家から出ない方が良い気がするのだが、それでもうーさんはやって来るらしい。ありがたいことに、うーさんは私の作る大根料理が大層気にいったらしく、定期的に食べにくる。定期的にというより、二日に一回はやって来るのだから、ほとんど同居人と変わらない感覚だったりする。
「来るとは思うけど、本当は家にいたほうが良いかも知れないな~ここまで荒れた天気は滅多にないからね。だから文香」
「うん?」
「文香は絶対にここから出たらダメだよ?」
「う、うん。分かった……」
クマさんが珍しく真剣な顔で念を押す。言われなくてもここから出るつもりはない。頼まれたって引きこもります。
外は雷鳴が雨音と共に響きはじめ、たまに雷がどこかに落ちたような音がした。
ピンポーン!!
その雷の音に負けない程の音量で、コテージのチャイムが鳴る。
「はいはーい!」
クマさんが立ち上がり、せっせと玄関まで走っていった。
うーさんは、毎回律儀にチャイムを鳴らしてドアが開けられるのを待っている。普段鍵など掛けていないので、勝手に入って良いよと言っているのだけど、そこはうーさん的にはダメらしい。
「いや~酷い雨だよまったく!」
入ってきたうーさんはそれはもう酷い有様で、強い風と雨に打たれヘロヘロになっていた。雨に晒され続けたせいか、元ぬいぐるみであるうーさんはぶよぶよになってしまっている。
「とりあえずこれ使って!」
私は急いでお風呂場からタオルを持って、うーさんにパスする。うーさんがそのタオルで自身を巻くと、今度はクマさんがタオルの上からうーさんを持ち上げて、風呂場に直行する。
「お風呂入るの?」
というかうーさんとクマさんってお風呂入るのかな? 見たことないけど……。
「違う違う。絞るの」
へ!? 絞る? 絞るってうーさんを?
動揺する私を他所に、クマさんはうーさんを抱えてお風呂場に消えていった。
私はちょっと気になり、閉じられた洗面所のドアの前まで移動し、聞き耳を立てる。中から二人の話し声らしきものが聞こえてくるが、何を話しているかはいまいち聞き取れなかった。
「ぎいゃあああああ!!!」
聞き耳を立てる私の耳に、とんでもない声が聞こえてきた。前にクマさんがハチミツを取りに行った時と同じような悲鳴だが、今回の声はうーさんのものだった。一体クマさんに何をされたんだろう? 気になってしょうがない。
「今回は行くよ?」
私は意を決してドアを開ける。前のクマさんの時は、行くなとうーさんが止めたけど、今回は私を止める者はいない。
ドアを開けると、雑巾のように絞られたうーさんが、ゆっくりと自身の体を元に戻している最中だった。
「その……大丈夫なの?」
いくら元ぬいぐるみだとは言っても、扱いが酷い気がするのだけど……。そうした私の感想を他所に、捩じれた体を元に戻したうーさんは、洗濯機の横に設置された乾燥機に自ら入っていく。
うーさんが中に入ったのを確認して、クマさんがスイッチを入れる。
すると乾燥機はドラム式だったのか、ガコンという音を立てて回り始める。私は乾燥機の前まで移動して中を見ると、無表情の切ない顔をしたうーさんがグルグルと回っていた……。
「いやあ~酷い目に遭った」
乾燥機から出てきたうーさんは、そう言いながら体を伸ばすためにストレッチをしている。
だから今日みたいな天気の日ぐらい、家で大人しくしとけば良いのに……私は口から出かかった言葉を飲み込み、ホットミルクを洗いたてのうーさんに差し出した。
「ありがとさん」
やや古い言い回しで受け取ったうーさんは、勢いよくホットミルクを飲み干してしまった。飲み干した直後、うーさんの頭の上から湯気が立ち昇っている。
「熱くないの?」
「いやいやこの熱さが良いんじゃないか」
うーさんはそう言ってソファーにダイブする。
少々ディテールは違うけど、考えてみれば風呂上がりに牛乳を一気飲みしてソファーでだらけているだけなので、なんの問題もない。無いと思うことにする。
ふと気になって、さっきから黙っているクマさんの方を見ると、クマさんは降りしきる雨の中、何かを見つけたのか窓からある一点を見つめている。
「どうしたの?」
「ううん。何でもないよ~さあ文香、ご飯にしよう!」
クマさんは何事もなかったかのようにこっちを振り返り、私の背中を押してキッチンに移動する。押されながらチラッと後ろを盗み見ると、さっきまでクマさんが見ていた窓には、カーテンがきっちりと閉じられていた。
私は妙な胸騒ぎがしていたが、文字の森での経験値で言えば、私はこの中でダントツの最下位なので口にしなかった。何より本当に危険なら、クマさんが何かを言うはずだ。
「クマさんは出来た?」
私は大根の煮付けとソテーを、皿に盛りつけながらクマさんに尋ねる。うーさんはさっき洗ったばかりなので、ソファーに横になってくつろぎ、私とクマさんが広めのアイランドキッチンで、思い思いに夕飯の支度をしていた。
アンダー農園のお陰で、土に植えられる食物はほとんどなんでも手に入るため、基本的には野菜生活になる(うーさんがいる日は大根メイン。ニンジンを出すと、耐えられないのかやや不機嫌になる)が、米や小麦なども採れるため意外とメニューのバリエーションは豊富だったりする。
ピンポーン!!
そんな時、コテージのチャイムが大きく鳴り響いた。
一体誰だろう? ここには私とクマさんとうーさん。他にここを尋ねてくる人なんて知らない。もしかしたら、私がまだ会ったことない森の仲間なのかな? だったら入れてあげないと可哀想だよね?
私はフライパンを手放して、ドアに向かおうとするが、クマさんに肩を掴まれた。
「絶対に開けちゃダメだよ」
耳元で囁くクマさんの声はいつになく真剣だった。
「え……どうして?」
「たぶん招かれざる客だからだ」
私の疑問に答えたのはクマさんではなく、いつの間にかソファーから立ち上がっていたうーさんだった。
ピンポーン!
そうこうしているうちに、もう一度チャイムが鳴らされた。