銃器保管庫の中。貸出カードを手にした翔子は「護城」の保管庫の前で立ちつくした。
三年前に発砲した拳銃が、ガラス越しに黒く光っている。逡巡した挙句、彼女はカードをしまって退出した。
幸田と翔子が廊下を走る音が、真代のいる第一取調室まで響いてくる。
「二手に分かれる。護城はパトで高速。俺は白バイで下道を行く」
この声は、あのマル暴だろうな。
「はい」
そして、あの婦警か。あたしたちの意図は気づかれたかもしれない。だが、あたしはもう一枚ジョーカーを握っている。
また腕時計を見る。
「でも、もう手遅れだ。最後の秘密は守った。あの子は捕まらないよ!」
赤羽真代は、廊下に向けてそう叫んだ。
警察車両駐車場に出た時、パソコンの表示通り大荒れの天気だった。
翔子はパトカーに乗り込もうとして、思い止まった。
(赤羽さんは、午後から降り始めたこの大雨を知らない)
手遅れではなくなる可能性が出てきたのだ。翔子はドアを閉めて踵を返す。
成田空港の滑走路は、荒天のため離発着機の渋滞が始まっていた。
到着ロビーのボードには「遅延」表示が並んでいく。
上海発の便も一時間以上遅れている。おそらく上空で旋回しながら、着陸の許可を待っているのだろう。
待合席で、じっとボードを見つめる女性がいた。
彼女の周りを、複数の空港警察官が巡回していく。
―22歳、やや小柄。写真データの男を、見つけ次第…確保…。
そんな指示が警官の無線からこぼれてくる。女性の口元が、苦笑いする。
(22歳の、男、か)
刑事課長室。インカムをつけた千春が各所と連絡を取り合う。
「名倉班長」からの着信灯が光る。
―空港警察には浪岡の顔写真を送りましたが、現時点で該当者なしです。取越し苦労の可能性もありますね。
「それならそれでいい。でも、顔写真か。この事件、初動からそれに振り回されてるからね。それと、性別。女性であっても、チェックするように要請して」
―あ、そうか。浪岡はオカ…いや、トランスジェンダーでしたね。女装している可能性もあるのか。
千春はあらためて、満生の顔写真を見た。
(総合病院の院長の息子、か)
浪岡満生のアイデンティティーを再構築しなければならない。
雨の通勤時間帯ということで、京成スカイライナーの車内は混雑していた。パトを捨てて確実な交通手段を選んだ翔子は、満員の乗客にもまれる。
(亜美と満生君は…似ている」
なぜかそんな想念に捉われて、さまざまな映像が脳裏をよぎる。
市川に人質に取られた亜美とレイプされる満生が重なってしまう。
そこへ、ロビーで手を握ってきた愛子の顔が重なる。
(ん?なんで、愛子さん?)
護城翔子は直感タイプだ。論理の前にイメージが先走る。
窓の外に目を移すと、雨の勢いはない。
(平日夕方の雨。車を使うより、きっとスカイライナーの方が早い)
目の前の路線図を目で追う。
「大宮、赤羽、上野…」と続く。
いろんなものが重なる。今度は駅名と最近聞いた人名だ。
(大宮…健蔵。赤羽…真代。上野…愛子?」
前者ふたつはただの偶然としても、上野愛子まで重なるものだろうか?とって付けた偽名…そんな疑惑が湧いてくる。
隣の乗客が翔子にぶつかってきた。
「あ、すみません」
背の高い男性が、マスクをずり下げて翔子に謝った。
男性の喉元が翔子の目の前に現れ、白いガーゼマスクがスカーフの映像と重なる。
スカーフ…思えばいつも彼女は首に濃い色のスカーフを巻いていた…まるで喉元を隠すかのように。
喉元…教育チャンネルで放送していた、喉にメスを入れるⅤFS手術の映像。
ⅤFS手術…声を別人のように変える手術。
そして、上野愛子…上野愛子が偽名だとしたら…。
(あなたの、ホントの名前は…)
滑走路では雨が止み、上海からの到着便が駐機場へと進んでいる。
黒いスカーフを巻いた女性が、待合席でボードを見上げる。
「遅延」は「到着」に変わった。
席を立とうとしたところで、ふたりの空港警官が女性の前に立った。
「空港警察です。空港内でスリが発生しました。失礼ですが、お手荷物を拝見させて頂けませんか?あと、身分証も」
スリうんぬんは口実だ。先程本部から「女性も確認するように」との指示変更があり、空港警察官は職務質問の輪を広げたのだ。
「免許証は持ってないんで、これで」
スカーフの女性が保険証を提示する。これは最も偽造しやすい公的書類のひとつだ。
「上野愛子、さん。今日はどのようなご用件で成田空港に?」
ひとりが職質をかける間、もうひとりが愛子のバッグを開いて検査している。
「留学していた、友達に会いに…」
じっくりと顔を観察される。
しばらく品定めされたのち、敬礼してきた。
「失礼致しました」
「…失礼致しました」
もうひとりも敬礼しながらバッグを返してくれた。
上野愛子は、にっこり笑って会釈する。
(ありがとう。お母さん)
7月8日にさかのぼる。熊本市の浪岡総合病院院長室。女装した満生と君江の前には、頭を抱えるこの病院の院長・浪岡勝がいる。
「極秘にうちで整形しろ、やと?」
「満生を守るには、それしかなかと。顔の整形と声帯手術もしんしゃい」
「ⅤFS手術か。できんことはなかが…」
「なんでんよか。この子をこげんにしたとは私とあんたたい。さっさとやらんなら、DⅤしとる動画ば、ネットに流すばい!」
これが子を守ろうとする母親の強さか。いつにない君江の気迫に、勝は圧倒された。
世間体もある。やらざるを得ない、と観念もした。
京成線成田空港駅・セキュリティエリア。翔子は審査官に警察手帳を見せたあと、スマホに残る愛子の写真データを提示した。
「横浜南署です。この人物は、ここを通りましたか?」
「すみません。渡航者以外は、パスポートも荷物もチェックしていないので…」
「…ですよね」
一礼だけして、走り出す。
パンプスが脱げて、よろめく。
「ああ、もう」
パンプスを脱ぎ捨てて、走った。
空港付近の国道で、神奈川県警の白バイが渋滞につかまっている。
後部座席にタンデムしている幸田は、ヘルメットに装着された無線機で千春と通話する。
―幸田。そっちはどう?
千春の声だ。
「国道でトラックがスリップ事故を起こしたみたいです。バイクでも厳しいです」
刑事課長が無線インカムで幸田に指示を送る。
「護城はもう空港に着いてる。先に行かせる。それと、浪岡は整形している」
―せ、整形ですか?護城は、追う相手わかってるんですか?大丈夫ですか?
「あの子からの情報よ。幸田。安心しなさい。護城翔子は…」
言いながら、亜美のアパートでの発砲事件を回想する。
武装警官を率いてアパートに踏み込むと、市川に発砲して固まる翔子がいた。
「う、撃っちゃ、った」
片隅で震える翔子に語りかけた。
「翔子。もう終わった。離しなさい」
あえて名前で呼んだ。それから、拳銃をゆっくり取り上げる。
「…私は…彼女を…救えましたか?」
「…」
彼女…滝沢亜美が女性警官に保護されながら部屋を出て行く。
「彼女は、力に支配されてきた。あなたもまた、警察権力や銃の力で救おうとした。今日のことは、恐らくあの子のトラウマになる。残念だけど、まだ救えてはいない」
千春は首を振った。
翔子の行動を肯定しなかったのだ。「よくやった。怖かったでしょう」とその場だけでも慰めることはできたはずだが、そうしなかった。
女性警察官は力を背景にして、行動してはいけない。そんなことは男どもに任せておけばいい。私たちがとるべきは、違う行動。被害者であれ加害者であれ、ひとに寄り添う行動…桜庭千春は護城翔子にそう伝えたかった。
このときの翔子の頬には、悔し涙が流れていた。だから…。
「護城翔子は自分のやるべきことを、十分わかっているわ」
刑事課長は、幸田に対してそう断言した。
到着ロビーの女子化粧室。誰もいない室内で、鏡に向かう。
喉の手術痕を確認してから、発声練習をする。
「あ、お、あえいうお」
鏡の中の上野愛子が浪岡満生に変わった。
「大丈夫。誰が聞いても、君の声は女性の声だよ。これで、また一歩近づいたね」
無論、本人の姿は愛子のままだ。
「でも、あなた自身はこの世界から消える。ほんとにそれでいいの?」
満生が微笑む。
「きみがいてくれたから、僕はもう一度生きる気になったんだ。後悔なんてないよ。きみは?」
「…たくさんある。真代姉さんやお母さんを犠牲にした。私自身も、これから人を傷つける。それにあのひとも…騙した」
「護城…翔子さんだっけ…」
「あのひと、誰かを捕まえるんじゃなくて、きっと、誰かを救いたい警察官。もっと早く翔子さんに出会えていれば、もしかしたら違う道もあったのかも」
「…そうだね。でも、時は戻らない。みんなのためにも、やるべきことを…」
扉が開く音。
鏡の中の満生は消えて、上野愛子が映し出される。
入ってきたのは、掃除婦に扮した長谷菜摘だった。彼女は洗面台に同一のバッグを置いてから、愛子が持っていたバッグを回収する。
「社長からの伝言よ。『満生君の気の済むように行動すればいい。たとえ中止したとしても、誰も責めない』」
「…」
「お母さんからも。『あなたがどうしようと、今までできなかった分、私はみっちゃんを支える。お母さんを許してね』」
一字一句間違いなく伝えた。
「…お、かあさん」
自称・上野愛子は替えのバッグを握りしめて、決意を新たにした。
十数名の警察官僚が到着ロビーに現れた。大名行列のように、 氏木ら容疑者を連行している。
あっという間に報道陣に取り囲まれた。
中国側との交渉では自分の承認欲求を満たせなかった北島参事官が、ここぞとばかりに報道陣の前に出しゃばる。
「報道陣の皆さん。まあ、落ち着いて。今から、皆さんにサービスショットをご用意しますんで。渡辺君」
官僚社会での上司の命令は神の言葉よりも重い。渡辺が容疑者達を横一列に並ばせていく。
フラッシュが機関銃のように閃いた。
(この状況でマスコミサービス?危険だ)
瑠璃ひとりが苦虫を嚙みつぶした顔になる。
「ええ。彼らが、横浜市の強盗傷害事件ほか、あまたの特殊詐欺を指示していたグループであります。ですが我々日本警察は…」
どうせ放送には使われないであろう、官僚の自画自賛が続く。その中で、瑠璃はある人物の動きに目をやる。
報道陣や群衆をかき分けるように進む若いオンナ。
(報道陣でも、旅行客でもないな)
と、瑠璃のスマホが点滅していたことに気づいた。
覗き見ると「グリム=氏木、襲撃される恐れあり」という千春からのLINE通知だった。
北島の背後にいる氏木を見る。その氏木に近づくオンナは、バッグの中に手を突っ込んでいる。
駆け出す。
「伏せろ!」
瑠璃は北島を押しのけ、氏木にタックルした。
ふたりの身体が床に転がる。
悲鳴が上がり、一帯が騒然となる。
氏木のはだけた胸元に、死神の刺青が見えた。
(こいつが…)
瑠璃より先に叫んだ者がいる。
「グリム・リーパー!」
声の主を見る。やはり、さっきのオンナだ。
「女性達の恨みを、受け止めなさい」
そう言って、氏木に拳銃を向けている。
「う。うわああ!お、おい。俺を守れ!」
氏木が瑠璃の背後に逃げる。盾にするつもりだ。
(この、ゴキブリ野郎が!だが言われなくても、それが警官だ)
反射的に、両手を広げて氏木を庇う。
空港警官、警察庁捜査官らが一斉に拳銃を構えた。
一気に張りつめた空間となる。
最悪の状況だ。
刺激しないように、瑠璃が愛子に語りかける。
「な。あんたもこいつの被害者だって言うんなら、きちんと被害届を出して、私らに詳しく話してくれないか?」
くだらない正論だ、と瑠璃は後悔する。説得力はないだろう。
襲撃者は、ゆっくりと自分の置かれた状況を見回してから言った。
「国家権力が守るのは、弱者じゃない。秩序の方。『男らしく、女らしく』が秩序の国で性被害者が警察に届けたら、こんな風に『お前にも落ち度があったんだろ?』って、疑いの銃を向けられるんでしょ?今の状況が…物語っています」
疑いの銃。国家権力がいま振りかざし、のちにマスコミやSNSなどで善良な悪意が振りかざすであろう銃。
(…ああ。そう、思うよな)
そんなことはない、などと無責任なことは言えない。どう対処すればいい?瑠璃は脳と経験をフル回転させる。
静寂の中…息を切らす音が近づいてくる。
警察の制服を着たオンナが、裸足で駆け込んで来るのが見えた。
「…銃を…銃を下ろして…」
拳銃を構えている対象者の動きが止まった。
「しょうこ…さん?」
確かにそうつぶやいた。瑠璃が確認する。
(護城翔子?知り合いなのか?)
「警察の皆さん。銃を下ろして下さい!それでは、彼女を追い詰めるだけです!」
そう叫ぶ翔子に、ロビーにいるすべての者が注目する。
空港警察官や警察官僚たちも我に返り、躊躇し始めている。
「参事官。カメラの前で、オンナ相手に発砲したら、世論を、国民を敵に回すぞ!」
瑠璃は、威嚇するように北島を睨んだ。
マスコミだけでなく、スマホで撮影する一般人までいるのだ。
「…総員。銃を納め、待機!」
階級の威力だ。みな銃を下ろし、ホルダーに納めていく。
翔子が安心したように、息を整えながら近づいてくる。
「…あなたもよ。ロマンちゃん」
そう言って、愛子の前に立ちはだかった。
襲撃者は息を飲んだ。
留置場の中、赤羽真代はあの日のことを思い出す。
コンテナの中で愛子が射撃練習するのを、複雑な思いで見守ったあの日のことを。
「復讐、って思っていいのかい?」
「それもあります」
愛子がグロックに銃弾を補充しながら言った。
「でも一番は、私には義務があること」
「義務?」
「私は中原莉緒という女性を、結果的に騙してしまいました。彼女や、氏木が騙してきた女性達は刑務所や留置場にいて、氏木に復讐することも近寄ることすらできません。でも、真代さんや両親に助けられ、生き延びた私は…できます」
再び標的に銃を向けた。
「私が、やらなくちゃ」
グロックは注文通り素人でも扱いやすい拳銃だ。発射した銃弾は、標的の中心を射抜いた。
彼女(彼)の計画を遂行させるために、あえて署に出頭して警察をミスリードするつもりだった。
ただ復讐を遂げてほしいと思う反面、誰かにあの子を止めてほしいとも思っていた。だからこの留置場から大雨が降っているのを見たとき、天が止めようとしているのだ、と思った。
もう、自分自身がわからない。いま願うのは、あの子が納得のいく未来を送ってほしい、ということだけだ。
(あんな健気な子が、生きづらい国って…一体何なんだろうねえ)
真代はひとしきり溜息をついてから、留置場の窓越しに広がる雨上がりの空を見上げた。
成田空港の到着ロビー。襲撃者の動きが止まっている隙をみて、警官たちが容疑者を避難させていく。
連れて行かれる前に、瑠璃は氏木の襟を掴んで引き寄せた。
「グリム、覚えとけよ。娑婆にゃお前を殺したい人間がゴマンといるんだ。懲役は長くしてもらった方が、身のためだぞ」
そう氏木の耳元に警告する。
「ふ、ざっけんな!メスポリが!」
怯える犬ほどよく吠える。強がる氏木の股間には失禁の跡が付いていた。
「聞いた時ねえな。チビる死神かよ。かっこ悪ッ!」
メスポリのお返しをしてから、瑠璃は状況を確認する。襲撃者はいまだ銃を構えたまま動けないでいる。
(どうやら、護城と因縁があるようだな。任せてみるか)
翔子がじりじりと近づいて行く。
「話したよね。それでは、誰も救えないんだよ。ロマンちゃん」
「…翔子さん。私は、誰?」
「浪岡満生。『愛』と『ロマン』、素敵なニックネームを二つ持っている」
「僕は、男?女?それとも、異常者?」
「どれでもない。あなたは、優しいひと。性被害を受けた滝沢亜美に会いたい、って言ってくれた。きっと話が合う、って」
「…僕はある人に、バケモノと呼ばれました。でもその前からずっと、冷たい目で見られてきました。この国で、僕は…しあ、しあわせに、なれ、ます、か?」
「この国には確かに、多様性を認めない人がたくさんいる。でもしあわせになるためには、やっぱり潜ってちゃダメなんだ。誰が何て言おうと、堂々と道の真ん中を歩かなきゃ。まして、こんな後ろ指さされることをしちゃ、ダメなの」
「…わかってる。でも、あいつに人生を壊された人達の気持ちは、どうなるの?」
ああ。本当にそうだ。少し前までの自分なら返す言葉もなかっただろう。でも今の私は、可愛くて強い女の子を知っている。
「…亜美が、あなたが会いたいと言ったあの子が、通信教育で勉強を始めたの。高校卒業の資格を取るためにね」
翔子は今朝のことを思い浮かべた。
「行ってきます」と声をかけても、亜美はリビングで勉強に没頭していたっけ。
「そのあとは、警察学校に入りたいんだって」
「…」
「自分みたいなひとを、助けたいんだって」
共鳴。
浪岡満生と滝沢亜美は共鳴している。だからあなたには、亜美の決意の意味がわかるはず。
「あなたも、中原莉緒も、ほかの女性達も人生を取り戻せる。それが、堂々と道の真ん中を歩く、っていう意味よ」
「ああ!ああ…」
頬から涙を流れる。そしてそのまま、襲撃者は膝から崩れていった。
翔子はゆっくりと銃を取り上げ、グロックの弾倉を確認する。
「…皆さん、見て下さい。空です。彼女には殺意も傷害の意思も、ありません!」
そう言って、空っぽの弾倉を示して見せた。TⅤカメラがアップで撮影している。いくつかのスマホのレンズもだ。
「ロマンちゃん。裁判で真実を話せば、大きな罪にはならないと思う。全て終わったら、亜美と私に会いに来て」
包み込むように愛子を抱いた。
「歩こう…一緒に!」
今度はきつく抱きしめる。
「わああ!」
堰を切ったように、その子は泣き叫んだ。
「つらかったね…ずっとずっと…つらかったんだよね。怖くって、悔しくって、誰にもわかってもらえなくって…あ、なんか、私まで泣けてきた…わああ!」
この瞬間、留置場にいる赤羽真代や中原莉緒、ときおり発作を起こす滝沢亜美、ほかにも便利使いをさせられてきたすべてのオンナたちが共鳴している。一緒に泣いている―翔子はそう感じた。
訴えかけるような泣き声が、ロビーの中をこだまする。
「あのアイドル刑事、感情移入しまくりじゃねえか」
だが瑠璃は怒ってはいない。
(それも、かっけえけどな)
警官らが、翔子と浪岡満生を取り囲んでいく。
滑走路では、どこかへ旅立つ飛行機が離陸をはじめていた。
亜美の日記 20××年3月24日
きのう、通信教育の高校一年生を修了した。マジしんどかった。
きょう、翔子ちゃんがお祝いをしてくれるって。どんなお祝いかは、サプライズだそうだ。なんじゃ、そりゃ。
朝ごはんをふたりで食べたあと、翔子ちゃんは、わたしの前に一枚の紙きれをさしだした。
「亜美にプレゼントしたいものがあるの。新しい両親と、ちょっと頼りないおねえちゃんよ」
「養子縁組届」というしょるいだった。
それから翔子ちゃんは、熱心に説明をしてくれた。
18歳の亜美には家族を選ぶ権利があって、育児をほーきした母親とそのないえん(?)の夫と法的に縁を切ることができる。
そして新しい家族の一員になれる、んだって。
もちろん、亜美はおけ丸だよ、と答えた。
お昼から区役所の住民課というとこに行った。
なんやかや手続きして、一時間くらいで終わった。
たった一時間で、わたしはおねえちゃんを手に入れた。
中華街でお祝いしようって、翔子ちゃんと横浜の街を歩いた。
こせきしょーほんをちゃんと読んでみた。
「長女・翔子」のとなりに「二女・亜美」って書いてあった。
わたしはなんだか、うれしいようなくすぐったいような気持ちになって、走って翔子ちゃんの背中に抱きついた。
それから、はじめて「おねえちゃん」って呼んだ。
そのあとおねえちゃんは「会わせたい人がいる」って言って、山下公園通りまで手をつないで歩いた。
すっごい人混み。
いったい誰と会わせたいんだろう?
おねえちゃんの彼氏さんとかかなあ?
でも、ちがった。
そのひとは男の子でも女の子でもない、とってもキレイなひとだった。
「紹介するね。このひとが、ロマンちゃん」
やっぱり、男の子でも女の子でもない名前だった。
「ロマンちゃん。この子が…」
「亜美ちゃんね。よろしく」
さしだした手は、なんだか昔から知ってるひとの手だった。
おねえちゃんとロマンちゃんはそれから、フキソがどーとかホシャクがどーとかムツかしい話してたけど、亜美がたいくつしてるってバレて中華屋さんに行くことになった。
「じゃ、ごはんでも食べながらゆっくり話そっか」
山下公園通りは平日でもゲキ混み。
ロマンちゃんは、なんかそーゆーの苦手っぽい。
そしたらおねえちゃんがロマンちゃんを右手でぎゅってして、左手で亜美をぎゅってした。
「さ。行こう」
わたしたちは、ホコ天の真ん中をどーどーとあるいてった。
すっごくいい匂いがした。
男の子でも女の子でもない、桜の花びらが舞っていたんだよ。
「便利なオンナたち」 終