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第2話 この世界で一番、おれが得意だ





迷宮ダンジョンなのか、あの洞窟は……?」


 現代日本に突如出現したという未知の洞窟に、未知の生物。どう見ても迷宮ダンジョン魔物モンスターだ。


 おれは食い入るようにテレビを見つめる。


 まだ情報は多くない。調査中なのだそうだ。


 けれど、おれの心は躍っていた。


 あそこなら、おれのすべてを活かせる。


 あそこなら、おれは生きていける。


 こんな、どこか息苦しい毎日から脱することができる……!


 すぐにでも行きたかったが、今はまだ政府の調査中。一般人の行き来は制限されている。


 機会を窺いながら、おれは毎日毎日ニュースを漁り続けた。


『銃などの近代兵器は魔物モンスターには効果が薄く、調査隊に被害が——』


「当たり前だ。魔物モンスター迷宮ダンジョンから採った素材で武器を作らないと勝負にもならないぞ」


『洞窟からは未知の鉱石が発見され、新たな資源となる可能性が——』


「アダマントかな? 魔力石もあるといいけど、日本に使いこなせる技術があるかな……」


魔物モンスター被害に対し自衛隊の派遣は困難との見解を示しており、今後の対応が——』


「ならどうする? 害獣駆除なら猟友会だなんて言うんじゃないだろうな……」


 実際、一度は猟友会に話がいったそうだ。しかし熊被害が増える今、ただでさえ高齢化と人不足にあえぐ猟友会に魔物モンスター駆除に割ける人材はない。


 そして様々な過程を経て、ついに機会が巡ってきた。


輪宮島りんぐうじまの洞窟——通称、迷宮ダンジョンの資源採掘や魔物モンスター駆除をおこなう人材を、民間から募集することになりました。これらの人材は迷宮ダンジョン内や魔物モンスターへの使用に限り銃刀法の例外と扱われることとなり——』


 そのニュースこそ、おれが待ち望んでいたものだ。



   ◇



わたくし一条いちじょう拓斗たくとは一身上の都合により退職させていただきます」


 異世界から帰還して3年。おれは退職届を手に宣言していた。


 社長である祖父の前に、一応、直属の上司にも声をかけたのだ。


「なんだい君、社長のお孫さんだからって面倒を見ててやったのに、もう辞めちゃうのか」


「申し訳ありません。大変お世話になりました」


「考え直したほうがいいんじゃないのかい。この会社でやっていけないなら、どこの会社でもやっていけないよ」


 おれは内心で笑ってしまった。こんなことを本当に言う人がいたとは。


「そうでしょうね。実際、この会社でも上手くやれてる自信はありませんよ。だから出ていくんです」


「出てってどうするのさ。この社会はね、君みたいに学もなければ社会経験もない若者が渡っていけるほど楽なものじゃないんだよ」


「社会経験ですか。先輩は、この会社以外にどこか勤めたことがあるんですか」


「ないよ。そんなほいほい転職するような尻軽に、社会が居場所を与えてくれると思うのかい」


「ひとつの業界の小さな会社での経験しかないのによく言えますね。おれはこの国に限れば社会経験は乏しいですがね、命懸けで人を助けて、この腕が動かなくなるまで返り血を浴びた経験だってある。あなた如きに社会経験がどうとか言われたくはない」


「なっ、海外暮らしが長いからって、わけのわからないことを。いいかい、君みたいなやつの居場所なんて、ここにしかないんだぞ」


 ここのどこが、おれの居場所だったっていうんだ?


 とにかく報告は済ませた。ぼやく上司を無視して、社長室にいる祖父へ会いに行く。


 祖父は机の上に置かれた退職届に驚くことはなかった。


「やっぱり考えは変わらんかったか」


「ごめん、じいちゃん」


「謝ることはないじゃろって。お前には会社勤めが窮屈だったっちゅうこったろう?」


「おれ、じいちゃんは本当に感謝してるんだ。日本に帰ってきたとき、なにもかもなくして、どうすればいいのかわかなかったおれに、あんなに良くしてくれて……」


「だが、お前の居場所を作ってはやれんかった。いや、そもそもお前をちゃんと理解してやれてたのかも怪しい。そうなんじゃろ?」


「…………」


「気にすんなや。お前にはちゃんとお前の生き方があった。大人じゃったちゅうこった。むしろ子供扱いして、生き方の邪魔をしてすまんかったの」


「おれのほうこそ、ごめん。こんなに良くしてくれてるのに」


「あんな、拓斗。わしはな、お前には幸せになって欲しいんよ。わしの手元に置いておくせいでそれが叶わんのなら、いっそお前には羽ばたいていって欲しいと思っちょる。だから、これでいいんよ」


 祖父は退職届を両手で拾い上げ、「受領いたします」と言ってくれた。


「ありがとう、じいちゃん」


「それで出発はいつ?」


「今日、もうこの後すぐにでも」


「そうか。しかし若いもんはいいの。迷宮ダンジョンの探索者なんちゅう、新しいもんにすぐ飛び込んでいける」


「それは違うよ。おれにとっては新しくもないんだ。おれは異世界リンガブルームで10年やってたんだから」


「そうかい、外国にも迷宮ダンジョンがあったんか」


 相変わらず異世界を外国だと思ってる祖父だが、やはり訂正はしない。


「なら改めて得意なことをやるんじゃな?」


「そうだよ。おれの一番得意なこと……たぶんこの世界で一番、おれが得意だ」


 じいちゃんは大きく笑った。


「そりゃあいい。自惚うぬぼれっちゅうのは、いいもんだ! 一山当てて、有名になってみせぇ! 孫の顔がテレビで見れりゃあ、それ以上のことはないわ」


 祖父の期待を背におれは会社を出て、輪宮島りんぐうじま行きの船に乗った。


 潮風に身に受けながら、清々しい気持ちで行き先を見据える。


 まずは役所で登録だ。それから装備を整えよう。宿を見つけて、迷宮ダンジョンに潜って……。


 不安定で危険な冒険の日々に胸を膨らませ、おれは自然と笑顔になっていた。

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