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第170話 お前たちの国だけの問題ではない





 地上と第2階層で、同時に異変が起きている。


 まずは、おれが隼人から聞いた第2階層についてだ。


「冒険者の三分の一……ほとんどが今期合格の冒険者らしいけど、暴動を起こしてるらしい」


 ファルコン隊を始め、腕利きの冒険者たちが苦戦しているとのことだ。


 その理由は相手方の装備にある。


 普通の銃火器なら、魔素マナに保護された魔物モンスターや、高レベル冒険者には大したダメージは与えられない。仮に迷宮ダンジョン素材の弾丸で魔素マナの保護を無効化したとしても、並の威力では、素の防御力を破ることはできない。


 だが相手は、いつから用意していたのか。対物ライフルや重機関銃、そして大量の迷宮ダンジョン素材の弾丸を用いているというのだ。高レベル冒険者や深層の魔物モンスターにも有効な威力だ。


 レベルや数が勝っていたとしても、この装備の差は大きい。


 ひと通りの話を聞いて、丈二は合点がいったらしく頷く。


「おそらく潜伏していたスパイが、地上の動きに合わせて迷宮ダンジョンの施設を占拠しようとしているのでしょう」


「地上の動きと? じゃあ地上でも、外国絡みでなにか起こっているのか?」


「ええ、ニュースで見た方もいるかもしれませんが、隣国が近海で軍事演習をおこなっておりました。その艦隊が、急遽針路を変え、この島へ向かってきているのだそうです」


「なんだって!?」


「日本の領海に入るのも時間の問題と言われています」


「政府はなにをしているんだ?」


「猛抗議しているようです。同盟国も批難しております。ですが、東ヨーロッパで継続中の戦争のように、侵略国家にはなにを言っても通じませんよ」


「なにをしても、勝てば許されるって考えか。あまりに幼稚で下劣じゃないか」


「かの国は、政策の失敗で経済的に低迷してきていましたから。そこに異世界リンガブルームを含む、迷宮ダンジョンの機密情報が流れ込んできたのです。魔法に魔力回路、新金属、合成生物キメラ技術……どれを取っても、今後の世界情勢を変える可能性のある物です。なりふり構わず奪いに来ても不思議ではない」


「梨央が情報を流したのは、あの国だったのか……。とにかく、まずは第2階層の連中を叩き出そう。迷宮ダンジョンを封鎖して、防衛戦に備えないと」


「……私には別の指令が下っています。迷宮ダンジョン内の人間を、全員避難させろと」


「日本政府は、この迷宮ダンジョンを放棄するつもりなのか? 侵略国に都合が良いだけじゃないか」


「いいえ。先程、この迷宮ダンジョンが崩壊間近であると伝えたところ、侵略理由そのものが消えて無くなるなら、それが一番良いではないか……と。誰も傷つかず、事を収めることができる」


「冗談じゃない。そのために日本の利益を——いや、おれたちの生活を放棄しろっていうのか。こんなときこそ、自衛隊や在日米軍の出番じゃないのか。国民の生活を守るのが仕事じゃないのか」


「とはいえ、相手は核保有国です。東ヨーロッパの戦争を見ればわかるでしょう。数多の国が抗議するものの、核兵器をチラつかされれば、直接軍を差し向けることはできない。せいぜい経済制裁や、被害国への支援に留まっている」


「……つまり、核が怖いから、自衛隊も米軍も動きたくない?」


「事情はもっと複雑ですが、まあ、端的にはそうです。そして、迷宮ダンジョンが消えれば、そもそも動く理由もなくなるのです」


「……核保有国と対等にやり合える方法なら、このおれが持っている」


「一条さん、お伝えしたはずです。政府からの通達で、元素破壊魔法の存在は秘匿し、一切の使用を禁じると」


「なら丈二さんは、これでいいと思っているのか? おれたちの居場所が、幼稚な国の、恥知らずな行いのせいで消えようとしているんだぞ!」


「いいわけないでしょう! 私だって、ここの生活を愛している! 愛している人もいる! しかし私たちだけで、どうにかできる規模の話ではない! 迷宮ダンジョンを守れば侵攻は続き、この国は否応なしに戦争に突入する。この、平和な日本がですよ!?」


「国が認めてくれさえすればいい。おれの魔法を解禁すると」


「仮に認められたとして忌避はないのですか。個人ではない。日本という国が、核を撃つことに」


「それでも——」


「もうよせ」


 おれと丈二の間に、バルドゥインが指先を差し込んできた。


「お前たちは大切なことを忘れている」


「なんだ、バルドゥイン? おれたちが、なにを忘れているっていうんだ?」


「この迷宮ダンジョン異世界リンガブルームの土地が含まれているのなら、この島——この迷宮ダンジョンへの侵攻は、異世界リンガブルームへの侵攻にもなる。お前たちの国だけの問題ではない」


 おれはハッとしてバルドゥインを見上げた。


「なら、異世界リンガブルームの国が防衛戦を展開したとしても、誰に批難されることはない……」


「その軍が、元素破壊魔法をもって威嚇したとしても、な」


 フィリアはゆっくりと首を振る。


「しかしバルドゥイン様、あの魔法は異世界リンガブルームでも禁呪とされております。使うことは、まかりなりません」


「それはどうかな、フィリア・シュフィール・メイクリエ。正当な理由があり、信頼における使い手がいるならば許可は下りるだろう。お前の父は、なかなか柔軟な王だったはずだ」


「父上をご存知なのですか……?」


「会ったことはない。だが、あの魔王アルミエスを戦いを終わらせた男だ。今回も正しい判断を下せるだろう」


「……会いに行けと仰るのですね。迷宮ダンジョンの主——義姉あねに会えば、それも可能であると」


「そういうことだ」


「わかりました。行きましょう、タクト様。この迷宮ダンジョンを守るために」


 おれはフィリアに強く頷いてみせる。


「もちろんだ。丈二さん、それでいいかい?」


 小さく息をついて、丈二は肩をすくめた。


「他国のすることなら私に口は出せませんよ。ただ、母国の意向に逆らうことになる。失職ものですね、これは」


 ロザリンデが丈二の手を取って笑う。


「いいじゃない。そしたら、専業の冒険者になればいいのよ。わたしとの時間もたくさん取れるわ」


「ええ、それも悪くない」


 丈二は微笑んで、その手を強く握り返す。


「よし、話は決まった。おれたちはこのまま第7階層を目指す。他のみんなは、第2階層へ戻って隼人くんたちを助けてやってくれ」


 こうして、おれたちは紗夜や結衣、吾郎たちと別れ、迷宮ダンジョン最下層への道を行くのだった。

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