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第9話 経験を売ったほうがずっと稼げそう





「それじゃまずは5万円。残りは後払いでお願いしますっ」


 迷宮ダンジョンを出てすぐ、初心者冒険者の紗夜は、スマホでQRコード送金をしてくれた。


「はい、確かに。残りはいつでもいいからね」


「ちょっと待て。値段が全然違うじゃねえか」


 一緒に出てきた男性冒険者が文句をつけてくる。軽く受け流す。


「初心者価格さ。あんたも初心者だって自分で認めるなら、まけてあげないこともないけど」


「誰が初心者だ。オレはこの道2年だぞ。島じゃ古参のベテランだぜ」


「なら文句言わずに払って欲しいな。ベテラン(笑)さん」


「くそ、てめえ覚えてろよ。くそっ」


 男は札束を突き出してきた。受け取って、数を確認。


「はい、確かに。まいどあり」


 おれは約束通り、なぜ魔物モンスターに銃器の効き目が薄く、おれたちの武器が有効だったのか説明した。


「——というわけで、銃や日本刀はこの迷宮ダンジョンじゃ役に立たない。そのうち有効な武器も作られるかもしれないけど、今のところは魔物モンスター素材の武器を使うのが一番いいんだ」


「お求めの際は、是非とも武器屋『メイクリエ』にお越しくださいませ」


 フィリアが抜け目なく、にこやかにお店の宣伝をする。


 紗夜はスマホでメモを取り、自称ベテランは仏頂面で聞いていた。


「にわかには信じらんねえ。今の時代に銃より剣なんてよ……」


「試してみれば実感もするさ」


 自称ベテランは神妙にため息をつく。紗夜も同じだ。自分の銃とおれたちの武器を交互に眺める。


 それから紗夜は、ハッと気づいて、おれが貸していたナイフを差し出してきた。


「あの、これ、ありがとうございました」


 受け取ろうとして、しかし、おれは手を離した。


「それ、紗夜ちゃんにあげるよ」


「えっ、でも」


「お金、あんまり無いんでしょ。今から新しい装備を買い揃えるのは難しいだろうし、しばらくそれを使うといい」


「あ……ありがとうございます! きっとたくさん稼いで、自分で装備を買い直したら先生にお返しします!」


「べつにいいのに……っていうか、先生って」


 きらきらと輝く目で見つめられて、ちょっと照れる。


「これからも色々と教えてください。あっ、そうだ。アドレスも交換してください!」


「え、うん。いいけど」


 勢いに押されて、メッセージアプリで友達登録してしまう。


「へええ、一条拓斗さんって言うんですね。これからよろしくお願いします、一条先生!」


「ああ、よろしくね紗夜ちゃん。あ、フィリアさんも交換しとく? ベテランさんも」


 フィリアは残念そうに首を横に振る。


「わたくしは、スマホを持っていないのです……」


「オレは馴れ合うつもりはねえ」


 自称ベテランは、素っ気なく言うと立ち上がった。それからおれを睨んでくる。


「てめえ一条とか言ったな、いつまでもでけえ顔してられると思うなよ」


 言い残して、とっとと行ってしまった。ゲートに併設された守衛所で、討伐証明を提出して換金してもらっている。


 それに続いて、おれも換金してもらう。


 エッジラビットが5匹と、ステルスキャットが1匹。討伐報酬は5万円ほど。


 ちょっと安い気がするが、熊の駆除報酬が5千円から1万円らしいので、日本国においては妥当な価格なのかもしれない。


 それに比べて、情報を売った分の儲けは35万円。後払い分を差し引いても30万円だ。


 地道に稼ぐより、経験を売ったほうがずっと稼げそうだ。


「あの一条様、わたくしの分も換金していただけませんか?」


 あとからついてきたフィリアに頼まれる。


「あ、そっか。副業禁止か」


「はい。ここでは誤魔化しが効きませんので……」


 快く引き受け、フィリアの獲物も換金してもらう。


「はいどうぞ。エッジラビット3匹で、2万4千円」


 フィリアはどこか不満そうに、ジーっとおれとお札を見つめてくる。


「一条様、先ほどわたくしは、頼まれて助っ人をいたしました」


「ああ、ありがとう。怪我がなくて良かったよ」


「はい。それに、わたくしの助言で、情報料を稼ぐこともできましたね。おめでとうございます」


「うん、助かった。本当にありがとう」


 フィリアは小首を傾げる。


「助っ人と、助言を、いたしましたよ?」


「……オーケイ。助っ人代とアドバイス料を弾もうか」


 するとフィリアは、エサを目の前にしたワンコみたいに目を輝かせた。尻尾があったらパタパタ振っていたことだろう。


 そんな目をされると、ちょっと意地悪したくなる。


「換金の手数料で相殺ってことでいい?」


 ガーン! とばかりにフィリアの顔は絶望に染まった。がっくりと肩を落とす。みるみるうちに瞳が潤んでいく。


「そう、ですか……。相殺ですか。そうですよね……」


「わわ! 泣かないでくれ、冗談だから。払うから」


 すんすん、と鼻を鳴らしながら、涙をぬぐい、儚げに笑む。


「ありがとうございます。店員割引が利いたとはいえ、装備のレンタル代でお財布が寂しかったのです」


「本当しっかりしてるな、君は……」


 とか言いつつ時刻を確認。まだ午前中。体力も気力も余裕がある。


「さてと……せっかくだから、もうひと潜り行こうかな」


「それなら、わたくしもご一緒いたします」


 迷宮ダンジョンの入口に戻ると、紗夜も気づいて駆け寄ってくる。


「あたしもついていっていいですかっ?」


「いいよ。せっかくだから、少しばかりコツを教えてあげる」


 そうして3人で迷宮ダンジョンに潜って小一時間。


 最初に音を上げたのは、やっぱり紗夜だった。


「うぅう、ごめんなさい……あたし、足手まといですぅ〜……」


 実際、おれたちが守ってやってるから大きな怪我はしていないが、それでも小さな傷は増えていくし、転んで打撲しちゃったりもしている。


 今日は特別だが、もし正式にパーティを組みたいと言われたら断るしかないだろう。実力差がありすぎる。


「初日ならそんなもんさ。それより、そろそろ昼食にしよう」


「はい。あたし、保存食持ってきました!」


「それもいいけど、迷宮ダンジョンでやっていくなら、こっちのほうがいい」


 おれは今しがた倒したエッジラビットを持ち上げてみせる。


「えっと、それって……?」


魔物モンスターを食べよう」

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