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第6話 おれには10年培った技術と経験がある





 おれの問いかけにフィリアは、唇に人差し指を立てて、異世界語で返してくれた。


「秘密に、してくださいますか?」


「もちろんだ。異世界リンガブルームはおれの第二の故郷だ。同郷の君たちに不都合になるようなことはしない」


「では……。一条様が仰るとおり、異世界リンガブルーム人は——あっ」


 言いかけてから、恥ずかしそうに上目遣い。ひと呼吸置いてから、また口を開く。


が仰るとおり、異世界リンガブルーム人はわたくし以外にもおります」


 いやそこ言い直すんかい。


 あくまでお店のルールに従うフィリアの生真面目さに苦笑しつつ、おれはツッコまずに黙って話を聞く。


「数はそれほど多くはありません。そのほとんどは、おそらく迷宮ダンジョンが出現した際に、一緒に転移してきてしまったのだと思います」


、ってことは例外もいるのかい?」


「はい。法則はまったくわかりませんが、この3年間で数人、新たに転移してきています」


「それもあの迷宮ダンジョンのせいか……。最深層まで行けば、なにか手がかりがあるかもしれないな」


「わたくしもそう思うのですが……」


「こっちの冒険者たちがあの体たらくじゃね……」


「日本政府の方々が、わたくしたちのことを秘密にしようとしているのは……なにやら政治的な思惑があるそうです。転移の謎を解き、異世界リンガブルームに行き来できるようになった暁には、わたくしたちの国と国交を結びたいと仰っていましたが……」


「なるほどね」


 なんとなくだが理解できる。


 こちらの世界で唯一、異世界の存在を把握し、先んじて国交を結べれば、こちらには無い貴重な資源や技術を独占できる。その上、こちらの進んだ科学技術を売りつけて多大な利益を得ることだって出来る。


 だから海外の関心を惹くような要素は、できるだけ隠したいのだろう。


 異世界人について報道しないのも、この島への渡航が許可されているのが日本人に限られるのも、きっとそのためだ。


「国交のことも大切ですが、そもそもわたくしたちは異世界リンガブルームに帰れるのか、それともこの地で一生を過ごすのか……。それが一番重要に思います」


 フィリアは黄色い綺麗な瞳でおれを見つめた。


「先ほどの体捌きに、武器屋で披露してくださった知識……。一条さ——ご主人様は、異世界リンガブルームではさぞかし名のある冒険者様だったのでしょう? ご活躍を期待しております」


「活躍はするつもりだけど、期待はしすぎないでね。迷宮ダンジョンを完全攻略しても、転移の謎が解けるとは限らないんだ」


「はい。それは……覚悟しているつもりです」


 といったところで、ピピピ、とタイマーの電子音が小さく鳴った。


 フィリアは言葉を日本語に戻す。


「そろそろお時間のようです。ご延長なさいますか?」


「いや、もう充分かな。お会計で」


「はい。いってらっしゃいませ、ご主人様」


「うん、またね」


 ちなみに、お会計は5万円を超えていて結構焦った。


 やばい。貯金が底を尽きそうだ。明日からはしっかり稼がないと……。



   ◇



 翌日。おれは早朝から宿を出て、迷宮ダンジョンへやってきた。


 確保した宿は二畳一間の安宿だったのだが、その宿代すらこのままでは払えなくなってしまう。


 迷宮ダンジョン初日は偵察に留めるつもりだったが、少しは稼がないといけない。


 とか考えながら、ライセンスを提示してゲートを通過する。


 迷宮ダンジョンの周囲は金網で包囲されており、入口前にはゲートと守衛所が設置されている。


 ライセンスを持たない者が入れないようになっているのだ。


 もっとも、この程度の包囲では、魔物モンスターが外に出てきたりしたら防ぎようはないだろう。


 迷宮ダンジョンに足を踏み入れてすぐ、おれはわずかながら身体に力がみなぎってくるのを感じた。


「これは……やっぱり、この迷宮ダンジョンには魔素マナがあるんだ」


 予想通りで嬉しくなる。


 異世界の迷宮なら、きっと魔素マナに満ちていると思っていた。入口近くの第1階層ゆえか、濃度はかなり薄いが、無と有の違いは大きい。


 なにせ、おれが日本に帰ってきて失っていた魔力や身体能力が、再び発揮できるようになるのだから。


光よライティング!」


 試しに光源魔法を使ってみると、成功した。


 手のひらから光球が浮かび上がり、周囲を明るく照らしてくれる。


 しかし……。


「っと、思ったより消耗が激しいな……。魔力は節約しないとダメか」


 使える魔力は相当少ない。


 テレビゲームで例えれば、最大MPが100あるのに、この場所では2〜3までしか回復しないという感じだ。


 おそらく身体能力の向上も、本来の数パーセントしか発揮していないだろう。


 原因は簡単。魔素マナが薄いからだ。


 迷宮ダンジョン深層なら、きっと魔素マナはもっと濃い。


 つまりおれは、深くに潜れば潜るほど本来の力を発揮して、強くなれるということだ。


 逆に言えば、この第1階層は、ほぼ常人の状態で攻略しなきゃならない。


「まあいいさ。おれには10年培った技術と経験がある」


 とりあえず光源魔法を解いて魔力を節約。代わりにバッテリー式のライトを灯す。


 それからすぐ、パンパンパンッ、と銃を乱射する音が響いた。


「きゃああ! なんで!? 当たってるのに! 銃で撃ってるのに、なんでまだ生きてるの!?」


 どうやら迷宮初心者が魔物モンスターに襲われているようだ。


 駆けていくと、女の子が複数のエッジラビットに囲まれつつあるのが見えた。


「勘を取り戻すにはちょうどいいか」


 おれは走りながら、剣を鞘から抜いた。

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