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第4話 赤羽真代


 捜査二係の自席で、名倉はTⅤニュースに釘付けだった。

―8月に横浜市で起きた強盗傷害事件、またわかっているだけでも二十数件に及ぶ特殊詐欺事件の指示役、かけ子と見られる容疑者五名が、強制送還のため上海浦東国際空港を出発します…。

 リポートの後、容疑者達が飛行機に乗る光景が映る。連行する捜査員の中に瑠璃の姿があった。

「お。瑠璃ちゃんが映った。かっけえ」

 上司ではあるが警察学校の同期なので、陰ではそう呼んでいる。実は恋にも似た憧れも抱いている。

「名倉さん。始まります」

 部屋を覗いた翔子から声がかかる。

「おっと。一斉聴取だったな。行くか」

 資料をまとめ、第二取調室に向かう。第一取調室では、幸田と護城が赤羽真代を聴取。名倉は実行犯の酒井と水野を、会議室では桜庭課長が浪岡君江を参考人聴取する。同時に聴取することで、それぞれの証言の食い違いや矛盾を突く、というのは取り調べの常道である。   


 30年ほど前、真代が経営する高級クラブには十数人のホステスが勤めていた。オーナーである大宮組組長の大宮健藏はその店を密談や若い者の慰労に使っていた。

 その夜も大宮の隣には、和服姿の若き真代が侍って接待していた。

 大宮が個人タクシーに乗り込む。真代、菜摘らが丁重に見送る。いつもの光景だった。

 だが、車内で煙草を吸う大宮に運転手が声をかける。

「…お客さん。車内、禁煙なんだわ」

 俺を誰だと思っている。そうスゴむ前に、急ブレーキがかけられた。

 そして大宮に向け、運転手が拳銃を連射した。

 この夜、致命的に銃弾を浴びて大宮健藏は即死した。


 アパートの一室からの再スタートだった。

 部屋には、掃除道具や調理道具等でごった返している。窓には「家事代行承ります」の貼り紙がしてある。反社会的世界から足を洗った赤羽真代は、クラブで働いていた女性達を集めて便利屋を始めた。

 もちろん高級クラブでの報酬とは比べようのない薄給だったが、自分たちの特技がみんなに感謝される…従業員たちは水商売にはない喜びを感じていた。

 特にクラブではリザーブでしかなかった長谷菜摘は、経理や総務として手腕を発揮し、やがて総務部長となり真代の片腕となる。

 菜摘が考案した「女たちの便利屋」というネーミングもよかった。『女性専門』を強調することでマスコミにも取り上げられ、現在の規模にまで成長した。

 だが、彼女たちは初心を忘れてはいない。代表取締役社長室に変わらず掃除や調理の道具が並んでいるのは、その証だった。  


 第一取調室で、幸田は真代からここまでの半生を聴き取った。幸田自身興味があったし、その背景を知らなければこれからの証言が理解できない気がしたからだ。

 記録係の翔子が二人の前にお茶を出す。

「身の上話は、これで終わりだ」

 真代は出されたお茶を、ごくりと喉を立てて飲んだ。

「…では、聴取を始めようか」

 開始の合図に翔子がパソコンで筆記を始める。「第1回聴取開始時刻 10月8日午後1時45分」と打った。

「まず、グリムの正体からだ。本名は、神谷勇樹。あの写真の男だ。ここから先は、あの男の顔を思い浮かべて聞きな。神谷が女の子達を、風俗や闇バイトに引きずり込む手口は、週刊誌なんかにも書いてある通りだ。ネット動画で誘い込み、神谷が経営するバーで酔いつぶれさせて高額請求をするやり方さ」

 翔子は中原莉緒の聴取記録を思い出す。彼女は浪岡満生に騙された、と主張していた。

「浪岡満生も神谷とグルだった、ということか?」

「いいや。浪岡さん…満生君は、何も知らされてなかったんだよ」


 営業終了後の高級バー「ⅮIⅤERCITY」では、カクテルを飲む満生とサングラスをかけた神谷がカウンターに並んで座る。

 二人のほかにはバーテンの水野しかいない。

「ロマン。おまえだけだよ、ノルマをこなせてないのは。どうした?」

「…ごめん、勇樹君。」

「俺がロマンのこと、どれだけ買ってるか知ってるだろ?俺自身は構わないんだが、ほかの連中の手前…」

 満生は椅子から降り、土下座しながら訴えた。

「勇樹君。こんなことやめよう!」

「…」

「僕は君の言う通り、ホストまがいのことをして、莉緒さんを口説いた。でもそれは、動画の撮影って信じたからだ。なのにいくら検索しても、そんな動画どこにもアップされてなかった」

「…で?」

「彼女に請求した三百万。あれは本気だったんだね?あとから『ドッキリでした』で終わる…そうじゃなかったんだね?それはもう詐欺だよ。よくないよ!」

 涙ながらの訴えだった。

 神谷は(やれやれ)と口の中で呟きながら満生の前にしゃがむ。

「確かに、俺は噓をついた。ホントは、バカ女どもを懲らしめる系の動画さ」

「それも嘘だ!金目当てだったんだ」

「…そうだ。俺は、金が欲しい。前にも告白したが、俺もゲイだ。だが、この国はLGBTに否定的だ。俺は金を貯めて、おまえとふたりだけで南の島でのんびり暮らしたいんだ。さ、座れ」

 ふたりしてカウンターに戻る。

「た、確かにぼくは、勇樹君が好きだ。でも、ぼくは人を騙してまで…」

 神谷が制する世に満生の唇に指を当て、微笑んだ。

「わかった。もう、あんなことはやめる。ごめんな、ロマン」

 そう言って満生の唇にキスをする。

 満生は戸惑いつつも、それに応える。

 恍惚として満生が目を閉じたのを確認してから、神谷は水野に目配せをした。

 マスターはグラスの中に大量の睡眠薬を入れる。


 満生が眠りこけたタクシーの中で、神谷は顧客に電話をかけた。

―もうさあ、モデルだのアイドルだのじゃ、エレクトしないんだよね。

 顧客はIT会社の社長だ。そして悪趣味な性癖を持った中年男だった。

「ご安心ください、CEO。今回は自信作ですよ…ええ、私の家で…」


 満生が目を覚ましたのは、神谷家の寝室だった。

 ベッドでうつ伏せに寝ている自分、全裸で両手両足を縛られている自分がいる。

 枕元には葉巻を吸っている神谷がいた。   

「…あ、勇樹君。う」

 悪寒が走り後ろを見ると、見知らぬ中年男が満生の背中から臀部を愛撫している。

 状況が理解できなかった。中年男が嬌声を上げる。

「最高!最高だよ、神谷君。体は若い男の子、心は穢れを知らぬ女の子…こういう子を抱いてみたかったんだよ!」

 何を言っている?何だ、この醜い肥満体は?

「選りすぐりの希少品ですからね」

 肥満体が馬乗りになり、腰を動かし始める。

「きみ、神谷君に恋してるんだろ。どう?好きな男の前で、別の男に犯されるって」

「痛い!やめ…うがあ!ああ!」

 恐怖や痛みなど様々な感情が押し寄せ、涙を浮かべて絶叫する。

 神谷は葉巻を咥えたまま、片手間にスマホのムービーを回している。

「勇樹君、た、たすけ…」

「恋?はあ?キモ。ゲイだのレズだの、おまえらはただのバケモノなんだよ」

 そう言って葉巻の煙を満生の顔に噴きかける。

 神谷の胸には死神の笑顔があった。

 満生の絶望の表情がムービーに映し出される。

満生はその後も、マニアックなセレブたちに蹂躙され続けたという。男娼というやつだ。


 7月2日。満生は自宅の浴室で自殺した、という。

 第一発見者は母親の浪岡君江。浴槽に夥しい血。手首を切った満生が浮かんでいるのを見た。

 レジ袋を提げたまま立ち尽くした。

「み、満生?みっちゃん…わああ!」

 レジ袋を投げ出し、びしょ濡れになりながら満生を引き揚げたが、満生はぴくりとも動かなかったそうだ。  

「満生。満生。みつお~!」


 重要参考人ということで、千春は会議室で君江から聴取した。

 みずからノートPCで記録する。。

「息子を驚かすつもりで訪ねたとです。でも、手首ば切っとったとですよ。勿論すぐ救急車ば呼びました。けど出血がひどうて、その日の夜に失血死しました」

「…ご遺体は、どうなさいました?」

「救急病院に夫から連絡させました。『ウチは総合病院だから、あとはこちらで処置させてほしい』言うてですね。遺体を熊本まで搬送して、夫が死亡診断書を書いて、荼毘にふしたとです。あの子は今も、浪岡家の墓で眠っとります」

 不自然な行動だ。

「…おかしいですね。なぜ、救急病院で死亡診断を受けなかったんですか?」

「…それは、夫が『院長の息子が変死したとなったら体裁が悪いけん』言うて…」

 君江が顔を伏せて言い訳をする。

(ふう。まるで、練習でもしたみたいな供述ね)

 PCに「至急。横浜市内の救急病院を調査」と書き込み、各所に送る。

「嘘やなかよ。こげんともあると」

 満生の遺書を取り出す。

「満生は…ホントに死んだとです」

 不思議とその言葉には説得力があった。半信半疑のまま、千春は遺書に目を通した。


 同時刻の第二取調室では、名倉が水野を取り調べていた。事務官がパソコンで筆記している。

「ずっと不思議に思ってたんだ。なぜ、ダイバーシティのマネージャーであるあんたが、強盗なんてやらされたのか?」

「…」

「トクリュウを抜けようとした。そのことがバレて、逃げられないような犯罪を強要された…そうだな?」

「グリムは、私にあるビデオを見せてきたんです。先日の写真の青年が、男達にレイプされている動画でした。そして『ミドリ君はどうする?』と聞いてきました。そんなのもう、言いなりになるしかないじゃないですか!ううっ、俺だって嫌で…」

 水野はその場で嗚咽し始めた。

「つまり、あんたも被害者だって言いたいのか?だがなあ、あんたに睡眠薬飲まされた女の子達は、もっとひどい恐怖を味わい続けてきたんだよ!」

 机をバンと叩く。

 水野の供述文もまた各所に送られ、捜査官全員が共有した。。


 第一取調室では、翔子がメールで送られてくる各所の供述文に目を通す。他の供述が真代の証言を裏付けているように見える。

(ロマンちゃんはやはり、性被害を苦にして自殺してしまったの?)

 読みながらタイプする手が震えてくる。

「右も左もわからない君江さんは、満生君の財布にあった名刺を見て、うちの会社に連絡をくれたんだ。そして、あの子が遺した遺書を見せてくれた。そこで初めて、あたしも事の重大さを知ったわけさ。で、私は昔の仲間にこの件を話した」

 そう言って、大宮組の集合写真を示す。

「昔私が可愛がってた塚原晋也が、今や相模会の幹部になってる、って知ってね」

 集合写真の真代の背後には、若き塚原の姿もあった。


 喫茶店に塚原を呼び出し、背中合わせで話をした。

「姐さんには恩もあるし、兄貴が殺られた時、何もできなかった負い目もある」

「晋也。それはもういいよ」

「だがそれより、俺たちも奴らを野放しにできねえと思ってたところだ。あとで神谷のヤサを教えてくれ」

「晋也。そんときがきたら連絡しておくれ。あたしらも同席する」

「あたしら?」

「クライアントの要望なんだ」

 こんな会話を交わした。と赤羽真代は供述した。


 神谷の家で待ち伏せた。帰宅した神谷が灯りをつけると塚原らヤクザ達がいる。

「小僧。任侠の礼儀を教えに来たぜ」

 神谷はすぐに事態を察し、逃げようとしたが首根っこを掴まれ引き倒される。

「てめえら、こんな真似してただで済むと思うなよ!」

 ヤクザ相手に半グレがスゴんで見せた。

「少し黙れよ。手元が狂うだろうが」   

 塚原がドスを神谷の小指に当てる。

 神谷が絶叫する。辺り一面に血が飛び散り、君江の顔にも少しかかったという。

「小僧。地獄はこれからだ。毎日少しずつ、おまえの身体を切り刻んでやる」

 神谷の顔が恐怖に歪む。

「満生。あんたの仇、とったけんね」

 そう言って自分は顔についた血を拭いたのだ、と君江は証言した。


 第一取調室。幸田が印刷した供述書を読み上げる。

「それから約半月、神谷を無人の廃工場に監禁し、シノギの情報を聞き出した。9月27日、神谷を射殺して海に捨てた…ここまで間違いないな?」

 聞いているのかいないのか、真代は微妙な表情でときおり腕時計を見ている。

 その仕草が気になり、翔子はパソコンの時計表示を確認した。15:40。時計の横にある「雷雨」というお天気表示も目に入る。

(あれ、雷雨?いつの間に)

 朝出勤した時は曇ってはいたが雨は降っていなかった。顔を上げるが、取調室には窓がないことに気づく。

「ああ。ただ奴を拉致したあとのことは、晋也から聞いた話だ。あたしと君江さんは一切関わっていない」

「簡単に言うと、あんたと相模会が浪岡の仇討ちをしてやったってことだな。だがいち顧客のために、そこまでする理由がわからねえんだが…」

 真代が突然机をバンと叩き、立ち上がった。

「許せるかよ、あんな外道!」

 室内が静まる。

「なのに、お前ら警察は野放しにしている。権力で裁けないなら、暴力使うしかないだろ!」

 これが伝説の姐御…翔子が真代の気迫に押される。そして何も言い返せない。

(結果として、死神は悪魔に始末された。私達警察は蚊帳の外…)

 唇を噛んで、無力感を噛みしめる。

「大宮の座右の銘は『義侠心』だった。法に背いても、義は譲れないんだよ」

「三つ子の魂と言うが、あんたは今なお『任侠の姐さん』だってことか」

 翔子は、10月8日時点での真代たちの証言と客観的事実を時系列でまとめてみた。


4月5日      浪岡満生のお誕生会。

5月27日    中原莉緒、詐欺被害に遭ったと主張。

6月3日   浪岡君江が行方不明者捜索願を提出。

(6月中      浪岡満生が性被害に遭う。)

7月2日    浪岡満生、自殺。

8月4日    高橋家に強盗傷害事件発生。

(9月7日    相模会、神谷勇樹を拉致監禁。)

9月13日     強盗傷害事件の詳細をマスコミ発表 

(9月22日   神谷勇樹を殺害。)


 カッコ部分が今回の真代や君江の供述証言だ。客観的事実と照らしても整合性はある。

(でも、なんだか…)

 違和感。そもそも真代と君江はなぜ出頭してきたのか?その意図は?

 幸田も腕組みをして考え込んでいる。

 まるで間を埋めるかのようにひとりの警官が入室し、幸田に耳打ちをした。

「少し、休憩するか」

 幸田はわざとらしく吐息をついてから、翔子に目で合図を送った。


 観察室に入ると、マジックミラー越しにチェックしていた千春の姿があり、翔子と幸田に伝える。

「たった今、相模会の構成員が自首してきた。『半グレ野郎を撃ち殺して、相模湾に沈めてやった』と宣っているらしい」

「最後の部分の、裏が取れましたね」

 翔子はそう返したが、課長は不満なようだ。

「どうかな。タイミングが良すぎる。それに浪岡の遺書を読んだが、神谷の家のことは書かれてなかった。なのに、どうやって赤羽たちは神谷を襲撃できたんだろうね?」

「他にもおかしい点があります。塚原は若頭です。立場上、会長に捜査の手が及ぶことは避けたいはずです」

「つまり、塚原達相模会が神谷を拷問にかけて射殺した、なんてのは虚偽ということだね」

 千春のスマホが鳴った。

「…はい、桜庭…うん…確かに浪岡は救急病院に搬送されたが…止血処理をして息を吹き返し回復後退院…わかった」

 電話を切ると、翔子がほっとしたような困惑したような顔をしていた。

「赤羽さんはなぜ、満生君が死んだことにしたいんでしょうか?」

「赤羽といい浪岡の母親といい、わざわざ自分から警察に乗り込んできた。当然、目的があるはずよ」

 千春はミラーの向こうの筋金入りの姐御・赤羽真代を睨みつけた。

 真代は考える。

(さて、デコスケどもは、何をどこまで信じたかねえ?)

 嘘をつくときは、八割の事実の中に二割の隠したいことをくるませる。真代の持論だった。


 9月22日。 社長室で真代、菜摘、塚原、佐藤弁護士が密談をした。

「中原莉緒に、私が弁護人になることを了承してもらいました。彼女は既に浪岡満生のことを供述したようです。それに、週刊誌の記者にもつきまとわれてます」

 顧問弁護士の言葉に総務部長の長谷菜摘が反応する。

「きっとマスコミは、いかにも今風な感じで、面白おかしく報道するでしょうね」

「ならいっそ、こっちから警察や世間にバラしてやるか」

 社長の発言に総務部長が驚く。

「社長。それはちょっと…」

「但し、あさっての方向に誘導する。陽動作戦だ。満生君は、あの夜死んだことにする。そして、例の件を決行する。手伝ってもらえるかい?」

 だが、当の塚原は眉を顰めていた。

「姐さんには恩もあるし、兄貴が殺られた時、何もできなかった負い目もある」

「晋也。それはもういいよ」

 そう。ここまでは供述した通りだった。

 だが、相模会の若頭は立ち上がりながら言った。

「だが、この話にゃ乗れねえ。暴対法の縛りで、俺らがトクリュウと関わるとオヤジに迷惑がかかるんだ。すまねえ」

 軽く頭を下げる。若頭がトーシロに謝ることなどない。真代は塚原の心中を理解した。

「ま、それが普通だ。しょうがない。じゃあ、私ら便利屋だけでやるよ」

 退室直前に、塚原が振り返る。

「ただ、できる限りのことはする。道具や人は貸す」


 観察室ではまだ、千春たちが考えあぐねている。

「『神谷』の名前と写真を、最初に発信したのは赤羽だ。一連の動きが陽動目的だとしたら、そこから疑うべきかな」

 ガタンという大きな音。血相を変えた名倉が駆け込んで来た。

「課長。強盗傷害事件の酒井が…」

 一同が名倉に注目する。

「酒井が、落ちました」

 彼が手にしていたのは、会員制バー「ダイバーシティ」従業員の集合写真だった。


 さっきまでの第二取調室。

 うろんとした目の酒井が苦しそうに言った。

「眠れねえんだ。夢の中に、グリムが出て来て。『アオ君。神谷を殺して下さい』って、耳元でささやくんだ」

「…神谷を?で?」

「殺したさ。じゃなきゃ、俺がグリムに殺されるんだ。ああ、くそ!」

 すでに赤く血が滲んでいる頭を、酒井がかきむしる。

 名倉は写真を示した。満生、神谷、従業員の集合写真の三枚だ。

「もう一度訊くぞ。この中にグリムはいるか?いたら、指をさせ」

 酒井はほかの二枚には目もくれず、じっと従業員の集合写真を見つめた。

「この男だ」

 集合写真の中のひとり、氏木一人を指さしたのだ。


 氏木の写真を見る。細面。鋭い目つき。よく見れば反社の雰囲気を持っている。

「氏木一人?瑠璃達が国際逮捕する予定の、確か、かけ子のリーダーよ」

「…じゃ、神谷勇樹というのは?」

 幸田の疑問に名倉が答える。

「神谷はバーの共同オーナーで、グリムとは意見が合わず、ある日急に行方不明になったそうです。酒井は『氏木に脅されて、自分が殺した』と言ってます」

「じゃ、写真は…」

 翔子は自分が入手した満生と神谷の2ショット写真を思い出す。

「フェイク?」

 この時代、顔をすり替える偽造写真くらい素人でもできる。

 翔子のイメージの中で、写真の神谷が氏木に変わっていく。

 バーで満生にキスする氏木。

 動画撮影しながら笑う氏木。

 その胸元には死神の刺青。

「その氏木以下詐欺グループと堂前は、今ちょうど帰国する飛行機の中です」

「あ。塚原が密売人から『素人でも扱える銃』を買った、という情報が…」

 それらを総合すると、全員が同じ結論に至った。

「浪岡満生は…」と、幸田。

「氏木を狙っている?」と、名倉。

 赤羽真代と浪岡君江が出頭してきた理由を翔子がつぶやく。

「その援護のための、嘘の供述?」

 今、やるべきこと。

「瑠璃」

 千春は自分のスマホを取り出した。


 上海発成田行の飛行機内には、北島参事官がだらしなく爆睡していた。瑠璃はその隣の席でスマホの音声を聴いている。

「参事官。飲み過ぎですって」という瑠璃の声に続いて、「瑠璃ちゃ~ん。僕の部下にならな~い?本庁に推薦するよお」という泥酔した北島の声。「あ、触るな。酒くせえ。うぜえ」という音声データである。

(北島参事官。この音声データ、せいぜい利用させてもらいますわ)

 利用できるものはなんでも利用するのが瑠璃のポリシーだ。昭和の老害だろうがなんだろうが。

 と、着信音がイヤホンに飛び込んできた。「ちいママ」からのLINE通知だ。

 アプリを開こうとしたそのとき、機内アナウンスが流れた。

―当機はただ今、日本国領内に入りました。繰り返します…。

 通路には渡辺が立っている。

「堂前警部補。行くぞ」

「はい」

 瑠璃はスマホを切って、容疑者の席に向かった。

 6人の容疑者達は固めて座らせている。渡辺が口上を述べる。

「氏木一人以下5名、恐喝と詐欺の容疑で逮捕状が出ている」

 令状を見せる。

「弁護士が来るまで、黙秘する」

 氏木はクールに居直っている。

(かけ子のリーダーか。思いのほか、悠然としてるな。こいつも、グリムに顎で使われてたのか?)

 実行犯は概ね弱みを握られているため、どこかおどおどしている。

(だが、こいつの態度は…)

 瑠璃に新情報は入っていない。違和感を抱きつつも、職務を優先するしかなかった。


 観察室では幸田、翔子、名倉が刑事課長の指示を待つ。

「名倉は、成田の空港警察に緊急逮捕の要請をして」

「はい」

「私は署長の裁可を仰ぐ。幸田。念のため、あなたも空港に向かって」

「は」

「課長。私も行かせて下さい!」

 千春は翔子のまっすぐな目を見据えた。

「わかった。行きなさい」

 幸田が横から助言する。

「だが行くなら、拳銃を携帯しろよ」

「…はい」

「捜査官は事件が起きてからでないと動けない。だけど今回は、これから起きる事件を未然に防ぐために動く」

 刑事課長の言葉を噛みしめて、翔子は使命感を心に刻んだ。

「出動!」

 全員が散開して行動に移った。



 つづく


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