「お前は、主流派の連中みたいに、ロレッタを利用して戦争を再開したいわけじゃないのか?」
改めて問いかけると、エレーナは深く頷いた。
「はい、わたくしの目的は戦争の再開ではなく、あくまで主流派の一掃にあります。結果としてどうなるかはさておきますが」
「……お前は、ロレッタの味方なのか?」
「そのつもりです。あえて名乗るなら『忠義派』の一員でしょうか」
「だったら、なぜもっと早くどうにかしてやれなかったんだ。ロレッタの教育にだって関わっていたんだろう!?」
「一度大粛清を受けた我々は、主流派に擬態することでしか生き残れなかったのです。その志を隠して、雌伏し続けてきたのです。ですが、ついに待ち続けてきた好機が訪れたのです」
魔族の民衆を含む多くは、戦争の継続を望んでいるという。
これは領地を増やしたいとか、人間に憎しみがあるとかではなく、勝負事が好きで負けることが嫌いな魔族の気質に起因しているのだという。
魔族最強の戦力が倒れてもいないのに、負けを認めるみたいに和平を進めることは不本意なのだ。
だが、仕方なかったとはいえ和平を認めた主流派は、戦争を再開させることができなかった。本当はすぐそうしたかったのだが、ロレッタが不在で彼女に命令させることができなかったのだ。
結果、国内からの突き上げを喰らって勢いを弱めている。
そこにロレッタを擁した忠義派が台頭すれば、主流派を一掃できるというのがエレーナの考えだという。
実際、おれもそうなるだろうと思う。
だがそれはつまり……。
「仮にも和平を認めていた主流派が消えたら、人間と戦争を再開したい連中ばかりになるんだろう? 世論に逆らわないなら、また戦端は開かれる……?」
「はい。完全に負けたと認めるまで——つまり陛下が倒されるまでは、その気勢は収まらないでしょう」
それはつまり、決して収まらないということだ。
この世界のどこに、ロレッタに勝てる者がいる? おれだって20年間挑み続けて、一度だって勝てなかったというのに。
「……そうやって、お前も結局はロレッタの意志に反することをするんだな。ロレッタは、戦いなんて望んでいない」
「そうでしょうか。あなたとの戦いを、いつも楽しみにしておりましたが」
「それは、ただおれと会いたかっただけだろう」
「あなたがなんと言おうと、陛下を——ロレッタ様に本当の魔王として立っていただき、国をお返しする好機は今しかありません。主流派は陛下の退位を画策し、次の傀儡を用意しつつあるのです」
「だったらその傀儡が出てきてから、おれが倒しに行けばいい。それで魔族は完全に負けを認めて和平が成立する」
「しかしそれでは不利な条件を飲まねばならなくなります。我が国を惨めな敗戦国にさせるわけにはいきません」
「だとしても……」
そのとき、ロレッタがおれの服の裾をぎゅっと引っ張った。
「レオン……わたし、行くよ」
「なにを言ってるんだ、ロレッタ。行かなくたっていい」
ふるふると首を横に振る。
「だけど、わたしが——魔王がいなきゃ、魔族のみんながきっと困っちゃうから」
ロレッタの赤い瞳が、ジィっとおれを見つめてくる。初めはなにを考えているのかわからない眼差しだったのに、今は、まるで声が聞こえてくるようにわかる。わかってしまう。
「約束の時だよ……。わたし、レオンと約束したよ」
いつか魔族の王として為すべきことを為す時が来たら、ちゃんと
確かに、おれは彼女を保護したときそう約束した。
「だけど、そんなものはもう——っ!」
「そんなこと言わないで。あれは、レオンがわたしを受け入れてくれた、大事な約束だから。ちゃんと守りたい。わたし、頑張ってくるから」
「ロレッタ……」
「だから、ね? お願い。レオンも、約束守って」
「……破りたい。あんな約束、守りたくない。ずっとそばにいて欲しい」
「ダメ。そんなこと言うレオンは嫌い」
嫌い。どくん、と鼓動が乱れる。ああ、本当。本当に嫌い合えれば、どんなに楽か。
小さく笑って、ロレッタはおれを抱き寄せた。
おれを胸に押し付け、後頭部を優しく撫でまわす。
「ごめん。嘘。好き。大好きだよ、レオン。だから応援して」
本当はもうわかっている。彼女のあの眼差しを見たときから。
頑張ると言ったことは、本当に、どんなに苦手なことでも頑張る子だから。
「……わかったよ。応援する」
「うん、ありがとう。じゃあ、ナデナデして?」
そっと手を回し、ロレッタの頭を撫でてあげる。
「えへへ……レオンの手、あったかぁい」
しばらくそうしたあと、おれたちは離れた。
空気を読んで黙っていたエレーナが、おもむろに切り出す。
「では陛下、参りましょうか?」
「うぅん、まだ行かない。ちょっと待って」
エレーナがかくっ、とずっこけかける。
おれも同じ気持ちだ。この流れで待てが来るとは思わなかった。
「準備しておきたいから。それが終わったら行くから、先に帰って待ってて」
「は、はあ……。何時間ほどでしょうか?」
「何日か、かも……。大丈夫、絶対行くから」
「わ、わかりました。お待ちしております」
若干苦笑気味にそう答えて、エレーナは去っていった。
それからロレッタは、いつものようにおれの肩にその身を預けてきた。
「えへへ……レオン好きぃ〜」
どこか無理をしているような気がしたが、おれとしても数日間一緒にいられる猶予があるのはありがたかった。