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第39話 迎えに来たよ





 急な要請にも関わらず、サイラスは喜んで協力してくれた。そのお陰で、いい特訓ができた。


 これまでやってこなかったことを学ぶのは思った以上に大変だったが、ロレッタだって今頃頑張っているのだ。おればかりが、変わらずにいるわけにはいかない。


 やっとの思いで特訓を完了させたあとは、ひたすらに反復練習と基礎訓練を続け、時を待つのみだ。


 そして、いよいよその日は来た。年単位で待つことになると思っていたが、数ヶ月で済んだのはありがたい。


 報せてくれたのは、レティシアとサイラスだ。特訓のあと家に戻っていた彼女らは、この報せのために、また急いで来てくれたのだ。


「レオン先生の言った通りだったっす! 魔族の連中、急に手のひらを返してきました!」


「最近は態度も軟化してきてて和平の話し合いでも色々と譲歩してくれて、対等な感じになってたのですけれど……いえ、そんなことより、おじさま! 魔王って……魔王ロレッタって、まさか!」


 色々とまくしたてられてしまうが、ひとまずレティシアの一番の疑問に答える。


「そうだよ。この家にいた、あのロレッタだよ」


「どおりで……。おかしいと思っていたんです。あの強さも、おじさまより歳上だというのも……魔族——それも魔王だったなら納得ですけれど……逆に、ここにいたことに納得ができません!」


「彼女のことは、また今度、話してあげるよ。それでサイラス? 魔族はどんな風に手のひらを返してきたんだい?」


「なんか、ただ対等な条件での和平じゃ国内に示しがつかないとかで、魔族最強の戦力——つまりは魔王と戦って勝ってみろって言ってきてるんです。嫌なら和平は破棄、再び戦端を開くとか。無茶苦茶ですよ」


「なにも言わず約束を反故にされるよりはマシだよ。でも、そうか……。そういう話にまとめたのか……。いいじゃないか。魔王を倒せれば、人間と魔族は対等な条件で和平を継続できるんだ」


「まあ、そうっすね。また戦争になる前に、解決できるかもしれないってのは大きいっす。どうせ戦争になったら戦わなきゃならない相手ですし」


「そういうこと。ふたりともありがとね、報せてくれて」


 おれはさっさとバックパックと剣を装備する。いつでもすぐ持って出られるように準備しておいたものだ。


「えっ、先生が行くんすか? オレまだ、先生の勇者引退の取り消し、なんにもできてないっすけど!?」


「いいよ、べつに。勇者じゃなくったって戦いに出ることはできる」


「でも援助金とか出ないっすよ! 怪我したり、死んじまっても、なんの保障もしてもらえないっす! 回復薬ポーション霊薬エリクサーもなしじゃ、生きて帰ってこられないかも……!」


「要らないよ。おれは今度こそ勝つ。それに、あの子とは約束もしてるから、行かない理由なんてないんだよ」


 おれは颯爽と家を出る。


「じゃあ、ふたりともありがとう! また今度、次は純粋に遊びにおいでよっ」


 村を通りかかれば、声をかけられる。


「おやレオンさん、お出かけかい? 結構な荷物だねえ」


「ええ、ちょっと魔王城まで」


「へー……へっ?」


 あんぐり口を開ける村人を横目に、おれは足早に目的地へ向かうのだった。



   ◇



 魔王城までは、おれの足で1週間といったところ。


 おれの歩みの障害になるようなものは、なにひとつなかった。それは魔王城に到達してからも同じだ。


 防衛戦力はいなかった。いや、正確にはいたけれど道を開けてくれた。戦ったところで、どうせおれが勝つのだから無駄な犠牲を払いたくないのだろう。20年間魔王城に通い続けて、もはや見慣れた光景だった。


 やがて、通い慣れたその部屋に辿り着く。平坦で、戦いやすい広さ。中央付近に、玉座がある。


「迎えに来たよ、ロレッタ」


 ロレッタは玉座から立ち上がった。


「うん……。待ってたよ、レオン」


 以前とは違い、凛々しい魔王の顔ではない。尊大な言葉遣いもしていない。自然体のロレッタだった。


「君を傀儡にしてた主流派は、もう一掃できたのかい?」


「うん、エレーナたちと一緒に頑張った」


「じゃあ、あとはここで決着をつけるだけ?」


「うん。わたしが負けたら、もう魔王やめてもいいみたい。王様のいらない国にしていくんだって。でも、わたしが勝ったら、ずっと魔王。、帰れない」


 そのひと言で、ロレッタがどこを家だと認識してるのかわかって嬉しくなる。


 そして、その家に帰るために手伝いが必要なのだ。彼女を倒すという、手伝いが。


「わかってるよ。そう約束したもんね」


「うん。でも、わたし、勝負は好き。負けるのは嫌い。だから全力で行くよ」


「それもわかってる」


「だけど……勝ってね」


「ああ、今日こそ勝ってあげる」


「うん。好きだよ、レオン」


「おれも好きだよ、ロレッタ」


 おれとロレッタは同時に剣を抜き、踏み込んだ。


 互いに斬撃をかわし、受け止め、受け流し、斬り返す。致命級の一撃が雨のように降りしきる隙間を、紙一重ですり抜けていく斬り合い。


 それはまるで、あらかじめ決められた動きを寸分の狂いなく踊っているかのようだった。


 おれとロレッタの、ふたりきりのダンスパーティ。


 戦いの余波で床が砕け、柱が削がれ、天井が落ちてくる。それらの騒音は、さながら大迫力のオーケストラだった。ダンスを存分に盛り上げてくれる。


「えへへ……っ」


 ロレッタは楽しそうに、嬉しそうに笑っていた。


「あはははっ」


 おれも釣られて笑ってしまう。


 いつまでもこうしていたい気分だった。けれど、剣の勝負では互角、勝負がつかないと判断がつけば、おれもロレッタも体が勝手に次の動きに移行してしまう。


 魔法だ。


 刃の嵐の中、魔力の奔流が混じる。


 詠唱しながら剣を振るい、高威力で変幻自在な魔法で攻めてくるロレッタ。対しおれは、威力では劣るものの速射性の高い基礎魔法の連発で対応する。


 さしずめ、ダンスパーティを彩る打ち上げ花火だ。色とりどりの魔法が飛び交っていく。


 ここで優劣が付き始める。


 基礎魔法だけでは、ロレッタの魔法に対抗しきれない。彼女の魔法のレパートリーには、かつてはなかった神聖魔法が加わっている。幽霊ゴースト退治のときにおれが見せたものを学び、磨き上げたのだろう。初めて見る応用には、対抗手段が取りにくい。


 刹那、死角から伸びてきた魔力に捕まってしまう。ロレッタが幽霊ゴースト退治にも使った、神聖魔法による拘束だ。身動きができない。骨が軋む。


 一瞬、ロレッタは悲しそうな目をした。でも手は緩めない。おれの体を魔力で押し潰しにかかる。


 おれは剣に神聖魔力をまとわせ、拘束を断ち切る。片膝をつくも、闘志に満ちた瞳でロレッタを見据える。


 心配しないでよ、ロレッタ。勝つって約束したんだから。


 大丈夫。新しい技術を身に着けたのは、君だけじゃない——!


 ロレッタはおれが体勢を整える前にさらなる呪文詠唱を始めた。それはすぐ完了し、特大の火炎球が放たれる。


 対し、おれも、ダメージがあるふりをしていた間に溜めた気を一気に解放する。


 勝負を懸けるのは、ここしかない!


「シーロン流奥義、活人重衝剣——!」


 大火炎球を切り裂き、おれはロレッタに肉薄した。

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