結論から言うと、おれたちの日々はいつも通りではなくなってしまった。
いつも通りより、ずっと面白くなった。
世界が広がったのだ。
おれの経験を活かせる場所も仕事も、いくらでもあるのだ。
だから、ショウ王からの申し出は、ちょっと頷けなかった。
「え、嫌なのかい?」
「はい。身に余る光栄なのですが……おれには、とても王族なんて務まりません。あちこち動き回っているほうが合っていますので」
「そうかなぁ。やってみたら意外となんとかなるんじゃないかな。おれもそうだったし」
残念な顔をしているショウ王の隣で、ソフィア王妃もため息をつく。
「そうなのですか……。およそ4年ぶりにやっと帰ってきた愛娘を、すぐに親元からもらっていってしまうのに、その親の言うことは聞いてくれないのですね……。ふーん」
「そ、そう言われると、あの、本当に困るというか……」
「なんちゃって。冗談です」
がくっ、と体勢が崩れてしまう。
フィリアから、冗談が好きな母親だとは聞いていたけれど、この場面でそういう冗談は本当に心臓に悪いからやめて欲しい。
「ですが、わたしたちは諦めが悪いのです。今は保留ということにしておきますが、機会があればまた考えてみてください」
「はぁ……。しかし、機会というと……?」
「具体的には、そうですね、好きな人が増えてしまったときなどでしょうか」
「う、ん? 好きな人、ですか?」
「メイクリエの王侯貴族は、一夫多妻を義務付けられているのです。複数の女性を幸せにしたいときなど、もってこいの制度なのです」
ソフィア王妃はショウ王に微笑む。
「あはは。実はおれもその制度のために貴族になってね。タクトくんは、なんだかおれと似た匂いがするから、いずれ必要になるんじゃないかなぁ」
「どのあたりが、似てる、と?」
「君の周り女の子多いでしょ。魅力的に思う相手は、フィリアだけじゃなかったんじゃない?」
「まあ……ゼロだとは言いませんけど、おれ、フィリアさん一筋ですから。他の人を愛するなんて考えられませんよ」
おれの隣で、フィリアが嬉しそうに微笑む。
ショウ王は不思議そうに首を傾ける。
「でも君自身は、他の女性にも愛されてたんじゃないかな」
「いや、ないですよ。おれ、そんなにモテてないですって」
微笑んでいたフィリアの顔がなぜか、すんっ、と無表情になってしまう。ジト目を向けられる。
「気づいて、いなかったのですか……?」
「えっ? 誰かそんな人いたの?」
フィリアたち3人に、揃って大きくため息をつかれる。
「うん、保留で正解だね。今後機会がありそう」
「まったくです」
「で、ですが、わたくしとしても、タクト様は独り占めしたいのですが……。あの、でも、それですと今回の件は、ダメになってしまうのでしょうか?」
「いや安心してフィリア。結婚は許すよ。これ以上ない良い相手だもんね」
ショウ王は笑顔で歩み寄ってきて、おれの肩をぽんと叩いた。
「娘のことよろしく頼むよ」
「はい、それはもちろん! ありがとうございます!」
しかし肩を叩いた手の指が、ぐぐぐっ、とめり込んでいく。痛い痛い。
「でも王族の婿にはなるわけだからね。逃げられると思わないでよ。マジでおれたち諦めないから。君みたいな英雄、在野のままにしとくなんてありえないから」
あ、圧が凄い……! これが国王——いや、父親の圧かッ!
「あ、は、はい。か、考えるだけ考えておきます……」
「しかし困りました。タクトさんを王宮に迎えられないとなりますと、結婚式場もべつに用意しなければなりません」
「「それなら、いいところがあります」」
おれとフィリアの声が重なった。
ふたりで顔を見合わせて笑顔。きっと、同じことを考えている。
◇
おれたちの結婚式の式場は、
修繕したこの場所で、ダンジョン婚をやるのだ。
メイクリエ王国からはショウ王を始め、ソフィア王妃、ノエル王妃、アリシア王妃に、ハルト王子やアルミエスといったフィリアの親類縁者が参列。居候させてもらっていた華子婆さんと孫の晶子も一緒だ。
一方、おれの親類といえば、じいちゃんくらいしかいない。
それと、呼んでいないのだが日本政府のお偉いさんがたも多数参列する。
しかも撮影されて、テレビで報じられもするらしい。
まあ、一国の王女の結婚式だけでも大きいが、それがふたつの世界を繋ぐ意味も持つのだから、当然といえば当然の流れではある。
なお、それならばとフィリアは猛烈に提案した。
「わたくしたちのチャンネルでも生配信するべきです! するべきです!」
直前に、大きなネタをマスコミにかすめ取られたフィリアは、以前にも増してマスコミ嫌いになってしまっていたのである。
あの後、艦隊と戦って侵攻を防いだ話は、生配信で詳細を語ったりして再生数や投げ銭を大いに稼いだのだが、それでも溜飲が下がらなかったらしい。
そんなわけで、ばっちり準備して、式に挑む。
撮影係は、もちろん冒険者仲間だ。撮影係以外の役目も、仲間たちが色々と担ってくれている。
神父役には、隼人と雪乃の結婚式と同様、リチャード爺さんを起用した。
「フィリア……。お前が、シュフィール家の者だったとはな……」
その話を持ちかけたとき、リチャード爺さんはおれたちを睨んだ。
そういえば彼は、メイクリエ王家——シュフィール家に恨みがあると聞いたことがある。いよいよフィリアの素性が知られて、怒るのかと思いきや、彼は小さく首を横にふるだけだった。
「まあ……いい。幸せになるがいい」
彼の心の動きは、そのときはわからなかった。結婚式の前日、ショウ王とリチャード爺さんが邂逅したときに初めてわかった。
「ヒルストン……!? リチャード・ヒルストン、あなたなのか!?」
「そうだ、ショウ。お前たちに決闘で敗れ、すべてを失った男だ。覚えていたようだな」
「忘れるわけがない。あなたには、ずいぶんと嫌な目に合わされた」
「ふん、得体の知れぬ冒険者上がりが、今は国王か」
「……あなたが、フィリアの面倒を見てくれていたのか?」
「貴様らの娘を!? そんなわけがあるか!」
リチャード爺さんは顔を真っ赤にして怒鳴った。
「私が面倒を見たのではない! あの子が……勝手に私の面倒を見ていたのだ」
「ヒルストン……」
「よせ、私はもうその名は剥奪された」
「そうだったな……」
「あの子は、いい子だ。少々、金にがめついところがあって親近感があったのだが……その使い方が違った。ほとんど他人のためだ。なのに不思議でな、あの子はどんどん幸せになっていった。稼げば稼ぐほど面倒と敵が増え、最後には不幸になったこの私と違ってな」
リチャード爺さんは、穏やかに笑った。
「あの子はもっと幸せになるべきだ。明日を最高の日にしてやってな。ゆえに、お前たちとの確執は今日限り忘れる。いいな?」
「おれも忘れる。娘の結婚式、よろしく頼むよ」
フィリアのために過去のわだかまりを捨ててくれたリチャード爺さんに、おれは深く感謝した。
そして翌日。いよいよ、おれたちの結婚式が始まる——。