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異世界帰りの俺、現代日本にダンジョンが出現したので異世界経験を売ったり配信してみます
内田ヨシキ
現代ファンタジー現代ダンジョン
2024年11月01日
公開日
141,181文字
連載中
「あの魔物の倒し方なら、30万円で売るよ!」

 ――これは、現代日本にダンジョンが出現して間もない頃の物語。

 異世界で名を馳せた英雄「一条 拓斗(いちじょう たくと)」は、現代日本に帰還したはいいが、異世界で鍛えた魔力も身体能力も失われていた。
 残ったのは魔物退治の経験や、魔法に関する知識、異世界言語能力など現代日本で役に立たないものばかり。

 一般人として生活するようになった拓斗だったが、持てる能力を一切活かせない日々は苦痛だった。

 そんな折、現代日本に迷宮と魔物が出現。それらは拓斗が異世界で散々見てきたものだった。

 そして3年後、ついに迷宮で活動する国家資格を手にした拓斗は、安定も平穏も捨てて、自分のすべてを活かせるはずの迷宮へ赴く。

 異世界人「フィリア」との出会いをきっかけに、拓斗は自分の異世界経験が、他の初心者同然の冒険者にとって非常に有益なものであると気づく。

 やがて拓斗はフィリアと共に、魔物の倒し方や、迷宮探索のコツ、魔法の使い方などを、時に直接売り、時に動画配信してお金に変えていく。
 さらには迷宮探索に有用なアイテムや、冒険者の能力を可視化する「ステータスカード」を発明する。

 そんな彼らの活動は、ダンジョン黎明期の日本において重要なものとなっていき、公的機関に発展していく――。


【本作は、カクヨムにて完結済みです】
[第9回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考突破作品]

第1話 無職のホームレスにクラスチェンジしていた





「魔法が、使えなくなってる……!?」


 気づいたのは、異世界から帰ってきて数分のことだった。


 現代日本に帰ってきたのはいいが、現在地がわからない。ひとまず空中から周囲を確認しようと飛行魔法を発動させたのだが、体が浮いたのはほんの数秒だけ。ろくに上昇もできないまま、魔力は尽きてしまった。


「そうか……こっちの世界には魔素マナがないから……。って、じゃあ、まさか!?」


 おれは飛行魔法の代わりに、全力で垂直跳びしてみた。


 本当なら数メートルの高さまで跳べるはずだ。それが、数十センチメートル程度で終わってしまう。


 向こうで強化されたはずの身体能力も失われてしまった。あの怪力で知られる一ツ目巨人サイクロプスにも殴り勝てるほどに鍛えていたのに……。


「そんな……足で調べるしかないのか……」


 仕方なく周辺を歩いてみると、実家の近所だ。ずいぶんと様変わりしているが、道はさほど変わらない。


 10年ぶりに我が家に帰れる。父さんも母さんも元気だろうか。


 けれど見つけた実家は、売地となっていた。


 近所の人に尋ねてみると、信じられない事実が語られた。


「あら、一条いちじょうさんなら、もう3年も前かしら? おふたりとも亡くなったのよ。なんでも息子さんが行方不明になって、ずっと探していたみたいなのだけど……心労がたたったのかしらね……?」


 おれはその場でへたり込む。


「……嘘だろ。おれ、なんのために帰ってきたんだよ……」


 おれに残されたのは、あらゆる魔物モンスターを倒せる知識と、数多くの迷宮ダンジョンを踏破してきた経験。魔法に関するノウハウ。それに異世界言語能力。


 魔物モンスター迷宮ダンジョンも存在せず、魔法を使うための魔素マナもない現代日本では、どれも無用の長物だ。


 異世界で過ごした10年間。おれは現代日本で受けるはずだった教育も受けられず、両親はすでに亡く、住む家も無い。仕事だってあるはずない。


 異世界では名の通った英雄だったおれは、気づけば無職のホームレスにクラスチェンジしていたのだ。



   ◇



拓斗たくと? 本当に拓斗なんか!? 生きとったんじゃなお前!」


「……じいちゃんは、生きててくれたんだね」


 一縷いちるの望みをかけて、500Km離れた地を尋ねてみれば、祖父が驚きながらも出迎えてくれた。


 両親の死を教えてくれた近所のおばさんは、おれが行方不明だった一条拓斗であると知ると、同情してお金を貸してくれたのだ。そのお陰で、ここまで来れた。


「10年もどこでなにを——いや、そんなことよりまず風呂に入れ! その間に飯の支度もしちゃる」


 祖父は温かい寝床と食事を用意してくれた。


 久しぶりの日本食の味に、涙が止まらなかった。


 落ち着いてから事情を話すと、祖父は首を傾げながら聞いていた。


「ふ〜む、そのリンガブルームっちゅう国にさらわれて、ようやく帰ってこられたわけか」


「……まあそんなところだよ」


 祖父は異世界リンガブルームのことを、どこかの国と勘違いしていたようだが、おれは訂正しなかった。いくら訂正したところで、どうせ信じない。


 異世界リンガブルームでも、おれが別の世界から来たことを信じた人間なんてごく少数だけだったのだ。


「それで拓斗、お前、住むところないだろう? 仕事もアテがないんだろう? うちの会社で働かんか?」


「でもじいちゃん、おれ、勉強できないよ。勉強どころか、今の日本の常識だって怪しいくらいなんだ。きっと迷惑をかけるよ」


「そんなもん、わけえのが気にすんな! 勉強も常識もこれから覚えていきゃあいいんだよ!」


 豪快に笑って受け入れてくれたじいちゃんのことは、本当に感謝している。


 死亡扱いになっていた戸籍の訂正処理だとか、印鑑登録だとか、銀行口座の開設だとか、日本で生きていくための処理を一緒にやってくれた。


 あとから知ったことだが、現代日本では、身分証明も住所もない人間が仕事に就くのはほぼ不可能らしい。祖父がいなければ、どうなっていたのか想像もつかない。


 ただ、これで良かったのかは分からない。


 祖父の会社で仕事を覚えながら、社会人としての常識も学び、少しずつ現代日本に馴染んでいけていたとは思う。


 安定していて、危険もなく、平穏無事に終わる毎日だ。


 仕事は慣れれば難しくはないが、面白くもなく、時間を無駄にしている気がしてくる。


 こんなことで生きる糧お給料をもらっていいのかと不安になるほどに。


 だからだろうか。現代日本に慣れれば慣れるほど、馴染めない思いばかりが強くなっていった。


 おれの居場所はここじゃない……。


 なのに、どうしておれはここにいる?


 どうして依頼クエストを受け、迷宮ダンジョンを探索し、魔物モンスターを狩っていないのだろう?


 どうして本来の能力を振るえないのだろう?


 どうしてこんなにも息苦しいのだろう?


 そんな日々だったから、そのニュースを見た時は本当に嬉しかったのだ。


『——太平洋沖の輪宮島りんぐうじまに、突如巨大な洞窟が出現し、見たこともない凶暴な動物が発見されました』


「あれは、ウルフベア……?」


 休憩時間、事務室のテレビに映ったその生物は、異世界で数え切れないほど狩ってきた魔物モンスターだったのだ。

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