おれが接近すると、エッジラビットたちは耳を立ててこちらを振り向いた。
それで何匹かは退散し、何匹かは向かってくる。
同時に3匹がピョンと飛びかかってきた。その軌道はおれの首元に向かっている。
エッジラビットは、普通のウサギに鋭い爪が生えたような
おれはその場でしゃがみ込み、剣をウサギのジャンプ軌道に割り込ませた。容易く1匹目を斬り裂く。
残りの2匹は無事着地。すぐにまた飛びかかってくる。
同じ要領で2匹目も撃破。
最後の1匹は着地後、一瞬硬直してから、すぐ退散していった。
ほんの10秒にも満たない戦闘だった。
「大丈夫?」
右手で剣を保持したまま、腰が抜けてしまっている女の子に左手を差し伸べる。
「えっ、あの……あ、はい……」
見たところ10代後半。高校生くらいか。
黒髪おさげで、メガネをかけている。町で売られてる防刃ジャケットを着込み、武装は拳銃のみ。大きめなリュックを背負っている。
手を取った感じでは、明らかに鍛えられていない。やはり
「今の
女の子はゾッとした顔で、自分の喉をさする。
「じ、じゃああたし、今、死ぬところだったんだ……」
「いや、あいつはトドメを刺してはこない。黙らせるだけ。怖いのは、それで瀕死になった獲物を、他の
おれは剣で上方を払った。手応えあり。
ぼとり、と猫型の
ステルスキャット。
「ひゃあっ」
女の子はステルスキャットの死体に驚いて、身をこわばらせた。
おれは周囲の安全を確認してから剣を鞘に納める。
代わりにナイフを取り出して、3匹の
女の子は息を呑みつつ、おれの作業を見つめていた。
「あ……あの、あたし、ちゃんと銃を当てたんです。なのに全然効かなくて……なのに、どうしてその剣は効くんですか?」
「ああ、それはね——」
「軽々しく答えてしまって、良いのですか?」
「えっ?」
第三者の声に振り向いてみると、見知った顔があった。
「フィリアさん? ここでなにしてんの?」
おれと同じく
「はい、
女の子が目を丸くして、おれから距離を取る。
「へ、変質者? ストーカー?」
「他の子がいるときにそんな冗談やめてよ! 君が色んな仕事に手を出しすぎなんだってば」
「はい、冗談です。少し意地悪でした」
くすりと笑ってから、フィリアは神妙な顔に戻る。
「しかし一条様、昨日もお話ししたとおり、それは大金で売ってもいい情報です。軽々しく話してしまっては商機を逃してしまいますよ?」
「そうかもだけど、こんな
女の子は、おずおずと戻ってくる。弱々しい印象だが、瞳だけはしっかりおれを見つめていた。
「あ、あのあたし、
真剣な眼差しだ。自分に投資して、上を目指そうという強い気概を感じる。
「そこまで言うなら、わかったよ。じゃあ、えぇと……初心者価格ってことで、10……いや、5万円? いやもっと安いほうがいいかな?」
「いえ! きっちり10万円、しっかりお支払いします!」
「いいのかい?」
「はい、あの、でも……。あたし、この装備買うのにも少し無理をしていて……半分はすぐお支払いしますが、残りは後払いさせてもらえると……」
「オーケイ、じゃあそうしとこう。期限は決めない。払えるときに払ってくれればいい」
「ありがとうございます!」
紗夜はリュックを下ろし、中からスマホを取り出す。
「今は現金が無いので、QRコードで送金します。って、あっ、ダメ。圏外でした」
「なら一旦外に出てからにしようか」
と、そのときだった。
「このクソがぁあ!」
また誰かの野太い叫びが聞こえた。
ドゥン! と、拳銃よりずっと重い音が響いてくる。
音のしたほうを睨みつける。激しい足音も聞こえる。おそらくエッジラビットなんかよりずっと大きい
「まずいな。あれじゃウサギにも囲まれる。フィリアさん、君、やれるかい?」
声をかけるとフィリアは胸を張って、腰の剣を軽く叩いた。
「はい、実家でひと通りの訓練は受けております」
「なら手伝ってくれ。紗夜ちゃんは、これを」
おれは紗夜に予備のナイフを差し出す。
「あの、これは?」
「身を守るために使うといい。拳銃はもう使っちゃダメだ」
「わ、わかりました」
紗夜が両手でしっかりとナイフを握るのを確認して、おれとフィリアは戦闘の音のほうへ走り出した。