「どこまで行くんですか?」
私は同じペースでキビキビ歩くクマさんに尋ねる。
「う~ん? 今日伐採予定の木の所まで」
クマさんは当たり前だろ? 的なテンションで答える。クマさんが木を切るの? なんで? というか私の同伴は決定事項なの?
「なんで私が?」
「え? だってここで暮らすんでしょ?」
え? そうなの? そんなこと言ったっけ私? どっちかというと暮らすとは反対で、死にに来たんだけど……言っても無駄そうだね、このクマさん。
私は黙って頷き、黙々と前を行くクマさんに続く。
傍から見たら相当おかしな構図だと思う。ねじ曲がった木々の森の中、二足歩行のタオル地のクマさんと、その後をついて行く死にたがりの少女。
どう考えてもおかしな構図だけど、別に構わない。私はここで死ぬつもりなのだから、多少おかしくても全然平気! むしろ大歓迎!
「これだよ」
そう言って立ち止まったクマさんの目の前には、信じられないほどねじ曲がった木が生えており、よ~く見ると漢字の「不」に見えなくもない。
「これ何の文字か読める?」
「漢字の不ですか?」
「ピンポーン!!」
クマさんは心底嬉しそうに、その場で小躍りし始めた。その巨体をブルブル震わせながら、全身で喜びを表現している。
テンションというかなんというか、いまいちキャラが掴めないクマさんである。ぱっと見は着ぐるみというかぬいぐるみっぽくて可愛いのだが、時折おっさんみたいな仕草もするし、そうかと思えば子供のようにはしゃぐし……変なクマさんだ。もっとも喋るタオル地のクマという時点でだいぶおかしいのだが。
「これを切るのですか?」
私は目の前に生えている「不」の木をまじまじと見る。普通木を伐採する場合、目的は二つだと思う。一つは場所を開けるため、そしてもう一つは木を木材として利用するため。
そして今目の前にある木は、一本だけ。それも細くねじ曲がっていて、高さもクマさんの身長ぐらいしかない。
だから場所を開けるためとは思えないし、木材として使用するにしても、細すぎるしねじ曲がっているしで、まともに使えそうにない。一体何のために切るのだろう?
「うん。そうだよ」
クマさんがそう言って両手を叩くと、空中から一本の巨大な斧が出現した。その斧は私の背丈ほどの大きさがあるが、クマさんは軽々と片手で持っている。
「今のなんですか!?」
私はその斧の大きさもそうだけれど、一体どこから取り出したのかに驚く。だってそうでしょう? 普通手を叩いたって空中に斧なんて出てこないでしょう?
「な~に驚いてんの? クマが二足歩行で喋ってんだから、斧だって空から出てくるでしょうよ。いちいち驚かない」
クマさんは、変な子っとでも言いたげな視線を私に送る。
えっ! これって私が悪いの? 私が変なの? まあでも彼の言う通り、二足歩行の喋るタオル地のクマがいれば、そりゃあ手を叩いたら空から出てくる巨大な斧もあるか。そうか……そうよね? うん。きっとそう!
私は無理矢理納得した。いちいち驚いてたんじゃ、身が持たない。
「何のために切るのですか?」
私は驚くのをやめて、冷静に目的を尋ねる。
無意味な森林伐採は止めなくては! という謎の正義感が湧いてきて、尋ねずにはいられなかった。
「理由? あ~それはね、この木が持ってる特性が欲しいんだよね。次に作る道具に使いたい」
この木の持ってる特性? 特性ってどういうことかな? 材質のことを言ってるのかな?
「危ないから下がっててね~」
クマさんが片手で私を後方に下がらせる。
「それ!!」
巨大な斧を構えたクマさんが、掛け声とともにその斧を振りぬくと、目の前の木は横一線、真っ二つに切れてしまった。まるでバターを切るかのように、あっさりと一発で切ってしまった。
「よしよし取れた取れた! これで新しい倉庫の鍵が作れるぞ~今使ってる鍵は勝手に開いちゃうから困ってたんだ」
そもそもからして木で鍵なんて作れるのか? というより勝手に開いちゃう鍵って何なのだろう?
「さーて、家に帰ろうか!」
クマさんはそう言って切った木を、ずるずると引きづりながら歩き出す。
どうしよう。全くもって脳がついていってない。理解が追いつかない。死を決意するとこんな不思議な体験が出来るのかと、変な考えが頭をよぎった。
しかしそんな思案をする暇もなく、私はクマさんの後を追って白樺のコテージに向かう。
「今日はもう遅いからこの辺にしとこうかな」
空を見上げると確かに日が傾き始めていた。もう五時くらいかな?
クマさんは、切った気を白樺の柵の内側に放り投げると柵の出入り口を閉める。閉めた後、鍵のチェックまでしている。もしかしてさっき言ってた倉庫ってここのこと?
見渡せば、確かにここにある建物はあのコテージだけで、それ以外だとこの柵しかない。どうやらここがクマさん的には倉庫らしい。
「そんなにチェックしなくても、こんな所に誰か来るんですか?」
「うん? ああ~結構いろんなのが来るんだよここは。良いのから悪いのまでね」
クマさんは意味深なため息をついて、そう答えた。
「それにしても……」
「何ですか?」
クマさんは盛大なため息をついて、彼が昼間寝ていたベンチに腰掛ける。
「人間ってさ、よく自殺するよね~僕の身にもなって欲しいよまったくさ……」
「急にどうしたんですか?」
一瞬私のことを言われてるのかとも思ったが、どうやらそうでもなさそうだった。じゃあ一体どういう事なのだろう?
「さっき切った木もそうだけど、この文字の森の木はねえ、この外側に広がっている富士の樹海、君達人間は自殺の名所とか呼んでるよね? そこで死んだ人の数だけ生えるんだ」
「それって……どういうこと?」
私の脳は再びフリーズした。だってそうでしょう? いきなりそんなことを言われても、理解できるわけがない。
「どういう事も何も、そういう事なんだよ。世の中全てに理由があるなんて考えない方がいいよ」
クマさんから、とても含蓄のあるお言葉を頂いた。やっぱりキャラが読めないな~このクマさん。
でも仮にそうだったとして、どうしてこの森の木々は変な形にねじ曲がっているんだろう? 自然界ではありえない形をしている。
「そもそもこの場所はなんなんですか?」
私は自由奔放なクマさんに説明を求めた。