「ここがわたしの屋敷です。さあ遠慮なさらずお上がりください」
あの橋の上で新しい恋人――と言ってもまだあのクソ女と縁を切り切れてないので仮だが――が出来た俺は、らいらに連れられて彼女の家へとやってきた。
でけぇ……!
いくら屋敷にしたって、大きすぎるだろ。
まず庭が広い、高校の校庭よりもよっぽどだ。そしてその中央には屋敷があって、それが校舎かってくらいでかい。
街で一番でかい私立小学校に通っているからお嬢様だとは思っていたが、ここまでは予想外だ。
予想外と言ったら、そもそも浮気された翌日に新しい恋人ができた時点で予想外だけど。
「おかえりなさいませお嬢様」
玄関をくぐると、メイド姿の女性が1人出迎えてくる。美しい人だな。
大豪邸で働くメイドさんだけあって、俺とは比べるものにならないぐらいに品を感じる。見た目だけじゃない、佇まいがもう美人なんだ。
「ただいま戻りました、アーリさん。早速だけれどこの殿方を客間へと案内して上げてくださいな」
「はいかしこまりました。ご友人の方ですか?」
「フィアンセです。ついさっき恋人となりました」
「そうですか、おめでとうございますお嬢様」
上流階級の会話というものは少し会話をしただけで気品が溢れるものなんだな、知らなかった。
まるでその二人の周りにだけ花が咲いたような、エレガントな雰囲気に溢れてる。
しかしフィアンセか。そうやって誰かに紹介されると鼻が痒くなるな。
「では甲斗さま、私は自室で着替えてきますので。こちらのアーリさんに客間まで案内されていただけますか?」
「ああ、わかった大人しくしてるよ。いってらっしゃい」
「いってきます。……その前に少ししゃがんでいただけるでしょうか?」
「こう?」
「はい。……ふふ、では行って参ります」
彼女の視線に合わせた時、俺の頬に柔らかいものを感じた。
キスされてしまっていた。柔らい……。
照れたように笑いながら、彼女は自分の部屋へと向かって行った。
「仲がよろしいですね、私もお嬢様のメイドとして応援させてもらいます」
「ああ、これはどうも。あ、俺甲斗です。殿島甲斗。よろしく」
「これはご丁寧に、私の名はアーリ・エルシーノと申します。これから長い付き合いになると思いますので、どうかよしなに」
「はい、こちらこそ。……長い付き合いか、なれるかな? 捨てられないだろうか」
「まさか。一目でわかりました、貴方様はきっと他人を思いやれる方。お嬢様は色眼鏡での付き合いを好みません、だからお屋敷に案内したのだと思います」
「そうですか。いや、そうですね。ありがとうございます」
「いえいえ。それでは客間までご案内いたします」
今日は初対面の人間に励まされてばかりだな。
アーリさんの後ろ姿を見ながら、客間とやらまで素直に案内されてみる。
しかし後ろ姿まで美しい。
俺みたいな庶民が本来訪れるはずが無いだろう、豪華な客間で待って数分。
その一枚だけで、俺の部屋の一年間の家賃くらいまかなえるんじゃないだろうかと思えるような豪華な扉が開かれる。
「お待たせしました。くつろいでいますか甲斗さま?」