「それで、クマさんは何を作ってたの?」
私は話を変える。何を作っていたのかについて興味があったのは本当だ。
「これだよこれ」
クマさんが手に持っていたのは、小さなスプリンクラーの先端だった。
使い道が全くもって分からない。先端だけでは意味がない。スプリンクラーの先端の下半分は、中央の突起部分を除けばほぼ平らで、その反対側がドーム状になっており、ドームのあちらこちらにハチの巣の如く無数に穴が開いている。おそらくあそこから水が出る仕組みのはずだ。
しかし悲しいかな、何度見ても先端だけでは意味がないと思う。その先端まで水を引っ張ってくるホースなりなんなりが必要だが、その姿は見えない。だいたいこの畑には水源がない。蛇口もないのだから、仮にホースがあったとしてもコテージから引っ張ってくるはめになる。
「それじゃあ水は出ないんじゃない?」
「出るさ。きっと出るんだ」
クマさんは私の言葉など意に介さず、スプリンクラーの先端を畑の中央に設置する。平たい方の突起を地面に差し込み、少し離れる。
するとどうだろう。畑に置かれたスプリンクラーの先端はゆっくりと回転を始め、ハチの巣状の穴から水が勢いよく吹き出し、大根畑を潤していく。
「ほらね」
クマさんは満足そうにスプリンクラーを見つめている。
一体どういう事かな? だってあれ地面に刺しただけだよね? 水はどっから?
「ねえ、その道具達って魔法なの?」
私は年甲斐もなく、魔法などというオカルトを口にする。ここまで来たら、いっそのこと魔法だと言ってくれた方が遥かに気が楽だと思う。元ぬいぐるみの喋るクマさんや、文字の森の木々達なんて、思いっきり神秘の類だろう。
「魔法? 魔法では無いとは思うけど何だろうね? 僕にも分からないけど、これらは自殺してしまった人の想いだよ? 彼らの想いが枯れた時に、この水も枯れてしまうんじゃないかな?」
「魔法ではなく想い……」
「でもきっと枯れないと思うよ。死んでしまった彼らは、ずっと同じ時間を繰り返すんだからね」
クマさんは、おっとりとした口調で鋭いことを口にするから厄介だ。しかしそう純粋に信じられるのは彼の強みだと思う。
何が「人間のことを教えて」だ。私なんかよりよっぽど知っているじゃないか。
「人間の女がいる!?」
急に聞いたことのない声が背後から聞こえてきた。
振り返ると、そこには私の膝くらいの大きさのウサギが立っていた。いや、ウサギというよりもまるで……。
「お~うーさん。もう来たんだね。大根ならもう収穫できるよ」
「そうかい。ところでそこのお嬢ちゃんは?」
うーさんと呼ばれたウサギは、私を指さす。よっぽど人間が珍しいらしい。
「彼女は切株文香。ここで一緒に暮らす仲間だよ。契約書にもサインしてもらった」
「え!? お嬢ちゃんあの契約書にサインしたの!?」
うーさんは今度は私に向かって声を張り上げた。
「うん。でも大丈夫。私には帰るところなんて無いから」
「そう……まあ元気出しなよ。落ち込んでたって良いことないんだから」
それだけ言い残すと、うーさんは大根を一本持って立ち去ってしまった。
別に落ち込んではないんだけど……でもまあ励ましてくれたんだろうし、心配もしてくれたんだろう。良い人……いや、良いウサギだった。
それにしてもウサギか……ウサギって大根食べるの? ウサギといえば人参じゃないの?
なんで大根? それになんだかぬいぐるみっぽかった気がする。
「クマさん、あのウサギさんは誰?」
私は説明を求める。説明無しに納得できるほど薄いキャラではない。あんなにおかしな住民ばかりがいるのかな? この文字の森とやらは。
「あ~彼はウサギのうーさん。元ウサギのぬいぐるみで、ニンジンが好きというのでは捻りが足りないと思って、大根が好きなひねくれ者なんだよね。物知りだけどちょっと偏屈なのさ」
「一緒には暮らさないの?」
いろいろツッコミどころ満載の説明ではあったが一旦置いておこう。
「彼は一人が好きなんだ」
あれ? ウサギって寂しいと死んじゃうとか言わなかったっけ? もしかしてそれも捻ってるのかな? 本当は寂しいけど我慢してるとか?
「じゃあご近所さん?」
「そうだね~ここから歩いて十五分程のところにある、大岩を爆破して暮らしているよ」
大岩を爆破してそこに暮らす!? 中々にデンジャラスなウサギ。逆らわない様にしておいたほうが良さそう。爆破されてはたまらないもの。
「爆発って、それも道具?」
「そうだよ。あれは彼しか扱えないけどね……」
一瞬クマさんの視線が空に向かった気がしたが、すぐに回り続けるスプリンクラーに目を向ける。
彼にしか扱えない道具? それに元ぬいぐるみ? 分からないことだらけだが、この森の住人を一人知れたのは良かった。たとえそれが元ぬいぐるみのウサギで、大根が好きだったとしても問題ない。
「ああ! もう止まってくれ~」
クマさんは慌ててスプリンクラーを止めに入る。想像よりも大量に水をばら撒いているため、畑が水浸しになり始めていた。
「大丈夫なの? これ?」
私は顔を覆っているクマさんの隣にしゃがみ込み、大根を見る。結構育ってるし、もうこのまま根っこが腐らないうちに回収した方が良さそう……。
「重労働ね」
私はうなだれるクマさんの背中を軽く叩き、立ち上がる。クマさんも諦めたようにゆらりと立ち上がる。
「さあ収穫よ!」
「頑張りまーす!」
クマさんは突然やる気を出した私に追従するように、腰を屈めて大量の大根の収穫を始める。なんでクマさんがうーさんの大根を育てているのか
こうして私の文字の森での二日目は、大根の収穫で終わったのでした。