おれが吹っ切れたお陰か、数日のうちにロレッタの様子もだんだんと落ち着いてきた。
ロレッタは以前の距離感で「好き」と口にするようになったし、おれも以前と近い態度で受け答えている。
とはいえ明確に恋人になると話してはいない。もちろん一線も越えていない。
やっぱり意識すると恥ずかしいのか一緒のベッドで寝ることはなくなった。ときどきスキンシップはあるし、たまに無防備な様子を見せられてドキドキはさせられるけれど。
少年と少女の、幼い恋のような日々だ。
まあアラフォーの男と、その何倍も生きてる魔族との関係を、『幼い』と形容するのもおかしな話だが……おれもロレッタも、これまでの人生で取りこぼしてきてしまったものがあったということだろう。
「さすがにきついので、そろそろ帰ろうかと思いますわ……」
そんなある日、レティシアはため息をついて告げた。
「きつい? どうしたの?」
ロレッタは無邪気に聞くが、レティシアはまた大きくため息をついた。
「私がしたかった甘い生活が、目の前で展開されていて胸焼けしていますんで」
「よくわかんないけど、調子悪いんならお粥作るよ?」
「いいのです。お気になさらず。はぁあ〜」
最後のため息は、わざとらしくおれに向けて吐き出された。
「えぇっと……あんまり気を落とさないでまた遊びにおいでね。レティシアなら、おれなんかよりいい相手が見つかるはずだしさ」
「見つからなかったら責任を取って、もらっていただけますの?」
「えーっと、責任を取って、見つけ出す……かな?」
「おじさま以上の方なんていないと思いますけど……」
そんなやり取りのあと、レティシアは荷造りを始めていたが、出立は延期されることとなる。
またも我が家に来訪者が現れたのである。
「先代勇者レオン・ガルバルドさんの家はここっすかー!? 是非ともお目にかかりたいんすけどー!?」
ノックもせず、爽やかな大声で尋ねてくる来訪者である。
「誰だろう?」
おれが玄関に出ようとすると、ただならない様子でロレッタが飛びついてきた。引き止められる。
「ダメ、開けちゃダメ。ヤバい。陽の者のオーラを感じる。目にしたら、命に関わる……っ!」
「もう。なにを言っているのです。そんなわけないじゃないですか」
おれの代わりに、レティシアが玄関に出てしまう。
ロレッタは必死の形相で地を這うようにソファへ。様子見さえせず、丸まって完全に隠れてしまう。
「げっ」
来訪者をひと目見たレティシアは、嫌そうな声を上げた。
見てみれば、レティシアと同世代と思われる青年だった。旅用の軽装鎧、腰には剣。なかなかの高級品だ。そして体についた筋肉から、装備に相応しい達人であると見受けられる。
「あれえ、レティシア? あっ、そっか、お父さんがレオンさんの仲間だったっけ。その縁で遊びに来てたのかぁ」
笑顔で覗かせる白い歯が眩しい。
「レティシア、知り合い?」
「ええ、まあ……幼馴染と言いますか、家が近所なだけと言いますか……」
「あ、じゃあ、そちらの方がレオンさんすね! どうも! サイラス・シーロンでっす! 以後お見知りおきください!」
「あ、うん。よろしくだけど……」
なるほど。陽の者だ。おれの周囲にはいなかったタイプの、やたらと明るい空気の青年だ。
ロレッタが逃げるのもわかる。なんというか、おれもあんまり得意じゃないタイプだ。おれも陰の者だったんだなぁ、と痛感してしまう。
「えーと、それでサイラスくんは、おれになにか用だったのかな?」
「はい! オレ、実は引退したレオンさんを引き継いで、勇者やってるんですけど! オレと決闘して欲しいっす!」
「うん、嫌だよ。帰って」
「だそうです。さよなら、サイラス」
レティシアもさっさと玄関のドアを閉めてくれる。
「わわわっ、ちょっと待ってください! ワケがあるんすよ! こいつは譲れねえんすよ! お願いします! お願いします! お願いしまぁああああす!」
「ひぅうう〜っ」
サイラスの遠慮なしの大声に、ロレッタがソファから転がり落ちる。耳を塞ぎながら自室へ逃げ込み、閉じこもる。
そういえば、ロレッタはおれの引退後、次に現れた勇者にもう来て欲しくなくて和平を持ちかけたと言っていたが……それがこのサイラスなら納得しかない。ロレッタとは相性が悪すぎる。
とりあえず、玄関を開ける。
「こら、大声を出さない。近所迷惑」
「すんません!」
「それがうるさいと言っているのです! 本当学習しませんね!」
「ごめん!」
おれに続いてレティシアが注意しても、声量があんまり小さくならない。勘弁して欲しい。
「それで……? 嫌だけど、話だけはとりあえず聞いてあげるけど」
「うっす。こいつは、オレの——いや、うちの家の名誉のためでもあるんす!」
「声をもっと小さく。君の声にびっくりして怯えてる子が中にいるんだ。気をつけてくれないと、本当に帰ってもらうよ?」
「あ、す、すんません……」
やっと一般的な声量になったサイラスは、改めて口にする。
「オレ、いわれのない悪評っていうか、悪口を言われてて……それがうちの家にまで影響してきそうで……」
「君の家……? ああ、シーロン家っていえば、あのシーロン流の宗家か。それで、いわれのない悪評っていうと? おれに関係してる?」
「大いに関係してるっす。みんな、レオンさんに比べてオレが弱いって言うんですよ。家柄で選ばれただけだとか、相応しい強さがないとか……。オレだって、ちゃんと魔王城突破して、魔王とだって一戦交えた勇者だって言うのに……!」
「一戦? 魔王は和平を君に持ちかけたと聞いたけど」
「確かにそうっすけど、あれは一度か二度、剣を交えたあとでしたよ」
「ふぅん……。まあ確かに、シーロン流の代表とも言える君が、弱いなんて言われっぱなしじゃシーロン流の評判も落ちるね。そこまでは理解したよ」
「じゃあ、決闘、受けてくれるんすか!?」
「やだよ決闘なんて。無意味に他人を傷つけたくない」
瞬間、サイラスは朗らかで爽やかな顔を歪ませた。
「オレに勝てるつもりでいるんすか?」
「シーロン流の評判が落ちるのは可哀想だけど、実際、君はおれには勝てないよ」
「き、聞き捨てならねえっす! 和平なんて言われなければ、オレが魔王を倒せてたに違いないんすよ! 20年間も足踏みしてたあんたとは違うっす!」
「大声を出さないでって言ったでしょ。本当に帰ってもらおうかな?」
「嫌です! こうなったら、むしろ大騒ぎしてやるっすよ! やめてほしかったら、オレと戦ってみてくださいよ!」
自室に避難したロレッタを思い、おれは肩をすくめてため息。
「勇者がそういうことするのはどうかと思うけど……まあしょうがない。君なんかじゃ、魔王の足元にも及ばないってことを教えなきゃいけないね」
おれは真剣ではなく、木剣で相手をしてやることにした。