「祥汰! 右へ行った、追い込め!」
「承知!」
祥汰(しょうた)と呼ばれたその人物は、インカム越しにその言葉を聞いて走り出す。
指示通り、袋小路へと目標を追い込む。見た目からカタギではないその男は、祥汰より頭3つは大きい大柄な体格をしている。
「大人しくしな。そうすれば痛い目には会わねぇから」
「警察の犬風情が……。死ねぇ!」
追い込まれた男は、懐から拳銃を出し、パンパンと祥汰に向けて発泡する。
フン、と鼻を鳴らして、祥汰はその弾を素手で受け止める。受け止めた弾を、パラパラとこれ見よがしに掌からこぼす。
「ば、化け物が……」
更に発砲しようとするが、いつの間にか祥汰が目の間に来ていた。
「はい確保ー!」
ゴッ! とジャンプして顎に掌底を食らわせる。男は面白いほど吹っ飛んでその場に倒れ込む。
「祥汰、殺していないだろうな?」
その場に駆けつけた、大柄な頭を五分刈りにした男が祥汰に念を押す。
「多分。一応手加減したけど」
「お前の手加減したは信用ならん」
「ちょっとは信用してくれよ、澤」
澤と呼ばれた男は、倒れている男の首筋に手をやり、脈があるのを確かめる。
「気を失っているだけだな」
「だから信用しろって」
カチャ、と男に手錠をかけると、インカムで容疑者確保、と告げる。
「ご苦労さま。澤刑事、祥汰くん」
メガネを掛けた天パの男が、そう労いながら後は任せてくれよ、と二人に告げる。
「柴原、報告書はいつまでに出せばいい?」
澤が柴原とよんだメガネの男に尋ねる。
「疲れているだろうからね、明後日でいいよ」
「では直帰する、後は頼んだ」
「ああ」
「んじゃ、バイバイ柴原さん」
「おつかれ祥汰くん」
ニコニコと、笑って二人を見送る。それを見ていた別の警官が、アレが例のイヌヒトとハンドラーですか? と柴原に尋ねる。
「ああ、うちの秘密兵器だよ。祥汰くん、ちょっと気が短いところあるけど、澤が上手いこと手綱握ってくれてるからいいコンビになってるよ」
今度なにか奢ってあげないとな。そんな事を呟きながら、柴原は現場の後始末をするべく、指示をし始めた。
近年、犯罪は凶暴性を増し、ヒトとイヌをかけ合わせた、イヌヒトと呼ばれる個体を使った事件が多発していた。事態を重くみた警察も、イヌヒトを使った部隊を編成することにした。イヌヒトだけでは万が一暴走した時のことを考え、常にハンドラーと呼ばれる人の調教師とペアにして現場に投入している。
祥汰は甲斐犬と人をかけ合わせたイヌヒトで、体は小さいが、俊敏さと攻撃力は大型のイヌヒトと遜色ない個体で、普通の人間の耳と頭の上に縞模様の付いたイヌの耳が生えている。そして、尾てい骨からはフサフサした尻尾も生えていた。
澤は祥汰が生まれてから世話をしているハンドラーだ。澤は34歳、祥汰は14歳で、祥汰は実戦に駆り出されてからまだ半年しか経っていないが、目覚ましい成果をあげている若手のホープだ。
「澤ー、腹減った」
あと手がちょい痛い、と、祥汰が愚痴をこぼす。
「怪我をしたのか?」
「ああ、素手で拳銃の弾受けたから」
見せてみろ、と、澤が手を見せるように促す。ほい、と祥汰が見せた手は、皮が少し剥けて赤くなっていた。
「ちょっと警察病院寄っていくか」
「えー、大げさ」
「お前の定期検診も近いからな。物のついでだ」
祥汰に車に乗るように促すと、澤は警察病院に向けて車を走らせる。20分ほどで目的地に着き、受付に用件を告げてイヌヒト専門の病棟へ行く。
「お、澤、祥汰。何かヘマした?」
ニコニコと柔和そうな笑みを浮かべたその男もまた、頭の上に垂れ耳を生やしたイヌヒトで、ゴールデンレトリバーとかけ合わせた個体だ。
「有人(ありと)、ちょっと祥汰が手を怪我した。それの治療と少し早めの定期検診だ」
「了解。ちょっと見せて」
有人と呼ばれたイヌヒトは、祥汰に手を見せるように告げる。ほい、と見せられた手を見て、軽い火傷だね、念の為薬塗って包帯巻いとくね、と診断する。
「後はいつもの検診だね」
採血や一通りの検査を終えて、祥汰は外出ておいて、ちょっと澤と話あるから、と祥汰を診察室の外へ出るように促す。
「あ、向かいの部屋に僕のお菓子あるから。それ摘んで待っておいて」
「お、ラッキー」
いそいそと、お菓子に釣られて祥汰が診察室の外へと出てゆく。
「で、結果は?」
澤が改まって尋ねる。
「問題ないけど、まぁ、一つ問題あるっちゃあるね」
「どんな問題だ?」
「あー、祥汰、確か14だっけ。もうすぐだよね」
「……、さっさと言え」
「ああ、ごめんごめん。保護者の澤にはちょっと言いにくいんだけど。ヒトにはないけどイヌにはあるやつだよ」
「……、発情期か」
「あの子、戦闘種でしょ。僕達研究種のイヌヒトは、去勢してて大丈夫だけど、戦闘種は去勢するとポテンシャルが40%も下がるってデータあるんだよね。あれだけ優秀な個体だから、上層部が去勢を認可するとは到底思えないし」
言いながら、机の中からゴソゴソとなにかを取り出して、澤にはい、と手渡す。
「これは?」
「強壮剤。かなり効くやつらしいよそれ」
「俺に祥汰の相手をしろと?」
はぁ、とそれを見ながら沢がため息をつく。
「そう言うのもハンドラーの役目だって、知らないわけじゃないでしょ?」
「こっちは、あいつがよちよち歩きの時からずっと一緒にいた。弟みたいなものだ。それ相手に勃つかどうか……」
「あー、多分大丈夫なんじゃない? 澤、結構やらしい目で祥汰みてる時あったよ」
「……、本当か?」
「うん。だから大丈夫だって」
「そんなことでお墨付きをもらってもな」
「まぁ、なるようになるしか。勃たなかったらその薬使いなよ」
「分かった」
大体、一ヶ月以内に発情期来ると思うから、腹括りなよ、お兄ちゃん。そう告げて、有人は祥汰の下へ行くように促す。
「お、澤……。何か暗い顔してるけど、俺の検査結果悪かった?」
「いや、問題ない。買い物して帰るぞ」
「うえーい。俺カレー食べたいんだけど。スパイスカレーの辛いやつ」
「また嗅覚に支障が出そうなものを」
「いーじゃん別に」
果たして俺は、こいつの相手がちゃんと務まるのだろうか。そんな事を考えながら、二人は病院を後にした。